小柳が起きてこない。昨日の病院の検診で疲れてしまったんだろうか。時計を見ると午前10時。休息期間、普段では考えられないほど健康的な生活リズムで過ごしてきた俺と彼。自宅療養最終日で睡眠を満喫するにしても寝過ぎだ。
カウンセラーさんも睡眠不足を過睡眠で補うのはよくないと言っていたし、そろそろ起こそう。
リビングのソファを立って客室に向かう。歩けるようになったのは退院10日目から。まだ違和感はあるが、家の中の移動は難なく出来る。
「こやなぎー」
客室のドア越しに呼びかける。返事はない。
ドアを開ければ布団で寝ている彼がいた。窓際に移動してカーテンを開ける。
「朝だよ。朝っていうかもう昼かも」
大声で話しかけるが返事はない。爆睡しているんだろうか。
「おはよう」
すぐそばに移動して傍らに膝をついて体を揺する。
「おはよー、おは」
言ってる途中、彼はパチりと目を開けて俺の手を掴んだ。驚いて口が止まる。明らかに起き抜けの顔じゃないし、寝起きの瞬発力じゃない。
「おはよう」
「いつから起きてた?」
「30分くらい前から」
「なんで起きてこないの?」
「そろそろ聞きたくて」
小柳の真剣な顔で蘇るあの日の夜のこと。一緒に風呂に入った時のこと。以降、彼と目が合いやすかったこと。
立ち上がろうとすれば彼の手に力が入った。
「逃げないで」
「逃げようなんてして」
「好きだ。星導」
真っ直ぐにそう言われて動けなくなった。布団の上に座った彼。手は握られたままだった。
「ごめんな。最初に言っておくべきだった」
真っ直ぐ見つめてくる彼の目線から逃れるように視線をずらす。
「でも、言おうとするたびに逃げるからああやって伝えるしかなくて。乱暴なやり方してごめん……俺のこと嫌い? 」
様子を窺うような声が聞こえた。同意の上でのことだったから謝らなくてもいいのに。顔は見られないけれどきっとしょぼんとした表情をしているのだろう。その聞き方は狡いだろ。
「……好き」
「………良かった。なら、」
「でも」
言ってしまった。伝えてしまった。安堵したような彼の表情を見て苦しくなった。
ごめんなさい。望んでいるような答えじゃなくて。
こうなればもう、全部言ってしまおう。
食い気味に口を開く星導を小柳は黙って見つめた。
「でも、一緒にはなれない」
「……なんで?」
「ずっと小柳のこと傷付けてきたんだよ」
あの日とは逆で今度は星導が懺悔するように言葉を紡ぐ。
「お前のそばで怪我し続けてきた。怪我以外の事でもずっと心配させっぱなしにして……それなのに俺は無神経で鈍感でさ、抱いてなんて頼んじゃったんだよ。好きだからお前のことで頭いっぱいにすれば過去の事忘れられると思ったから」
星導が話している最中も小柳は握った手を離さずにいた。この状況で彼が逃げるとは思わないが、どうにか彼の感傷に寄り添いたかったから。
「その前に好きって言えなかった。俺とじゃ幸せになれないと思ったんだもん」
「そんなことは」
「ううん。俺が自己犠牲心強いのよく分かってるでしょ」
伏し目がちに告げる星導に小柳は間をおいて頷いた。突然現実を突き付けられたような気分だった。星導が自分の腕をさする。
「この特殊体質は使える。無駄にすべきじゃない。そうでしょ」
この問いかけに小柳は何も言えなかった。
「小柳も伊波もカゲツも他の同期達も守れる身体だから使わない手立てはない。ヒーローが痛い思いして辛い状況にならなくて済むから」
多少の犠牲はしょうがない。彼が退院してから小柳に言った言葉を思い出す。その多少の犠牲が全部自分に降りかかるならいい、そんな風に聞こえた。
「皆のこと頼れないって言ってるんじゃないよ。皆十分強いし、実力を信用してる。でもやっぱりピンチは訪れるものだから」
小柳はほんの少しだけ納得する。どれだけ止めても星導が危険に身を晒す理由。もしも自分が星導と同じ能力を持ったなら同じような行動に出るかもしれない。
「だから、自惚れと偏見だけどさ……。小柳、恋人がいたらちゃんと大事にするでしょ。俺と一緒じゃ辛いよ。自分のこと大事に出来ないもん」
星導は弱々しくそう言った。
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