スタジオの空気は、少しだけ、異様だった。
「……はぁ、はぁ……」
滉斗は、涼ちゃんを抱きしめたまま、
荒い呼吸を整えようとする。
ピアノの上で乱れた服。
汗ばんだ肌。
震える指先。
涼ちゃんも、滉斗の腕の中で、
ぐったりと身体を預けたまま、
微かに震えていた。
(やっちまった……)
滉斗の頭の中に、
現実が、
徐々に流れ込んでくる。
やったことの重みが、
遅れて押し寄せてくる。
——俺たちは、
壊してしまったんだ。
3人で、
必死に守ってきた関係を。
「……涼ちゃん」
掠れた声で呼びかけると、
涼ちゃんはゆっくり顔を上げた。
その瞳は、怯えているようで、
どこか覚悟を決めたようにも見えた。
「……このこと、」
涼ちゃんが、ぽつりと呟く。
「なかったことに、しよ?」
苦しそうな声だった。
滉斗も、ただ頷くしかなかった。
胸を引き裂かれるような痛みと共に。
(本当は、なかったことになんか……したくないのに)
言葉に出せなかった。
言えるはずがなかった。
ふたりは、無言で身支度を整え始めた。
服を直し、髪を整え、
何事もなかったかのように、スタジオを片付ける。
——そのとき。
「お疲れ〜!」
スタジオのドアが、
軽快な音を立てて開いた。
「!」
涼ちゃんも滉斗も、
同時に身体をビクッと震わせた。
そこに立っていたのは——
ニコニコと、無邪気そうな笑顔を浮かべた、元貴だった。
「……! も、元貴……」
涼ちゃんが、動揺を隠せずに声を詰まらせる。
「なに緊張してんの〜? 二人とも真っ赤だよ?」
元貴はクスクスと笑いながら、
スタジオの中央まで歩み寄ってきた。
「……どうだった? 今日の音合わせ。上手くいった?」
何気ない風を装っている。
けれど、その目の奥には、
明らかに何かを知っているような、
黒い光が潜んでいた。
滉斗は、汗ばんだ手を握りしめながら、
どうにか平静を装う。
「う、うん……まあ、ぼちぼち……かな」
声が裏返りそうだった。
自分でも、笑ってしまいそうなほど不自然な受け答え。
「ふ〜ん」
元貴は、にやりと口角を上げた。
「ぼちぼち、ねぇ」
その言葉には、明らかに含みがあった。
滉斗と涼ちゃんは、目を合わせることすらできなかった。
「ま、今日は疲れたろうから、早く帰んなよ」
元貴は、手をひらひら振って、
二人を促す。
——解放された。
そんな錯覚に陥りながら、
滉斗と涼ちゃんはスタジオを飛び出した。
けれど。
背中に突き刺さるような、
元貴の視線だけは、
最後まで感じていた。
——
スタジオに静寂が戻った。
静まり返ったスタジオ。
微かに残る、汗と体温の匂い。
そして——
その中心、ピアノの上。
二人が、
重なり合っていた場所。
「……ここで、2人が……」
呟く声は、異様な熱を含んでいた。
元貴は、
そっと指先でピアノの鍵盤を撫でた。
まだ、微かに温もりが残っているような錯覚。
滉斗が、涼ちゃんを押し倒していた場所。
涼ちゃんが、必死に滉斗を受け止めていた場所。
その映像が、鮮明に脳裏に蘇る。
(はぁっ、はぁっ……っ)
たまらなくなって、
ズボンの上から自分を擦り始めた。
「……っ、はぁ……あぁ、涼ちゃん……滉斗……」
低く押し殺した声で、
2人の名前を何度も呼びながら、
己を慰める。
ピアノに手をついて、腰を震わせながら。
「……俺も、混ざりたかったな……っ」
熱に浮かされた目で、ピアノの上を見つめる。
「2人に……ぐちゃぐちゃにされたい……」
吐き捨てるような台詞。
でもそこには、どうしようもない欲望が滲んでいた。
止まらない。
もう、止まれない。
「っ……あっ……‼︎」
ビクン、と全身を震わせた瞬間。
白濁がピアノの白と黒の鍵盤に、
無惨に飛び散った。
熱い液体が、ゆっくりと鍵盤を伝う。
「……あちゃ〜……やっちゃった」
元貴は、荒い息を吐きながら、
ぺろりと自分の指先を舐め取る。
「……あとで、きれいにしとこ」
悪びれる様子もなく、
にやりと笑った。
「……かわいいね、二人とも。 逃がさないよ」
指先で鍵盤を軽く叩く。
——禁断の共鳴は、
まだ始まったばかりだった。
コメント
2件
ストーリー好き過ぎて🤦🏻♀️💭†┏┛墓┗┓†