思わず目を合わせた朱里は、私にウインクで「大丈夫だから」と気持ちを伝えてくれた。
うなづいてみたものの、やっぱりあの苦い思い出は、まだまだ消せないんだと改めて思い知った。
「双葉ちゃん、これも食べてみて。香里特製『蓮根まんじゅう』よ」
「ママさん……ありがとう」
「きっと美味しいはずよ」
ママさんの言う通り、食べると蓮根の甘みが口の中に広がって、もちもちふわふわした食感に癒された。
「美味しい……」
胸に染み渡る優しい味。美味しいだけじゃない、私を思う温かさを感じる料理に、不思議とうっすら涙が滲んだ。
「喜んでもらえて良かったわ」
「このトロッとしたあんも上品ですごく舌触りがいいし、ママさんの料理……本当に好き」
「あら、そんなに褒められたら照れちゃうわ。双葉ちゃん、この味はいつでもここにあるからね」
「うん……ありがとう」
いつでもここに来るとママさんの料理が食べられる、そう思うと心からからホッとして、気遣いの言葉に感謝が溢れた。
料理を十分堪能して、私は店を出た。
冬を迎える直前の肌寒い夜の空が、ずいぶん暗くなって、ずっとずっと高いところから私を見下ろしている。
「帰りたくないな」、そんな思いが湧き出した。
その時だった、
「ちょっと待って」
誰かが私を呼び止める。
あまりにも色気のある男性らしい声。
「えっ?」
この人、さっき「灯り」にいた人だ。初めて見かけた人だけど、嫌でも視界に入ってしまう程素敵な男性で、そこだけ違うオーラが放たれていた。
私なんかには「全く縁のない人」。
瞬間的にそう脳が判断した。
そんな人が私に何の用?
もしかして忘れ物したかな?
「呼び止めて悪いな。さっきの話が気になって」
「え? さっきの話?」
いきなり何を言うのかと、思わず怪訝な顔をしてしまった。
「いや、プライベートなことだとはわかってる。でも……」
そう言いかけて、男性はほんの少し私に近づいた。
店から漏れ出す灯りに照らされたその顔は、この世のものとは思えない程美しく、簡単に言葉で表現するのは難しかった。
綺麗……
思わずため息を漏らしそうになり、すぐにハッとして我に返った。
「あ、あの、あなたは……」
「そうだな、まずは名乗るべきだな。俺は、常磐 理仁(ときわ りひと)」
「常磐……さん?」
「ああ、父が『灯り』の大ファンなんだ。今日は父に勧められて初めてきた」
「そうだったんですか」
「で、さっきの話。男性が、何か以前あったことについて話してただろ? 結婚詐欺とか何とか」
さっきからずっと敬語も使わずタメ口とは。
本当に一体何なの?
でも、そう思いつつ、この見た目のインパクトのせいで何も文句を言えない自分がいた。
「あ……ああ、はい」
「余計なことかも知れないけど、でも、君がとても悲しそうな顔をしてたから。何か君の力になれることはないか?」
まさか、そんな言葉が飛び出すなんて――
あまりに予想外なことが起こって動揺し、挙動不審なくらい目が泳いでしまってるのがわかった。
「そ、そんな……み、見ず知らずの人に助けていただくことではないので……」
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