夢主ちゃん >>>> すい
読みづらかったので夢主ちゃんに命名しました
「ただいま…」
「あぁ、おかえり。すい、学校はどうだった?」
「うん。ふつうだよ。いつも通りだった。」
すい、こと糸師すいは正式に糸師冴の養子として認められた。そして手続きの際、孤児院からの資料で、年齢が12歳であることと、生まれがスペインのサラマンカであることが判明した。そして年齢が判明したならば、義務教育を受けざるを得ない。
こうして、すいはマドリードの日本で言う小学校に通うことになったのだ。12歳ならば6年生と言うことになるが、すいは今まで学校に通っていなかったため、一年間で5年生までの知識を急ぎ詰め込む予定だった。が、
「サエさん、この子初等教育もう完璧ですよ…!」
と、数ヶ月でマスターしてしまったのだった。家庭教師曰く、
「Ese niño es un genioあの子は天才だ!!」
だから、4月から新6年生として小学校に通うことになったのだった。
そして小学校に通い始めて早2ヵ月。
「運動会…?」
すいが持って帰ってきたプリントを見て、冴はそう呟いた。
「…走ったり、踊ったりするんだって。」
「そうなのか。」
すいは頷くと不服そうに愚痴をこぼした。
「競技にサッカーはないって。つまんないよね。」
「そうだ…
そうだな。と言いかけたところで冴は口を閉じた。先日、養子になったことを潔に伝えた際に言われたことを思い出したのだ。
「わかってるとは思うけど、世界の糸師兄弟って呼ばれるくらい二人ともサッカーは強いと思う。でも、でも!コミュ力と一般的な感情と道徳心はクソだと思う!すいちゃんにそれが影響しないようにしろよ!」
ぼろぼろに罵倒され、蹴とばしてやろうと思った冴だが、自覚はあるので振り上げた足を下ろした。それからどことなく冴はそれを意識して生活しているのだった。
冴の脳内にはゲームのコマンドのようにいくつかの選択肢が浮かぶ。
1 サッカーを競技に入れないなんてクソ教師だな。運動会担当の先生は誰だ?
2 つまんねぇなら休んで家で練習するか?
3 サッカー以外でも体を鍛えることでサッカーに繋がることもある。
悩んだ末、答えは3だと導き出した。
「…たしかに。」
すいは納得したようにぽんと手を叩いた。
「凛と見に行く。一位とれるように頑張れよ。」
「うん。がんばる。」
サッカーと運動会が繋がっていると知って興奮気味のすいは自分の部屋に駆けて行った。
そして運動会当日。
グラウンドの端でサングラスを掛けた男二人が異様に目立っていた。
「兄貴、すいどこだ?」
「あの白いはちまきで目が隠れてる間抜けそうなやつだ。」
「あぁ。」
冴が指さした方向には間抜けな恰好のすいがぽかんと立っていた。近くに立っていた茶髪で丸眼鏡を掛けた少女がそれを直す。
「すいちゃん、友達できたんだ!よかった~!」
「あれ友達っていうのか?」
「あれって言うなよ。そういうとこだぞ、冴。」
何が疑問なのか首を傾げる冴に会場に着いた潔がすかさず突っ込む。
そうしてなんやかんや開会式、低学年の競技と進んでいく。流れですいの初出番である徒競走も過ぎて行ったが、すいはクラスの足が速い女子たちの中でもダントツで速かった。スタート前に絶対に1位を取ると親に宣言していたクラスメイトはすいと圧倒的な差をつけられ、途中から泣きながら走っていた。
団体競技の玉入れでもほいほいと玉を入れるすいに紅白の応援席からは歓声が上がった。そして綱引き、チアリーディングクラブの生徒たちの発表。と種目は進んでいき、気づけば運動会の目玉である全校生徒リレーだけとなっていた。先ほどと変わって、赤・白・黄・青に分かれてリレーは着々と進んでいく。
すいはもちろんアンカー。白いタスキを掛け、しゃがんで、自分の番を待っていた。そしてバトンがすいの1個前まで渡る。色んな順位を彷徨い、2位を維持していたすいたち白組だったが、すいの一つ前であり、すいのはちまきを直した丸眼鏡の少女が足を滑らして勢いよく転倒した。
「あ!あの子転んじゃった!」
潔が声を上げる。紅白の応援席では失望の声やバッシングが飛び交う。それが聞こえていないかのように、バトンゾーンでバトンを待っていたすいは少女の元へ駆け寄った。そして少女を起こすと駆け寄ってきた救護班のクラスメイトに託した。バトンを握ってすいは走り出す。転んだ際に追い抜かされてしまい白組の現在の順位は最下位だった。
「あげろ。」
誰にも聞こえないほど小さな声ですいは小さくそう呟いた。すると、速度がぐんとあがる。また一つ。また一つと上がり、一人、二人と抜かしていく。応援席は勿論、客席からも拍手やすいを応援する声が飛び交う。一つ。また一つと加速し、二位で走っていた黄組を抜かし、すぐ目の前には一位の紅組の背中合見えた。
「ぁ——」
その瞬間、後ろから髪を引っ張られてすいは後ろに倒れる。ゆらりゆらりと、スローモーションになる。
「いたっ…」
勢いよく尻もちをつきながらもすいは立ち上がる。そしてだいぶ離れてしまった黄組を目掛けてまた走り出した。客席や応援席ではさっきよりも盛大に盛り上がりを見せていた。
すいのスピードは上がるものの、一位と二位はどんどんゴールへ近づいていく。
「ゴ―――ル‼」
会場中にそのアナウンスが響き渡った。最初にゴールしたのは赤組だった。次に黄組。白組。青組。
ゴールの方ではアンカーだった同じクラスの男子がガッツポーズを決めている。すいは最後まで全力で走ったが、追い抜くことはできなかったのだ。
「すいちゃん!」
後ろを振り返るとさっき転んだ丸眼鏡の少女がいた。膝には大きめの絆創膏が貼ってある。
「転んだ時に、真っ先に駆け付けてくれてありがとう!もしよければ私に走り方教えてほしいな。」
「ぇ。一位じゃなかったのに…?」
「ううん。私の中ですいちゃんは、一位だよ!」
「…ありがとう。」
普段無口で表情を出さないすいが笑っているところに少女は少し驚きながらも、二人は最高のハグをした。
「すいぢゃん…あんなに頑張ったのに…俺のながではいちいだよぉぉぉ!」
その様子を客席の端で見ていた潔はぼろぼろと涙をこぼす。鼻を啜るたびに凛から汚ねぇ…と愚痴をこぼされているが気にしない。そう言いながらも凛は凛で、兄の殺気だった圧で押しつぶされそうだった。
「なんだあの黄色いはちまきの男。すいの髪引っ張ったよな。」
「兄貴、落ち着けって。」
「あ”?」
「はいはい。好きにして。俺、車出してくる。おい、クソ潔、行くぞ。」
「あいあい。」
無事、閉会式が終わり生徒は帰宅する時間になった。すいは客席にいる冴を見つけて駆けてくる。
「おつかれ。速かったな。」
「冴…一位とれなかった。」
「…でも、一位じゃなかった。」
すいの顔は暗い。よほど悔しかったのか体操服のTシャツをギリギリと掴んでいる。
「いや、あの状況でお前はよく頑張った。」
ぽん。とすいの頭に手を置き冴は軽く撫でた。すると気の抜けたようにすいは冴に倒れこんだ。
「へへ..」
不器用に小さく笑った後、眠ってしまったすいは冴に抱きかかえられて車まで運ばれた。
「頑張ったな。すい。」
すやすやと眠るすいに冴は小さく微笑んだ。
数日後。
毎週金曜日に配布される学級通信の「今週のキラキラ」と言う、優秀だった生徒をピックアップするコーナーに”Itoshi Shii”とあったのだった。
今週のキラキラは糸師すいさんです。先週の運動会のリレーで大活躍だったすいさんを見て、同じクラスの生徒たちが走り方のコツを聞くようになったのです。すいさんは不器用ながらに皆さんにコツを教えていました。
【すい】
Q,人生初の運動会どうでしたか?
A,サッカー無かった。でも、楽しかった。
Q,リレーの最中にアクシデントがありましたが、どう思いますか。
A,髪引っ張ったアイツ明日学校に行ったらふくしゅうしようと思う。(凛アドバイス)
あと髪邪魔。きってもらうかな…
Q,運動会の後はどう過ごしましたか?
A,家でごろごろした。よいち来たから、一緒にきんつば食べた。夜はごちそうだった。
【糸師冴】
無自覚だけど完全に娘思いのお父さん。
ちなみにリレー中にすいが言っていた「あげろ」って言っていたのは、よくサッカーの練習中に冴が言う言葉。スピードや精度をあげるときによく使われる。無意識にすいもそう言っていたことを冴に伝えてあげたい…!
【糸師凛】
兄がキャラ変していく…
なんて思いつつ、凛も親戚の叔父さん化が進む。
【潔世一】
エゴイストだけどオンとオフがある。だから生活IQは人並みにあるし道徳心もある。すいを救えるのは君だけだ!
【丸眼鏡の少女(エメリア・スチュワート)】
クラスではあまり目立たない女の子。
入学当初からすいに話しかけたいと思っていたけれど、異様なオーラを放つすいに話しかけられずにいた。でもたまたま運動会で同じチームになり、少しずつ会話をするようになる。
はちまきを直したり、給食の時に口に着いたカレーを指摘してあげるようなそういうポジション。
今後はすいのお友達としてよく出る予定。
【黄組のアンカー(デリック・アーデン)】
クラスではガキ大将的なそういう男の子。
男子の中では足が一番速くて女子からの人気もあって、典型的な一軍の陽キャ。
だが、自分よりも足の速いすいに嫉妬し、髪を引っ張った。運動会後、親にばちくそ怒られ、大いに反省。冴には目の敵にされてる。心配。
↑運動会バージョンすいちゃん
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