窓のカーテンの隙間から、 やわらかな朝の光が差し込んでいた。
すちはゆっくりと目を開ける。
頭の下には少し重みがあって、 胸元に小さなぬくもりが寄り添っている。
視線を下げると、そこにはみことがいた。
すやすやと寝息を立てながら、ほっぺをすちの胸に押しつけている。
寝ぐせひとつなく整った髪から、 ほのかに石鹸の香りが漂っていた。
清潔なパジャマ姿に着替えさせてもらっているのを見て、 すちはすぐに察する。
「……ひまちゃんかな」
優しく世話をしてくれたのだろう。
その気づかいに、胸の奥が温かくなる。
けれど、 その何倍も心を占めるのは、 腕の中で安らかに眠るみことの存在だった。
すちはゆっくりと上体を起こし、 そっとみことの髪を撫でる。
指先に伝わるのは、やわらかくて細い髪。
「……ほんと、かわいいな」
呟いた声は、朝の空気に溶けていった。
みことのまつげが微かに震える。
けれどまだ夢の中にいるようで、 その表情は穏やかなままだ。
すちは微笑んで、 その小さな唇へと顔を寄せる。
「……おはようの代わり」
軽く唇を触れさせるだけの、やわらかなキス。
それは音にならないほど静かで、 まるで息を交わすような一瞬だった。
そして、 すちはみことの耳元に顔を寄せ、 そっと囁く。
「……愛してる」
その言葉に応えるように、 みことの指が眠ったまま、 すちの服の裾をきゅっと掴んだ。
その小さな仕草が、 まるで『ぼくも』と言っているようで——
すちは思わず微笑み、 もう一度そっとみことを抱き寄せた。
朝の光が少しずつ部屋を満たしていくころ。
ひまなつの家のキッチンからは、 カチャカチャと食器の音が静かに響いていた。
その中心に立つのは、すち。
胸の前には、やわらかな色合いの幼児用スリング。
その中で、みことが小さな寝息を立てている。
すちは息を殺すように動きながら、 卵を焼き、パンを温め、サラダを盛り付ける。
胸元でわずかに身じろぎするみことに、 そっと指先で背を撫でた。
「……大丈夫、まだ寝てていいよ」
やさしい声に応えるように、 みことはうっすらと眉を緩め、再び眠りに落ちる。
そんな中、 香ばしいパンの香りに誘われて、 ひまなつたち4人がリビングへと顔を出した。
「ん〜いい匂い……って、あれ?」
最初に声を上げたのはこさめだった。
続いて、眠たげな目をこすりながら出てきたひまなつが、 スリングに目を留めて思わず笑う。
「……おはよ、すち。 それ、めっちゃ似合ってるけど……朝から子育て中?」
すちは苦笑して、手を止めずに返す。
「おはよう。 起こすのも可哀想だし……こうしてたら安心するみたいで」
「ま、そりゃそうだわな」
ひまなつは頬をかきながら、椅子に腰を下ろした。
すると、すちはふと顔を上げて、 小さく微笑んだ。
「昨日はありがとう。お 風呂、入れてくれたんだよね?助かったよ」
ひまなつはスプーンを手に取りながら、 肩をすくめて笑う。
「別に。 中身はまんまみことだったしな。
“すちが好きー”って言いながら湯船でふやけてた」
「そ、そんなことまで……」
すちは照れくさそうに眉を下げた。
その会話を聞いていたらんが、 トーストをかじりながらスリングを見て呆れ笑う。
「……てかすち、お前、そんなもんまで持ってきたんか」
「うん、昔使ってたやつがあって。 まさか使うとは思わなかったけどね」
「用意よすぎて草」
テーブルの上には、湯気の立つスープと焼き立てのパン。
温かい空気の中で、 すちは胸のスリングを覗き込み、 みことの穏やかな寝顔を見て、 そっと微笑んだ。
「……朝ごはんできたよ。起きたら一緒に食べような」
その声に、 みことのまつげが微かに震えた。
まるで夢の中で、 すちの声を追いかけるように——。
スープの湯気がふんわりと立ちのぼるころ、 すちの胸のあたりで小さな動きがあった。
スリングの中で眠っていたみことが、
くすぐったそうに鼻をひくひくさせる。
「……ん、……すち……?」
かすれた声が聞こえ、 すちはすぐに手を止めた。
「おはよう、みこと。もう起きた?」
その声に反応するように、 みことがぱちりと目を開けた。
まだ寝ぼけまなこで、 頬はほんのり赤く、髪がふわふわと乱れている。
スリングの縁から顔を出すと、 そこには朝食の並ぶテーブルと、 ひまなつたち4人の姿。
みことは少し目をぱちぱちさせ、 ぼんやりした声で言った。
「……おはよぅ……」
こさめが思わず笑顔になる。
「おはよう、みこちゃん。よく寝たね〜」
「おはようみこと。スリング似合ってるぞ〜」
らんが軽く冗談めかして言うと、 みことは恥ずかしそうにすちの服に顔をうずめた。
「……すちのなかがいちばんあったかい」
その言葉に、 すちは思わず頬を緩めて、優しく答える。
「そっか、じゃあもう少しだけ抱っこしてようか」
けれど、 テーブルの上の朝ごはんの匂いに、 みことのお腹が小さく鳴る。
「……おなかすいた?」
「……うん……」
そのやりとりに、 ひまなつが笑いながら椅子を引いた。
「じゃあ座って食べな〜。すち、みことの分、あっちに置いてるよ」
「ありがとう」
すちはそっとスリングからみことを抱き上げ、 自分の膝の上に座らせる。
まだ半分寝ぼけているみことは、 すちの腕の中でちょこんと背を伸ばした。
すちは小さなフォークで、 ふんわり焼けたパンを一口サイズにちぎる。
「熱くないからね。ほら、あ〜ん」
みことは小さく口を開け、ぱくりと食べる。
「……おいしい」
「よかった」
すちは安心したように微笑む。
横で見ていたこさめがほわっと笑った。
「ほんとに親子みたいだな〜」
「だよな」
ひまなつがからかうように言うと、 すちは苦笑しながらも、 みことの頬についたパンくずを指で取ってやった。
「……だって、かわいくてほっとけないんだよ」
みことはそれを聞いて、 口をもぐもぐさせながら見上げ、 小さな声で呟いた。
「……すちがいちばんすき」
その瞬間、 朝の光が二人をやさしく包み込む。
他の誰も、しばらく言葉を挟めなかった。
ただ、 その穏やかであたたかい空気が、
リビングいっぱいに満ちていた——。
コメント
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みこちゃんがぽわぽわしてそう!いい話しですね(*^^*)