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春。桜が舞う校門をくぐったとき、藤牧京介は深くため息をついた。
「はぁ……なんで転校先がこんな名門校なんだよ」
制服の胸ポケットをいじりながら、ぶつぶつ文句を垂れる。
母の再婚に伴う転校。しかも新しい父親にはすでに一人息子がいるらしい。
つまり今日から、見知らぬ“義兄”と同居生活が始まるというわけだ。
「兄貴とかマジいらんし。面倒くせぇ」
京介は毒づきながら昇降口へ向かう。
だが――。
「今日からこの学校に転入する、藤牧だ」
担任に紹介され、教室に入った瞬間。生徒たちの視線が一斉に集まった。
少し居心地悪そうに頭をかきながら、京介は前を向く。
そして、視線の先で椅子に座っていた人物を見て、思わず目を見開いた。
生徒会長、尾崎匠海。
学園の誰もが憧れる存在。成績優秀、スポーツ万能、さらに端正な顔立ちで女子の人気も圧倒的。
その完璧な男が、ゆっくりと立ち上がり京介を見た。
「……お前が、京介か」
教室に似合わない関西訛りの声。
京介は反射的に返す。
「は? なんで俺の名前知ってんの」
匠海は薄く笑った。
「そら知っとるわ。今日から、うちの弟になるんやからな」
「………………は?」
京介は凍りついた。
教室はざわめく。
「えっ、生徒会長と兄弟!?」
「藤牧くん、めっちゃ羨ましい!」
あっという間に教室は騒然となった。
京介は額を押さえ、小さく呻いた。
「……最悪だ」
「ほんで、今日から同じ家で暮らすことになるわけやけど」
放課後、生徒会室に呼ばれた京介は、机に腕を組んで座る匠海と向かい合っていた。
京介は椅子にドカッと座り込み、顔をしかめる。
「お前さ、いきなりみんなの前で“弟”とか言うなよ。恥ずかしいだろ」
匠海は淡々と書類に目を通しながら答える。
「事実やんけ。隠してもしゃあないやろ」
「……チッ。完璧生徒会長サマと兄弟って、めちゃくちゃめんどくせぇんだけど」
匠海はその言葉にふっと笑い、顔を上げた。
「お前、思ったより口悪いな」
「悪かったな。第一印象からムカつくから仕方ねぇだろ」
「……ふふっ。おもろい弟やわ」
匠海が笑うたび、京介はなぜか胸の奥がざわついた。
腹立つはずなのに、その笑顔から目が離せない。
夜。新しい家のリビング。
母と父が「これから家族やね」と和やかに話す中、京介は黙々と夕飯を食べていた。
向かいに座る匠海が、ふと箸を止める。
「京介、明日の時間割わからんやろ。俺が教えたるわ」
「別にいい。自分で見りゃわかる」
「弟なんやから、素直に頼れや」
「……兄貴風吹かすな。ムカつく」
そう吐き捨てながらも、京介は心のどこかで安心している自分に気づいてしまう。
――“兄弟”なんて望んでなかったのに、どうして。