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#すのあべ
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暗い夜だった。月明かりすら吸い込むような薄闇の中、理人は幽霊のような足取りで歩いていた。
昼休みに生徒会室へ呼び出され、怪しげな薬を盛られてから数時間が経過している。 周囲はすっかり暗くなって、街灯の下を通り過ぎる人影もまばらだ。
(くそっ……あいつ、ふざけた真似を……っ)
あの後、蓮は何度も理人の「初めて」を蹂躙した。 抵抗が絶望に変わるまで押さえつけられ、一方的な欲望を注ぎ込まれ――やがて満足したのか、蓮は抜け殻のようになった理人を残して、一言も発さずに出て行った。
散々啼かされ、誇りをズタズタにされた理人は、冷え切った硬い床に取り残された。 去り際に手首のロープを外していったのは、支配者の傲慢な慈悲だろうか。その解放さえもが、今の理人には耐え難い屈辱だった。
「――っ」
不意に、下腹部を鋭い鈍痛が貫いた。乱暴に貫かれた場所が、熱を持って疼いている。 一歩踏み出すたびに、内側に残った異物の感触と痛みが脳を焼き、歩みがどうしても遅くなる。
(今日、部活がなくて……本当に良かった……)
こんな無様に汚れた身体で、コートに立てるはずがない。 家に戻れば、あの母親が待っている。手首に残った赤黒い縛り痕を、何と言って隠せばいい。
(……いや。どうせ、気づきもしないか)
母親は自分の虚栄心にしか興味がなく、理人の目を見ることもない。 そう思うと、雨を含んだ制服が鉛のように重くなり、理人の心を地面へと引きずり込んだ。
頬に、冷たい雫が伝った。 見上げれば、暗い空から糸のような雨が静かに降り注いでいた。雨足は見る間に強まり、理人の視界を、そして絶望を白く包み込んでいく。
数メートル先に、小さな公園が目に留まった。 理人は逃げ込むように、巨大なタコの遊具の足元へ潜り込んだ。 住宅街の隅にある、人気の絶えた静寂。膝を抱えて蹲ると、ようやく誰の目も届かない場所へ来られた安堵が、堰き止めていた感情を崩した。
一体どうして、こんなことになった。 自分はただ、普通に生きようとしていただけだ。努力して、結果を出して、それなのに、なぜ自分ばかりがこんな地獄を見なければならないのか。
理不尽な暴力への怒り、汚された恐怖、そして拭えない孤独――。 ぐちゃぐちゃに混ざり合った感情が涙となって溢れ出し、理人は膝に顔を埋めて、獣のような嗚咽を殺した。
「――お兄さん、泣いてるの?」
不意に、頭上から幼い声が降ってきた。 驚いて顔を上げると、そこにはビニール傘を差した少年が立っていた。小学校の中学年くらいだろうか。ふわふわとした柔らかな髪が印象的な、どこか大人びた、寂しげな瞳をした子供。
「別に、泣いてねぇよ! ……ただ、雨が目に入っただけだ」
慌てて袖で顔を拭い、顔を背ける。高校生が子供の前で泣き喚くなど、あまりに無様だ。
「ふぅん、そうなんだ」
少年は静かに傘を閉じると、なぜか理人の隣にストンと腰を下ろした。 追い払う気力も湧かず、かといって子供相手に邪険にもできず、理人は重い沈黙の中で問いかけた。
「……お前こそ、何でこんな所にいるんだよ。塾の帰りか?」
「……家に戻りたくないんだ」
ポツリと、その小さな唇から漏れた言葉が、理人の胸を抉った。
「お父さんとお母さん、いつも喧嘩してる。僕が居ると、きっと邪魔だから……」
膝を抱える小さな肩が、雨の寒さのせいか、あるいは恐怖のせいか、微かに震えている。
(……俺と同じだ)
居場所のない家。愛を乞うことも許されない冷え切った食卓。 目の前の少年の中に、かつて声を殺して泣いていた「幼い自分」の姿が重なった。
助けを求めたくても、誰にも打ち明けられずに生きてきた、孤独な魂。
気づいた時には、理人は無意識のうちに手を伸ばしていた。 泥を払い、涙を拭ったその大きな掌で、少年の震える頭を、そっと、包み込むように撫でていた。