テラーノベル
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青桃です。
青(死神)
桃(人間)
なんか今回、桃さんの一人称が「僕」になってますのでご注意ください。
1.君との出会い
放課後の校舎は、夕焼けに染まっていた。
窓ガラス越しに差し込む光は長く影を伸ばし、教室の机や椅子をオレンジ色に照らす。
俺――ないこは、カバンを肩に掛けて廊下を歩いていた。部活に入っていないから、帰りはいつもひとり。友達と笑い合いながら部室に向かう生徒たちを横目に、どこか世界から取り残されたような感覚を覚えるのは、もう慣れっこだった。
昇降口を抜けて外に出ると、秋の風が頬を撫でる。乾いた葉の匂いが混ざって、少し切ない。
そのときだった。
ふいに、目の前に影が落ちた。
「……お前、うちが見えるんやな」
聞き慣れない関西弁の声。
驚いて顔を上げると、夕暮れの光を背にした黒い影が、そこに立っていた。
背が高い。黒いコートを羽織り、赤みの混じった青髪が風に揺れている。瞳は夜の底のように深く、どこか人間離れしていた。
「だ、誰……?」
俺は思わず後ずさる。
男は片方の口角を上げ、少しおどけたように笑った。
「うちは“死神”や。名前は……まあ、いふ、っちゅうんやけどな。まろ、て呼ばれることもある」
「し、死神……?」
声が震えた。冗談にしては重すぎる。けれど、目の前の存在からは現実感のない冷たさが漂っていて、信じたくないのに信じさせられるような力があった。
「そうや。普通の人間には見えへん。せやけど――お前は見えとる。珍しい子やな」
いふはゆっくり歩み寄ってきて、僕の前に立つ。
その気配だけで空気が張り詰めた。
「……なんで、俺に?」
「ふふ。お前に用があるんや」
彼の瞳がまっすぐに僕を射抜いた。
背筋が凍る。逃げられない、と本能が告げていた。
「ないこ。お前は三十日後、死ぬ」
息が詰まった。
言葉が喉に張りついて出てこない。
「な、に……?」
「三十日後に、うちが――お前の命を刈り取る」
夕焼けに染まる空を背に、いふは淡々と告げた。
その声は冷酷な宣告でありながら、不思議と優しさすらにじませていた。
帰り道。
足元のアスファルトを見つめながら歩いても、頭の中ではあの言葉がぐるぐる回っていた。
三十日後に死ぬ。
しかも、目の前で出会ったあの“死神”に命を刈り取られる。
ありえない。夢だ。そうに違いない。
そう思い込もうとするのに、背筋を撫でる冷たい感覚が嘘じゃないことを教えていた。
翌日。
僕は放課後になると、無意識に校舎裏へ向かっていた。
昨日のことが幻じゃないなら、もう一度会えるはず――そんな期待と恐怖が入り混じっていた。
そして。
「……やっぱり来たな」
そこにはやはり、黒いコートの男が立っていた。
夕焼けを背に、まるで昨日の続きのように。
「お前、ほんまに……死神なの?」
「そうや言うたやろ。信じたない気持ちは分かるけどな」
いふはポケットに手を突っ込み、気だるげに空を見上げた。
「うちは、生きとったら高校二年くらいやった。せやけど、今は死神。お前の命を三十日後に刈り取る、それがうちの役目や」
「……どうして俺なんだよ」
「理由なんかあらへん。人は皆いつか死ぬ。順番が少し早いだけや」
「順番……?」
「せや。三十日後。ちょうどその日が、お前の順番や」
心臓が冷たく締め付けられる。
それなのに、いふの声は淡々としていた。怒っているわけでも、哀れんでいるわけでもない。ただ事実を告げるだけの響き。
それが余計に恐ろしかった。
「……僕は、それまでどうすればいいんだ」
「それはお前が決めることや。泣いて過ごすんも、逃げようと足掻くんも、笑って過ごすんも自由や」
「……」
風が二人の間を抜けていく。
落ち葉が舞い上がり、夕焼けの中で光った。
僕は拳を握りしめた。
「……だったら、笑って過ごす」
口に出した瞬間、自分でも驚いた。
けれど、それが本音だった。どうせ死ぬなら、最後くらいは自分らしく。
いふは一瞬黙り込み、やがて目を細めて笑った。
「おもろい子やな。気に入ったわ」
「……え?」
「せやから、うちが一緒におったる。三十日間、死神やけど……お前のそばにおる」
その言葉は、冷たい宣告とは違っていた。
ほんの少しだけ、救われたような気がした。
夕暮れの校舎裏で、僕と死神の三十日間が、こうして始まった。
コメント
4件
いいわぁ... てか僕っこってしょたみあるよね((