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◇◇


言い争いの後、家を飛び出した瑞記は、それ以来帰宅せず連絡すら寄越して来ない。


無責任な言動に、ますます彼に対する信頼度が低下している。


七月一日。出勤当日の朝、早めに起床した園香は、余裕を持って一通りの家事と身支度を済ませた。


初日らしいシンプルなネイビーのスーツと、書類やノートパソコンが入るサイズのバッグは新しく購入したものだ。ヘアサロンに行き髪を切り整えた。肩先でくるんと内巻きにカールしている髪を指先でいじると新鮮な気持ちになる。


瑞記との関係は最悪だけれど、今日から新しい生活がスタートするのだと思うと、久々に前向きな気持ちになった。


(今は瑞記のことは考えないようにしよう。それよりも早く仕事を覚えて自立しなくちゃ)


瑞記は自分から離婚を言い出したくせに、いざ園香が応じると動揺し最後には逆ギレした。


園香に対して愛情がないことは分かっていたから彼の行動は意外だったけれど、恐らく世間体を気にして離婚をする勇気がないのだろう。


何にしろ大した覚悟はないはずだから、園香が強く離婚を希望すれば諦めるだろう。


(話し合いが上手くいかなかったら私がひとりで暮す家を借りて、出て行ってしまえばいいんだよね)


園香にはもう瑞記に歩み寄る気持が微塵も残っていない。


過去の自分がなぜ彼と結婚したのかは未だに謎だけれど、もう考えないことにした。


(今の私は瑞記と離婚したいんだから、祝福してくれた人には申し訳ないけど仕方ないわ)


自分なりに一生懸命結婚生活を続けようとした結果、駄目だったのだから。


時計に目を遣ると七時時四十五分を指していた。園香は座っていたダイニングテーブルの椅子から立ち上がり、バッグを手に取る。


勤務時間は九時から十五時の契約だが、いずれフルタイムで働けたらと思っている。その為には早く仕事を覚えて認めて貰わなくては。


「行ってきます」


園香は期待と緊張を胸に玄関のドアを開いた。



園香が契約社員として勤務するのは、ソラオカ家具店が扱う商品を展示する【ソラオカ家具店横浜ショールーム】だ。


横浜の元町商店街にあり、JR石川町の駅から徒歩で十分程で着く。


実家も学生時代を過ごしたのも東京の園香にとって、横浜はたまに遊びに来るあまり馴染みのない街だが、今のマンションも勤め先の周辺の雰囲気もかなり気に入っている。


地図を見ながら迷わず到着したショールームは、白い外壁にガラス張りの開放感の溢れる建物だった。事前に写真で確認していた印象よりも、こぢんまりしているがその分明るい雰囲気だ。


ショールームは十時から十九時までなので正面入り口は閉じていたが、スタッフと思われる園香より少し年上に見える女性が自動扉の前に立っていた。


彼女は園香に気付くと笑顔で近づいて来る。彼女の胸元にスタッフであることを表すネームプレートが見えた。


「失礼ですが富貴川さんでいらっしゃいますか?」

「はい。本日からこちらのショールームに勤務させていただきます富貴川園香と申します」


園香が名乗ると女性は明るい笑顔になった。


「お待ちしておりました。私は販売促進部の青砥(あおと)と言います。富貴川さんは私の業務を引き継いでもらうことになります」


「はい。よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。まずはオフィスに案内しますね」


青砥の後に続いて従業員用出入口から中に入る。


出入口付近は照明が絞っているため暗く殺風景な印象だった。廊下の先にはごく普通のデスクが六台と、大きなフリーデスクが置いてあるオフィス。その隣には商談などを行う応接ルームというつくりだった。


青砥に案内されて、ショールームの責任者とその他スタッフに挨拶をする。責任者は四十代前半の男性で腰が低い態度だった。


もしかしたら園香が経営者の家族だから気を遣っているのかもしれないが、第一印象では元々穏やかな性質な人だと感じた。


「富貴川さん、オープン前にショールームの方を案内しますね」


「はい」


青砥に声をかけられて移動する。


ショールームはオフィスよりも明るく開放的。家具を良く見せる効果があるモダンなつくりになっていた。


受付コーナーの隣には園香の身長と同じくらいの高さの、ロボットが置かれていた。

アニメのキャラクターのような外見で、胸の位置には大きなモニターがついている。


「ああ、これは受付ロボットです」


園香の視線に気付いたのか、青砥がそう言いながら、受付ロボットの画面に軽く触れた。


するとぱっと画面が明るくなり、welcomeの文字が表示される。


「ロボットが受付をしているんですか?」


本社でもまだ導入されていないものだから少し驚いた。


「受付担当のフォローとして機能しています。半年前に導入したんですが、なかなか好評なんですよ」


「そうなんですか」


「ええ。さすがKAGURAの製品だけあって優秀です」


青砥の説明に耳を傾けていた園香は、彼女の言葉のどこかがひっかかり眉を顰めた。


(今、何か……そうだ、KAGURAって名木沢希咲さんの夫の会社だったはず)


思わぬところで希咲と接点が出来てしまったようで複雑な気持ちになる。


(まあ気にし過ぎだよね。職場で名木沢さんの夫の商品を使っているからと言って、会う機会はないだろうし)


「富貴川さん、あまり時間がないので急いで説明しますね」


「あ、はい!」


「ショールームは大きく三のエリアに分かれていて……」


園香は戸惑いを消して、仕事に意識を集中する。


真剣に青砥の話を聞いているうちに、希咲の夫のことは頭から消えて行った。


午後五時。初出勤を終えて帰宅した園香は、機嫌よく夕飯の準備をしていた。


(教育係の青砥さんはいい人だし、他の同僚も好意的でよかった)


ショールームの仕事は初めてだが、ソラオカ家具店の扱い商品については知識があるので、早々に馴染めそうだと手ごたえを感じている。


久々に多くの人と交流して、時間を忘れて仕事をして、疲れたけれど充実した一日だった。


(外に出る決意をして正解だったな)


気分良く、野菜たっぷりの味噌汁と帰宅途中に買った煮魚、作り置きの副菜をテーブルに並べる。


食事をしながら今日説明された内容を復習しようと考えていたとき、玄関のドアが開く音がした。



円満夫婦ではなかったので

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