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今の三神さんの姿は、過去の私の姿だった。
当時の私は……いくら直樹の件で落ち込んでいたからって、あまりに冷酷な態度だった。
必死に助けを求めてる人がいるのに、その姿を目に入れようとはしなかった。その深刻さを理解しようとしなかった。
過去の自分の行動に愕然とする。
同時に何故そんな態度を取ったのか思い至り、吐き気がこみ上げた。
あの頃の私は本当に一人だった。
父が亡くなって間もないのに、恋人と妹から酷い裏切りを受けた。
今よりももっと孤独で辛くて仕方なかった。
幸せな人達を、誰かに大切に愛されている人を妬んでいた。どうしようもなく歪んでいた。
何もかもが嫌で、全てを煩わしく感じていた。
「いい加減にして下さい。帰ってくれ!」
三神さんの荒げた声が響き、続いて乱暴にドアを閉める音が聞こえて来た。
大きな溜め息と共に、足音を立てて三神さんが戻って来る。
「……驚いたな、倉橋さんが泣くなんて」
私の顔を見た三神さんは、疲れた様に言った。
「君を探しに来る人間が居たのにも驚いた、君については完璧に調べたつもりだったけど彼の存在は知らなかった」
三神さんは私の手と口の拘束を外しながら言った。
「何か言うことは無いのか?」
「……思い出した……以前三神さんに会った時のことを」
震える声で言うと三神さんは、目を見開き私を凝視した。
「……それで?」
「私が悪かった。三神さんは必死で彼女を探してたのに、私は取り合わずに追い返してしまって……」
私の言葉を聞くと、三神さんは顔を歪めた。
「やっと思い出したのか……言っておくけど、あの時の君は酷かったよ」
「ごめんなさい……でも言い訳になるけど、あの時の私はおかしかったの。いろいろ有って余裕も無かった」
「本当に言い訳でしかないな。あの時君が協力してくれたら早妃は無事だったかもしれないっていうのに」
三神さんの言葉に、私は身を強張らせた。
「無事だったかもしれないって……彼女は今どうしてるの?」
暴力的な男と別れたから、このアパートを出たんじゃ無いのだろうか。
「今は家に戻って来てるよ。このアパートを無理やり出されて散々連れまわされた後、捨てられていたのを発見されたんだ。早妃はショックで精神的におかしくなってしまったよ。もっと早く見つけていれば……後悔しかないよ」
「そんな……」
思っていた以上に深刻な早妃さんの現状に、私は動揺を隠せない。事態は私が思っていたより酷かった。
早妃さんは、ただ恋人に暴力を振るわれていただけでは無かった。
三神さんが私の部屋に来た時、どこかに連れ出されて酷い目に遭っていた。
きっと今の私より辛くて、助けを必要としていたに違いない。
それなのに私は……。
「ごめんなさい……」
混乱しながらも、ただ謝罪することしか出来なかった。
けれど三神さんが私を許す事は無かった。
「その程度の謝罪じゃ君を許せないよ」
感情の無い声でそう言うと、私を置いて部屋を出て行った。
一晩中、寝ないで三神さんと早妃さんのことを考えた。
過去の自分の罪。それによる影響。今の私の現状。
何度も何度も考えた。
そうしている内に、私の心境も変化していった。
早妃さんを思い出した時は混乱して、ただただ申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
けれど、今は罪悪感だけでは無くなっていた。強い感情が弱った体を満たしていた。
翌日、朝早くに三神さんは戻って来た。
いつもと同じ様に、私の前に小さなパンと水を置き反対側の壁に寄りかかる。
私は与えられた物には目を向けず、三神さんに視線を送った。
「何? 食事の前に早速謝罪してくれるのか?」
蔑む様な三神さんの目を、怯まずに見つめ返し昨夜から決心していた思いを伝えた。
「私はもうあなたに謝ったりしない」
はっきりと言い切る私を見て、三神さんは不快そうに顔を歪めた。
「どういう意味だ? 助かりたくないのか?」
「正直に言えば、こんな所にこれ以上居たくない……でもあなたに頭を下げることは出来ない。だって三神さんが間違ってると気付いたから。助かりたいからと言って心にも無い謝罪なんてしたくない!」
強い口調でそう告げる私を、三神さんは驚愕して見つめた。
「昨日とは随分態度を変えたな」
鋭い目で私を睨む。
「一晩考えて気付いたの。私が謝るべき相手は早妃さんで三神さんじゃないって」
私の言葉に三神さんは、目を細めた。
「確かに私が三神さんの訴えをもっと真剣に聞いていれば、早妃さんを早く見つけ出す協力を出来たかもしれない。彼女には悪いことをしたと思う……でも三神さんからこんな仕打ちを受ける筋合いは無い」
「……全く反省して無い訳だ」
冷え切った中にも怒りの宿った三神さんの声。恐怖に負けない様に、手を握り締め話を続けた。
「三神さんに対して反省することなんて何も無い……間違ってるのは私じゃなく三神さんでしょ!」
「俺が間違ってるだと?」
三神さんは壁から身を起こし、一歩私に近付いた。
「だってそうでしょ? 早妃さんの不幸を全て私のせいにしてるけど、おかしいと思わないの? 一番悪いのは実際危害を加えた相手でしょ? それに早妃さんが精神的に弱ってるなら、私に復讐するより彼女を支えるべきじゃないの?!」
私の叫びに、三神さんが息をのむのが分かった。
「私に復讐するのは、現実から逃げてるからじゃないの? 危険な相手に手は出せないから全て私のせいにしてるんじゃないの?!」
外見の雰囲気は違うけど、三神さんの考え方は海藤と同じなんだろうと思った。一番力の無い私を理由をつけて攻撃する。
大切な人を傷付けられた三神さんに同情しながらも、それ以上の怒りを感じていた。
「私を痛めつけて気が晴れるんだとしたら三神さんはおかしい……昨日私を探しに来た人を追い返した時何も感じなかったの? こんな復讐をする程憎んでる私よりもっと酷いことをしてるのに!」
怒りのまま一気にまくし立てると、三神さんは顔色を変えた。
「黙れ!!」
大声を上げると、私の目の前までやって来て片膝をついた。
「調子にのってペラペラと……俺に意見出来る立場だと思ってるのか?!」
低く凄みの有る声で言われて背筋が冷たくなった。
怖い……今にも殴られそうな気がして、体が震えてしまう。
それでも、こんな理不尽な仕打ちに屈したくなかった。
ここで退いたらそれこそ海藤や三神さんと同じ卑怯者になってしまう。
「自分の立場はちゃんと分かってる……私はこんなことをされる人間じゃない!!」
三神さんから目をそらさずに叫んだ瞬間、強い衝撃を受けた。
「っ……」
一瞬何が起きたのか分からなかった。
けれど、口の中に錆びた味が広がっていくのと、頬の熱さで、思い切り殴られたんだと気付いた。
視界の隅に、三神さんが再び腕を振り上げる姿が映る。
衝撃に備え、固く目を瞑ったと同時に、ブザーの音が響き三神さんの体がビクッと揺れた。
恐る恐る目を開く。
三神さんは、険しい目で玄関を見据えていた。
その間にもブザーは鳴り続ける。
「……昨日の男か?」
三神さんは舌打ちをしながら、昨日と同じ様に私の手を拘束し、声も出せないようにした。
それから立ち上がり、玄関に向かっていく。私は震えながら、その後ろ姿を見送った。