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『観客の皆様!直ちに退避してください!侵入者が確認されました!スタジアム内の誘導に従って退避を!』
場内アナウンスとサイレンが同時に轟き、
観客席が雪崩のように動き出す。
通路が人波であふれ、悲鳴が渦巻く。
爆音と共に、スタジアムのピットゲートが開いた。
フロントバンパーにスタンランチャーを装着した警備車両が――数十台。
円を描くようにフィールドへ展開する。
地中を泳ぐようにうねる胴体。節ごとに鋼鉄の牙を持つ――地中走行型ワームロボ《グラウンド・グリム》。
操縦席に座るギデオンの隣に、ひとりの少女。
肩までの淡いラベンダー色の髪。
膝までのワンピースに薄手のパーカーという、場違いなほど無防備な服装。
だが、瞳だけは深い夜のような灰色で、一切の感情を沈めていた。
ギデオンが、チェシャ猫の笑みのまま彼女の肩に触れる。
「ナイスキャッチ。ありがとう、リタ。」
少女――リタは小さく頷く。
「……うん。」
ギデオンはレーダーを眺めながら、面白い玩具を見つけた子供のように呟いた。
「おやおやっ。警備がたくさん集まってきているね。」
その笑みが、さらに深く裂ける。
「じゃあ――本命の前に、少し遊んでみようか。」
リタがその声に応じてモニターを操作すると、グラウンド・グリムの鋼節が音を立てて蠢き、地上へ向かって上昇を始めた。
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「クソッ、どんだけ増えてくんだよ!!」
カイが叫ぶ。
進路を塞ぐように、複数台のレース車両が蛇行しながら寄ってくる――
進路を塞ぐのは単なる偶発的な妨害ではなかった――新人潰しの要領で組まれた狡猾な嫌がらせだ。
数台の車両が波状的に寄せては外し、擬似的なブレーキチェックでタイミングを狂わせ、わざとらしくサイドを擦り付けては後続の動きを封じる。
一台が斜めに入り込んでラインを切り、別の一台が追い抜きざまにタイヤをかすめる。
レナが舌打ちする。
「汚いやり方ね……!」
「むしろ殺す気だろこれぇ!!?」
ボリスの怒鳴り声。
ヴァルヘッドのドアは凹み、サイドパネルは火花を散らし、
リアバンパーも傷だらけだった。
それでも――
前方にはスタジアムへ繋がる最後のアイテムゾーンが見えてきた。
しかし、左右から挟み込むように2台が同時に体当たり――
ヴァルヘッドが大きく弾かれる!
「持ってけるかッ!?……行くしかねえッ!!」
カイは歯を食いしばり、
限界ギリギリでステアリングを切り返す。
タイヤが悲鳴を上げ、車体が横滑りしながら――
ピカァァァァンッ!!
アイテムゾーン通過!
「頼むっ……!!」
カイ、レナ、ボリス、
三人同時に祈るようにキーボタンを睨む。
1秒が永遠に感じた――
そして、
ピピーーーッ!
『当たり、確認。攻撃権、付与ーー10秒間、解禁。』
「「「き た ぁ ぁ ぁ あああーーーッ!!」」」
レナが息を鋭く吐いて、
獲物を捉えたスナイパーの目に変わる。
「――焼き払う。」
荷電粒子砲、乱射。
真紅の光線が連射され、爆風が車体ごと吹き飛ばす。
衝撃波に巻き込まれた追走車が横転し、爆音の連鎖がコースに轟く。
高熱の風がフロントガラスを叩いた。
「ヘイヘイッ!次は俺の番だろ!!」
ボリスが後部ハッチを蹴り開ける。
スライムグレネード、連続投下。
着弾と同時に黒い粘液が周囲に拡散し、次々とタイヤをスリップさせ――5台以上の追走車が操作不能に陥り、大クラッシュをした。
「それだけじゃ終わらねーぞ!」
ヴァルヘッド周囲に起爆ドローン4機が展開。
フィールドの敵車両に突撃をして次々と爆破。
爆発と火花を引き連れ、ヴァルヘッドはスタジアムへ一番乗りで飛び込んだ。
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ヴァルヘッドがゲートを抜けた瞬間――
視界いっぱいに、暴れ狂う鋼の大蛇が目に飛び込んできた。
スタジアム中央を陣取り、地面を波打たせながら警備車両を蹂躙している。
尻尾が鞭のようにしなり、警備車両を軽々と観客席へ向けて弾き飛ばした。
節と節の隙間に潜む鋭い刃が、噛みつくように車両へ食い込み、無造作に握り潰した。
「な、なんだありゃあ……!!」
ボリスの絶句。
ギデオンがこちらを見下ろした。
「初めまして――
でも、さようなら。」
鋼の尻尾が、ヴァルヘッドへ向けて振り下ろされた。
ガキィィイイィィン!
尻尾の進路へエリスのスラッシュキックが叩き込まれた。
火花が弾け、尻尾の軌道が逸れる。
そしてエリスに搭乗するミラの援護射撃。
だがグラウンド・グリムの分厚い装甲に阻まれ、効果はほぼ無かった。
ラビが叫ぶ。
「こいつ、ライルの組織のやつらだ!!油断するな!!」
カイが歯を食いしばり、ハンドルを握り直す。
「やっぱりかよ……!レースは中止だな!」
後続車両も続々とスタジアムへ入り込んできたが、全員がその光景に絶叫する。
「何だあのでけえミミズは!!」
「演出かよこれ!!?」
しかし、狂気のショーは止まらない。
リタは、驚きも焦りもない声で
淡々とコンソールへ指示を入力する。
「……救急車。」
グラウンド・グリムの顎節がゆっくりと開いた。
うねる胴体が滑るように伸び、標的の救急車を顎で挟み込む。
金属が軋み、ガラスが粉雪のように飛び散った。
医者と看護婦が悲鳴をあげる。
「うあああぁぁぁっ!」
リタの指先が、軽くボタンを叩く。
「――えいっ。」
グラウンド・グリムの巨体が身をひねり、救急車を霊柩車めがけて投げつけた。
「きゃああああ!!」
運転席のシスターと巫女服の少女が、悲鳴を上げながら車外へ飛び出した。
空中で車体が回転し、二台が正面から衝突――爆炎が咲いた。
爆炎の奥から、消防車が姿を現す。運転席から、怒りに染まった声が響いた。
「お前ら!レースの邪魔をするんじゃねぇよ!!」
次の瞬間、車体前部のノズルが展開――火炎放射が放たれた。
オレンジの奔流がグラウンド・グリムの胴体を包み込む。
ギデオンが笑う。
「おほっ、反撃してきた。」
だが、炎の中で巨体がうねり――そのまま地面を割って潜った。
地中を滑るように走り、火が追いつく前に姿を消す。
静寂。
次の瞬間、消防車の真下の地面が爆ぜた。
グラウンド・グリムが地上へ飛び出し、――消防車を真っ二つに裂いた。
爆風と炎が同時に吹き上がる。
スタジアムの照明が明滅し、警報が悲鳴のように響く。
「そこのワーム型ロボット、動くな!!」
パトカーが、サイレン・ジャミングを発動。
耳障りな電子音が場内に響き渡り、
グラウンド・グリムの動きが一瞬止まった。
「……動けない。」
リタが小さく呟く。
「逮捕する!」
パトカーがサイレンを鳴らしたまま加速する。
助手席の婦人警官が、窓を半分開け、
巨大なショットガンを構えてグラウンド・グリムへ照準を合わせた。
ーーその瞬間、沈黙していた尻尾が鞭のようにしなった。
ドガァンッ!!
警官もパトカーもまとめて叩き潰され、金属片が舞い上がる。
ギデオンが軽く笑いながら、レーダーを見下ろす。
「惜しかったね。
このグラウンド・グリムは――上半身と下半身、二系統で操作してるんだ。
つまり、俺とリタ。どっちかを止めても、もう片方は止まらない。」
リタは無言のまま、指先を再び動かし始めた。巨獣がヴァルヘッドとエリスへゆっくりと標準を合わせる。
「邪魔者は消えた。」
「――さて、次は君たちだ。
狩りを続けさせてもらおうか。」
その瞬間、グラウンド・グリムの胴体が蠢き始める。
節と節の間から蒸気のような熱が噴き出し、金属が鳴く音がスタジアムの壁を震わせた。