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驚いたように見開かれた瞳は、ほどなくして愛おしげに細められた。少年は「コツン」と小さな音を立てるようにして、理人の肩にその華奢な身体を預けてくる。
戸惑いはあったが、理人は拒まなかった。ただ、壊れ物を扱うような手つきで、少年の柔らかな髪を梳くように指を滑らせ続けた。 そうすることが、今の自分にとっても「救い」になると直感したから。 肩にかかる体温は、先ほどまで浴びていた暴力の熱とは違い、驚くほど心地よく理人の心に浸透していった。
「……ねぇ、お兄さんは? どうしてこんな所にいるの?」
不意に顔を上げた少年が放った問いに、理人は目に見えて動揺した。 真っ直ぐな、射抜くような瞳。嘘を見透かされそうな圧に、言葉が喉でつかえる。
「学校の帰りだ。雨が強くなってきたから……ここで雨宿りしようと思って」
「すぐそこにコンビニがあるのに? 変なの」
確信を突く言葉に、理人の身体が強張った。 理屈では分かっている。わざわざこんな湿った遊具の下でうずくまる必要などない。それでもここを選んだのは、誰の目にも触れたくなかったからだ。
「……財布、忘れたんだよ」
「ふぅん。お兄さんって、案外おっちょこちょいなんだね」
クスリ、と無邪気に笑われ、理人はムッとしたものの言い返せなかった。
「……うるせぇ。ほっとけ」
「あはは、ごめんなさい」
毒気を抜かれるとは、このことか。 あれほど胸を支配していた昏い憂鬱が、少年の幼い笑い声に溶かされていく。
ザァー……と、再び勢いを増した雨音が世界を遮断する。 まるで、時間からも、痛みからも切り離されたような静寂。 二人は肩を寄せ合い、ただぼんやりと雨のカーテンの向こうを眺めていた。一人になりたかったはずなのに、隣にある小さな体温が、今は何よりも正しく感じられた。
どれほどそうしていただろうか。 雨が小降りになった頃、濡れたアスファルトを反射する外灯の下に、ふらりと人影が現れた。
「――秀一! こんな所にいたの!」
「あ、姉さん。……あーぁ、見つかっちゃった。迎えが来たみたい。僕、もう行かなくっちゃ」
秀一と呼ばれた少年は立ち上がると、理人の方へ向き直った。
「側にいてくれてありがとう。……あと、嘘はもう少し上手に吐いた方がいいよ」
「……っ!」
「その手。縛られた跡、だよね?」
一瞬にして全てを看破され、理人は息を呑んだ。 対する秀一は、残酷なほどに美しい、意味ありげな微笑を浮かべてみせた。
「また会えるといいね、お兄さん」
「え……?」
問い返す前に、彼は理人の元を離れ、駆け寄ってきた姉の元へと吸い込まれていった。
「ほら、行くよ。まったく、世話が焼けるんだから……」
「うん、ごめんね、心配かけて」
二人の会話は雨音に掻き消され、理人の耳にはもう届かない。
(……なんだ。迎えに来てくれる奴、いんじゃねぇか)
自分にはない「温もり」を少年に見てしまい、羨望を抱いた自分が情けなくて、理人は自嘲気味に口元を歪めた。
#すのあべ
「――帰るか」
深い溜息を夜気に吐き出し、立ち上がる。 身体の芯に残る鈍い痛みは消えていない。だが、緩慢に歩き出した理人の頭上には、いつの間にか雨雲が去り、一筋の冷ややかな月明かりが、独り歩む夜道を照らし出していた。