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お風呂あがりの脱衣所には、柔軟剤と石けんのやさしい香りが漂っていた。
ひまなつはバスタオルでみことの髪を包みながら、ドライヤーのスイッチを入れる。
温かな風がふわりと吹いて、みことの髪がやさしく揺れた。
「わぁ……あったかい……」
「だよね。風さん、きもちいいね〜」
ひまなつは笑いながら、タオルでみこの頭をこすらずに、やさしく押さえるように拭く。
みことはドライヤーの風に目を細めながら、すちがいつもそうしてくれていたように、自然と体を預けた。
「……なっちゃ」
「ん?」
「すちのにおい、しない……」
小さく呟かれた言葉に、ひまなつは一瞬手を止める。
「すちのにおい?」
「うん。すちのにおい、すき。あんしんするの」
ひまなつは微笑んで、少し考えたあとで言った。
「そっか。……じゃあ、すちのとこ戻ったら、いっぱいぎゅーしてもらおっか」
「……うん。ぎゅー」
ドライヤーの風がまたふわりと吹く。
その音に包まれながら、みことはうとうととまぶたを落としかけていた。
そんなとき――
「……おーい、なつ」
不意に低く穏やかな声がして、ひまなつが振り向くと、脱衣所で いるまが立っていた。
「……おまえ、先にみことの髪乾かしてんのか」
「うん。すち寝てるから、代わりにね」
「……そう」
いるまは短く返事をすると、 何の前触れもなくひまなつの後ろに回り込んだ。
「ちょ、なに?」
「おまえも濡れてんだろ。ほっとくと風邪ひく」
そう言って、ひまなつの頭にタオルを被せ、ドライヤーを手に取る。
「い、いるま……!」
「じっとしてろ」
低く落ち着いた声。
温風が、今度はひまなつの首筋を撫でていく。
ドライヤーの風の音に混じって、 みことがタオルの中から小さな声で呟く。
「なっちゃ、ほっぺあかい」
「う、うるさいなぁ……!」
ひまなつは慌てながら言い返す。
いるまは口の端を少しだけ上げる。
「……素直だな、みこと」
「ねぇ、いるまおにいちゃん、なっちゃのこと、すきなの?」
「――っ!」
ひまなつが真っ赤になる。
「みこと、ちょっと静かにしよっかぁ〜!」
ひまなつは笑いながら慌ててみことの頬をタオルで包み、 いるまは吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
「……まぁ、そういうことにしといてやる」
「ちょ、いるま!なに勝手に認めてんの!」
「事実じゃねぇの?」
「う、うるさい!」
みことはそんな二人を見上げて、にこにこと笑う。
「なっちゃといるまおにいちゃん、にこにこしてる。すきすきだね」
その言葉に、ひまなつといるまは顔を見合わせ、 思わず同時にため息をついた。
「……ほんと、かなわないな」
「だな」
三人の間に流れる風は、もうすっかりあたたかくて、 まるで春の夜みたいにやさしかった。
髪を乾かし終えたみことは、目をとろんとさせていた。
頬はほんのり赤く、湯上がりの熱がまだ残っている。
「ほら、パジャマ着よっか」
ひまなつが声をかけると、みことはこくんと頷いて、 ふわふわしたタオル地のパジャマに腕を通す。
袖口からのぞく白い手首が、まるで月の光に照らされているみたいだった。
「なっちゃ、ねむい……」
「うん、だよね。もうおやすみしよっか」
ひまなつはみことの頭を軽く撫でる。
髪はすっかり乾いて、さらりと音を立てた。
部屋の明かりを落とすと、 すちがうつ伏せに寝ているのが見えた。
頬にかかった前髪の隙間から、静かな寝息が聞こえる。
「……すち、つかれちゃったね」
みことが小さく呟く。
「うん。いっぱい動いたし、がんばってたもんね」
ひまなつは笑って、みことの手をとった。
「行こ。すちのとこ、戻ろっか」
みことは少し照れたように頷き、 小さな足取りですちの方へ近づいていく。
その姿を見て、ひまなつは思わず目を細めた。
ソファの端に膝をつき、 みことはそっとすちの顔を覗き込む。
「……すち、ねてる」
「うん。起こさないようにね」
その言葉に頷くと、みことはゆっくりと体をすちの隣へ滑り込ませた。
すちの胸のあたりに頭を寄せると、 ちょうどいい温もりが広がる。
「……ん、んぅ……みこ……」
寝ぼけた声が落ちて、
すちは自然に腕を回して、みことを抱き寄せた。
みことの身体がぴたりとその腕の中に収まる。
「すち……」
「……おかえり……」
かすかな声。
唇の端が、夢の中でもやさしく緩んでいた。
みことはその胸に顔をうずめながら、
「……ただいま」と小さく呟く。
すちの心臓の音が、一定のリズムで響く。
その音に合わせるように、みことの呼吸もゆっくり落ち着いていく。
ひまなつは静かにブランケットを掛けて、
その様子を見届けながら小さく微笑んだ。
「……おやすみ、ふたりとも」
部屋の灯りが落ち、 窓の外では冬の星がやさしく瞬いていた。