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病室は、今日も静かだった。
点滴の音だけが、規則正しく鳴っている。
それがまるで、俺の残り時間を刻んでいるみたいで、怖かった。
「……こさめ、まだかな」
小さく呟いたその時、ドアが開いた。
「なつくん!」
息を切らして、こさめが駆け寄ってくる。
「ごめん、遅くなった!走ってきた!」
「……無理しなくていいのに」
「無理じゃない。なつくんに会うのは、こさめの一番大事な予定だから」
こさめは笑った。
でも、その目は少し赤かった。
なつは知っている。
自分の体が、もう長くもたないことを。
医者の声も、母の泣き顔も、全部覚えている。
だけど、こさめの前では言えなかった。
「今日さ、外、桜咲き始めてたよ」
「……ほんと?」
「うん。なつくんと見るために、まだ散らないでほしいなって思った」
なつの胸が、ぎゅっと痛んだ。
「……見れるかな」
「見れるよ。絶対」
即答だった。
でも、なつはその“絶対”が嘘だと知っていた。
こさめの手を握る。
前よりずっと細くなった自分の手。
「こさめ」
「なに?」
「もしさ……俺がいなくなったら、どうする?」
こさめの顔が固まる。
「やだ」
「仮の話」
「仮でもやだ」
声が震えていた。
なつは、無理やり笑った。
「……こさめには、ちゃんと生きてほしい」
「なつくんがいないなら、生き方わかんないよ」
ぽろっと、こさめの涙が落ちる。
「こさめさ、なつくんと一緒に歳とると思ってた。 シワできてさ、笑いながらさ…」
なつの喉が詰まる。
「……ごめん」
「謝らないでよ…」
二人の手は、離れなかった。
その夜、なつは眠れなかった。
窓の外には月。
「……こさめ」
心の中で名前を呼ぶ。
怖かった。
明日が来ないかもしれないことが。
でも、それ以上に怖いのは――
こさめを一人にすること。
翌日。
なつは、こさめに小さな紙を渡した。
「これ…読んで」
「なにこれ?」
「オレからの、手紙」
「今読んでいい?」
「……オレが寝たら、読んで」
こさめは少し不安そうにしながら、うなずいた。
「また明日も来るから」
「うん…」
なつは目を閉じた。
こさめの声を聞きながら。
夜。
心電図の音が、ゆっくりになった。
なつの意識は、遠くなる。
最後に浮かんだのは、こさめの笑顔。
「……ありがとう」
誰にも聞こえない声だった。
翌朝。
こさめは病室で、動かないなつを見つめていた。
「……なつくん?」
返事はない。
震える手で、手紙を開く。
【こさめへ】
こさめと出会えて、オレは幸せだった。
病気の時間も、全部意味があったって思える。
こさめが笑ってくれると、
痛いのも怖いのも消えた。
だからお願い。
オレの分まで、生きて。
桜、オレの代わりに見てきて。
「なつくんも一緒」って言ってくれたら、
それでいい。
ずっと、だいすき。
なつより
手紙が、ぽろっと床に落ちた。
「……やだよ……」
声にならない声。
「一緒に見るって言ったじゃん……」
こさめは、なつの手を強く握る。
冷たくなったその手を、離せなかった。
春。
満開の桜の下。
こさめは一人、空を見上げる。
「なつくん……」
風が吹いて、花びらが舞う。
「ほら、きれいだよ。約束、守った」
涙が落ちる。
「……今も一緒だよね」
桜の花びらが、こさめの肩にそっと止まった。
それはまるで、
なつが「うん」って答えたみたいだった。