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それから数日が経ったある日、風の噂が流れ込んできた。どうやら、あの女性スタッフと涼ちゃんが付き合っていると。風なんて直ぐに過ぎ去ってしまうものだし、目に見えない曖昧な概念に決まってる。信じない。絶対に、信じない。
信じたくないのに、彼女とキスをする君を見てしまった僕は、どんな顔をすればいい?
もし君と籍を入れていたら、きっと”不倫”というものに値していた。けれど、恋人にも足を踏み入れていない勇気のない僕は君の罪を裁けない。
つぐつぐ思う。生きずらい世界だと。この世界が君を罪と判断できないなら、僕が代わりに君を罰してあげよう。
「……なんて言うかよバカ。」
思っていた以上に堪える。君に沢山送った僕の言葉達が頭の中で木霊する。こんな惨めな僕を馬鹿にするように。
君の温もりが恋しい。過去のたった一度の夜も、間違いだったって知っていた。酔った君から向けられた熱の篭った瞳が忘れられない。あの時の君を、取り返したい。
君の人生の中で脇役のような僕が、ふと可哀想に思える。本当に可哀想で、泣きそうだった。
映画には予想外の展開が必要だ。起承転結、というようにどこかで何か面白いことが起きなければ一般的には素晴らしい映画と言い難いだろう。僕が君の人生を脚本しよう。脇役が台本を手掛けるなんて、最高に面白い。僕の今の君への気持ちを言葉で表すとしたらどう綴るだろうか。アイディアを出すために、ペンを持ち机に向き合う。そして、硬いペン先を机に押し付けて、文字を創る。
空が蒼くあるように、華が散り行くように……ただ君が嫌い。
嗚呼、駄目だ。こんなにも僕の心は複雑なのに、他に説明が出来ない。でも、君への恨みは幾らでも書き綴れる。
君の為に精一杯を演じよう。
物語を作るにはきっと犠牲が必要だ。だから、誰かが傷付いたって問題は無い。
まず、君が愛用している髪飾りを盗んだ。勿論指紋は付けないように。君の一部で物語が完璧になるのなら、それも本望だろう。
そして、君が仮にも愛している、憎い彼奴の母親をナイフで切りつけた。僕は主人公よりも目立っては行けない。だから姿を隠した。
醜くもがく演者の傍に髪飾りを落とす。とても迫真な演技だった、そう絶賛するように。
僕が創った、君が主演の映画を気に入ってくれるだろうか。きっと、物語の中で僕はそう、最強で最悪の悪役。悪役だって誰かが引き受けなくていけない。大好きな君の為なら幾らでも演じられる。激動の果てにやっと辿り着けた、僕の絶対的な存在。
僕は自分がおかしいだなんて思わない。脳みその薄い人間は何も分かってないんだ。人は皆こうやって生きていく。全員がそれぞれの”特別”を持っていて、その特別の為なら必死に生きていける。何だか宗教みたいだ。そんなものに興味はなかったけれど、僕の生まれて初めての宗教は君に捧げよう。
嗚呼、ほら。電話を受け取った僕の特別が今にも泣き出しそうな顔で部屋を出ていった。もうすぐ君の終演だ。最後まで見届けよう。