テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

夜が明けた頃、三神さんは戻って来た。


「眠れなかったみたいだね」


身を起こして、壁にもたれる私を見ながら言うと、片膝をついて座り足枷を外した。

どういうつもりなのか?

出方を伺う私に、三神さんは軽い調子で言った。


「シャワーを浴びて来たら?」

「は?!」


この状況で有り得ない言葉に、私は目を見開いた。


「まだしばらくここに居て貰うけど、シャワーも浴びないんじゃ汚いだろ? それにトイレにも行きたいんじゃないか?」


その言葉を聞いた瞬間、私は三神さんから目をそらした。

そんなことまで管理されるなんて、屈辱と羞恥心で耐えられなくなりそうだった。


「……いつまでこうしてる気?」


震える声で問うと、三神さんは片眉を上げた。


「君が自分の罪を思い出し、心から謝罪する迄」

「無関心だったことは……」


謝る、そう言うとしたけれど三神さんに遮られた。


「口先だけの謝罪は受付けない……そうだな、最低でも俺と会った時のことを思い出さないと駄目だ」

「……」

「早く行って来たら?」


冷たい目で見下ろされ、私はノロノロと立ち上がった。

駄目だ。話が通じない。いくらここに居たって、過去の事を思い出せるとは思えないのに。


このままではいつまでもここから出られない。

鍵のかかった玄関のドアを目にしながら、逃げるのは今しかないないと思った。

背中に三神さんの強い視線を感じる。緊張のあまり鼓動が激しくなる。

それでも、私はこの空間の出口に向け、走り出した。


後少しでドアに手が届くと思った途端、頭に激痛が走った。

あっと思った時には、仰向けの状態で床に打ちつけられていた。

背中に受けた衝撃で、上手く呼吸が出来ない。

何が起きたのか、すぐには理解出来なかった。


「逃げ出せると思った?」


呆然としてる私を、上から覗き込む歪んだ顔があった。


彼の右手には、長い 髪の毛が何本も絡まっている。

それを見た瞬間、三神さんが私の髪を力任せに引っ張り、床に叩きつけたんだと分かった。

同時に、歩道橋での出来事を思い出した。三神さんは、私に危害を加えるのを躊躇わない。

動けないでいると、乱暴に引き起こされバスルームに突き飛ばされた。


私は絶望でいっぱいになりながら、出て行く三神さんの後ろ姿を見ていた。

逃げられない……素早さには自信が有ったのに、あっさり捕まってしまった。


クラクラとする頭のまま、言われた通りシャワーを浴びた。思っていた以上に体が冷えていたせいか、シャワーの熱が肌に染み渡る。でも温まっているのにガクガクと体が震えて止まらなかった。


それでもこの先の事を必死に考えた。

助けも無く、自力で逃げられない以上、過去の出来事を思い出すしかない。

自信は無いけれど、従わないと次はもっと酷い暴力を振るわれる。力で適わない以上、彼の決めたルールに従うしか無かった。



何日過ぎても、記憶は蘇えらなかった。

あの当時の記憶は曖昧で、細かい事はどうしても思い出せない。


あれから三神さんに暴力を振るわれることは無かったけれど、寒い中閉じ込められているせいか、どんどん体が弱っていった。


時間の感覚も曖昧になっていた頃、聞き覚えの有るメロディーが耳に届いた。これは……私は自分の部屋との境になってる壁に目を向けた。


耳を澄まして聞いていると、音は鳴り止み、しばらくしてまた鳴り始める。

私のスマートフォンの着信音に間違い無かった。

誰かが連絡して来てくれたんだ!

相手の想像はつかない。それでも、私が出ないことで異変に気付いて欲しい。

例えそれが雪香だとしても。

自分で拒絶しておいて、勝手だとは思うけど、今は雪香にだって縋りたい。

私は強い期待を持って苦しい時間をやり過ごした。



それから、どれ位時間が経ったのか分からない。

疲れて朦朧としていた私は、来客を告げるブザーの音にビクッとして体を起こした。

この部屋に人が来るのは初めてだった。

少し離れたところに座っていた三神さんも、警戒し厳しい表情で玄関のドアを睨んでいる。

一体誰なんだろう。

期待と緊張で息苦しい。状況を見極めようとしていると三神さんが立ち上がり、私の側にやって来た。


「声を出すなよ」


口と腕をタオルで拘束される。

三神さんは、短い廊下に繋がる扉を閉めて玄関に向かった。

私は可能な限り移動して、様子を窺う。


「はい、どちら様ですか?」


三神さんは感じの良い声で応答する。すぐに返事が返って来た。


「すみません、少し伺いたいことがあるのですが」


聞き覚えの有る声! 私の心臓は狂ったように激しく打ち始めた。


「何でしょうか?」

「すみません、少しだけでいいから開けて頂けませんか?」


少しの沈黙の後、鍵を外す音が聞こえて来た。


「あまり時間が無いのですが」


迷惑そうな三神さんの声。


「すみません、緑川と申しますが隣の倉橋さんのことで伺いたくて」


その言葉を聞いた瞬間、私は目を見開いた。

声を聞いた時からもしかしてと思っていたけれど……やっぱりミドリだった!

どうしてだか分からないけど、ミドリが来てくれた。

自分の存在を何とか伝えたくて、必死に声を出そうとするけれど上手くいかない。


「隣の方と付き合いは無いんで、何も答えられません」


冷たく拒絶する三神さんの態度に驚いたのか、ミドリは一瞬黙り込んだ。

けれど、すぐに丁寧な口調で話を続ける。


「実は隣の部屋の倉橋さんと数日連絡が取れないんです。それで今日様子を見に来たんですけど、部屋にも居ないようで……最近見かけませんでしたか?」

「いえ、さっきも言いましたが、隣の方とは交流が無いんです」


三神さんは考えるふりをする気も無いのか、すぐに素っ気ない返事をした。


「……では、ここ数日彼女が部屋に居た気配はありませんでしたか?」


あからさまに迷惑そうな三神さんの態度にも、ミドリが退く様子は無かった。


三神さんが、ハアと大きな溜め息をつくのが聞こえて来た


「隣の人については何も知りません。彼女は愛想も無いし引っ越しの挨拶の時も迷惑そうにされた、だから気にしない様にしてるんですよ。居ないなら旅行にでも行ったんでしょう?……もういいですか?」


三神さんは、そう言いながらドアを閉めようとした様だった。

このままじゃミドリが帰ってしまう!

助けを叫びたくて、手と口の拘束を取ろうとしたけれど、ここ数日で弱ってしまっている私の力では叶わない。


焦る私の耳に、ガンと何かがぶつかる音が聞こえて来た……何?

反射的に身を縮めたと同時に、ミドリの声が聞こえて来た。


「あなたは誤解してるようですが、彼女は人からの連絡を無視し続けるような人じゃ無い。確かに愛想は無いけど礼儀正しい人です。その彼女が音信不通になったのだから、何かトラブルが有ったに違いないんです。どうか真剣に考えてくれませんか?」


必死な声が聞こえて来る。ミドリの言ってくれた言葉に、胸がいっぱいになり目の奥が熱くなった。


彼には、散々冷たい態度もとったし、信用出来ないと拒絶もした。

それなのに、今私の為に時間を割いて、必死に探してくれている。私を信じてくれている。

三神さんの前では絶対に泣かないと決めていたのに、涙が零れ落ちるのを止められない。


「いい加減にしてもらえますか?」


三神さんの低い声が聞こえ来た。


「何も知らないと言ったでしょ?」


まだ口調は丁寧ながらも、その声には怒りが籠もっていた。


「手、離してもらえますか?」


ミドリは、ドアを閉められないように押さえているのだろうか。

そこまでするなんて……彼の身が心配になって来る。


三神さんが本性を出して、手荒な真似をしたらどうしよう。

蓮はともかく、ミドリが暴力的なことに慣れているとは思えない。

助けて欲しいけど、彼を危険に巻き込みたくない。

息をするのも忘れる位、緊張しながら様子を伺っていると、ミドリの抑えた声が耳に届いた。


「すみません、少し冷静さを失ってました」

「……もういいですか」


うんざりとした様な三神さんの言葉に、ミドリは被せるように言った。


「今日は帰ります。ですが何か分かったら連絡下さい。これは連絡先です」

「……こういうの迷惑だって言ったでしょ?」


断ろうとする三神さんに、ミドリは苛立ったような大声を出した。


「頼みます、彼女がいなくなったのはどう考えもおかしいんです。どうしても探したい! お願いです。協力して下さい!」


ミドリの必死に訴える声。胸が苦しくなると同時に、突然一つの光景が目の前に広がった。それは忘れていた記憶。

次々と蘇って来るそれに、私は体の震えを止められなかった。


『どうしても探し出したいんです、協力して下さい!』

『私は関係有りません、警察にでも相談したらどうですか?』


必死に訴える声に、冷たく答える声。

それは私と三神さんが初めて会った時の会話だった。


どうして忘れてしまっていたのだろう。


三神さんは、今のミドリの様に三神早妃さんを探して私の部屋にやって来ていたというのに。

それを私はろくに相手もしないで追い返した。

はじまりは花嫁が消えた夜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

5

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚