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(戦闘能力も〝品質〟も
フリューゲル・スナイダーの
誰よりも劣るな⋯⋯
威勢だけのハリボテか)
天井の裸電球が揺れていた。
その微かな揺れを背に
アラインは淡々と視線を巡らせた。
散弾で裂けた木片
粉々になったグラスの破片
床に転がる椅子と
壁際に押しやられた男たちの怯えた目。
そのどれもが──
彼にとって、価値のない〝粗悪品〟
(⋯⋯なら、別の仕事に斡旋するか。
幸い、体力だけは──
〝有り余ってる〟ようだしね?)
ほんのわずかに、溜め息が漏れた。
まるで掃き捨てるように。
「⋯⋯ちょっとくらい
ストレス解消に使うのも、アリかな?」
言葉の終わりが届く前に──
アラインの姿が
ひとりの男の目前にまで
ふわりと〝跳んで〟いた。
踏み込んだ足音すらなかった。
その移動は、まるで映像のカットのように
唐突で滑らかだった。
男──
先程アラインの肩に汚れた手を置いた
人身売買のギャングの一人。
その眼前に、黒衣が迫る。
男が反応するよりも早く
Gnadenlos──〝慈悲なき者〟が
縦一文字に、静かに振り下ろされた。
風が通り過ぎたような一瞬の感覚。
「⋯⋯え?」
男の唇が震え、虚空に向けて問いを吐く。
理解は追いつかない。
何が起きたのか。
どうして目の前の神父が
次の瞬間に納刀しているのか。
「ちゃあんと、抱えておかないとね。
⋯⋯大事なものって
すぐに、溢れ落ちちゃうから」
微笑みながら
アラインは鞘に収めた刀身をカシリと鳴らす
その瞬間──
男の胸元、服の中心が〝裂けた〟
はらり⋯⋯と繊維が切れる乾いた音の直後。
肌に一本の、赤く細い線が浮かぶ。
「っ⋯⋯あ、あれ⋯⋯?」
それは、最初ただの〝線〟だった。
だが、そこから──
ドク、と膨らんだかと思うと
堰を切ったように
ドバッ──!
赤黒い臓腑が
男の身体から一気に〝溢れた〟
圧縮されていた体内の組織が
皮膚という拘束を失い
内圧に押し出されるように
びちゃびちゃと、床へと溢れ落ちていく。
「う、うわっ⋯⋯!
あああ、あああ゙あ゙あ゙あ゙ッッッ!!」
遅れて
男の喉が潰れたような悲鳴を上げた。
その声には
痛みよりも〝絶望〟が満ちていた。
「⋯⋯や、やだ、まっ⋯⋯
戻れっ⋯⋯戻ってくれぇ⋯⋯っ!」
這いつくばるように男が床に手を伸ばす。
血と粘液に塗れた自分の臓腑を
必死に──掻き集めようとする。
崩れた腸管、砕けた肝臓
まだ熱を持った膵臓。
それらが床に広がり
酒と混じって鈍く光っていた。
ー戻るわけがないー
誰もが心のどこかでそう思いながら──
口にはできなかった。
「ほら⋯⋯まだ落ちてるよ?」
アラインの声が、真上から降ってきた。
その足元。
男が掻き集めた臓腑の上に
彼の足が〝置かれた〟
ぐちゅり──
かかとが、ぐりぐりと押し込まれていく。
靴底に粘液が染み込み
その力で、さらに内容物が潰れ出す。
「今までさ──
子供たちから、どれだけ〝奪って〟きた?」
アラインの瞳が細められる。
アースブルーの双眸は
まるで観察するように冷ややかだった。
「薬で灼かれて、酒で腐った臓器なんて──
もう誰の役にも立たないんだよ?
安心して?取られる心配なんかないから」
それでも、男は拾う。
拾うしかなかった。
拾って、戻そうとして
何度も滑って崩れて
手のひらが血に染まり
爪の間に何かが詰まっていく。
その姿は、哀れで、滑稽で
そして──地獄だった。
壁際にいた男たちは
誰もが顔を青ざめさせ
壁に背を押しつけるように後退し
震えていた。
「⋯⋯神よ⋯⋯」
誰かが、嗚咽のように呟いた。
だがその〝祈り〟は届かない。
そこに居るのは──
神の衣を纏った、裁きの大鎌。
〝死〟を与えられた者が
まだ救われていたと錯覚してしまう程の──
慈悲無き執行者が
その夜
Owl Nightを静かに〝浄化〟していく。
やがて
掻き集める動作も、呻きも、涙も──
すべてが力を失っていく中で
男の身体はずるりと前のめりに崩れ始めた。
鮮血に濡れた床が
まるで臓腑を包み込むようにぬるりと染まり
その中央に、無様に伏したままの
〝死に損ない〟が、ゆっくりと沈んでいく。
動かなくなった腕は
まるで最後まで守りたかった何かを
抱き締めるように
自分の腹から零れた内臓に触れたままだった
アラインは、その光景に目を落とすことなく
靴裏にまとわりついた血を気にもせず
再びカウンターへと向き直った。
顔には、返り血の細かな斑点が散っている。
頬、鼻梁、顎先──
血飛沫がまるで化粧のように
斑に付着していたが
彼はそれを拭いもせず、にっこりと笑った。
「⋯⋯権利、くれるよね?」
その声は、驚くほど穏やかだった。
子供に選択肢を与えるような
優しい響きすらあった。
だが──
カウンターの向こう
店の〝本当の〟責任者と思われる男は
全身をガクガクと震わせながら
もう何も言葉を発せられなかった。
喉が乾きすぎて声が出ないのか
恐怖で舌が回らないのか
目はアラインを映していながら
焦点が合っていない。
それでも──
首だけは、必死に上下に動いていた。
「⋯⋯快諾、ありがとう」
アラインは満足げに頷いた。
「今日から、ここは──
ノーブル・ウィルの傘下」
カウンターの上に軽く両手を置き
身を乗り出すようにして
男の前に笑顔を向ける。
その笑みは、確かに柔らかかった。
だが、血に濡れた頬と、その言葉の内容が
場に冷たい緊張を呼び戻す。
「さてと──
後のキミたちは、そうだね。
建築関係の知り合いの所に
行ってもらおうかな?」
壁際にへばりついたまま
固まっていた男たちが
びくりと肩を震わせる。
息を殺していた誰かが
小さく喉を鳴らす音が響くほど
空気は張り詰めていた。
「キミたちの腕力と根性
見どころがあるし?
これから〝夜通し〟働いてもらうには
ちょうどいい場所があってね──
ふふっ。嬉しいでしょ?」
口調は冗談めいていた。
けれどその〝夜通し〟という言葉には
深い皮肉と暗い意味が込められていた。
アラインは
まるで新しい職場を案内する
コーディネーターのように
愉しげに告げた。
「安心して。
寝床もあるし、飯も出る。
働きぶりが良ければ
ボクだって、少しは優しくしてあげるよ?」
誰も返事をしない。
いや──できなかった。
静まり返った〝梟の夜〟に響いていたのは
滴り落ちる血の音と
ただそれを見下ろす〝神父〟の気配。
恐怖に染まった男たちにとって
そこは〝教会〟ではなく
〝地獄の門〟だった。