次の日の昼前、奴隷の皆さんがうちのお屋敷にやってきた。
『奴隷の皆さん』……というのも何だかアレなので、今後は『使用人の皆さん』と呼ぶことにしよう。
さて、このお屋敷には使用人のための部屋が4つある。
1つ目はメイドさんたちの共同部屋。5人のメイドさんたちは、ここで一緒に生活している。
2つ目はメイド長の執務室。
メイド長にはお金の管理も任せているので、お屋敷の運営に必要なお金はここの金庫に入っている。
つまり使用人の部屋とは言え、結構重要な部屋だったりするのだ。
そして今使っていない3つ目の部屋はエイムズ家の皆さんに、4つ目の部屋は警備の人の共同部屋に割り当てることにした。
共同部屋の中には一応仕切りがあるし、最低限のプライバシーは保てるだろう作りにはなっている。
何と言うか、ネットカフェの延長……って言う感じかな?
警備の人の共同部屋が男女混合になってしまうのは少し気になるものの、奴隷界隈では普通のことらしい。
まぁ、大丈夫って言うなら大丈夫なんだよね?
今日来た9人には部屋に荷物を置いてもらったあと、食堂に集まってもらった。
食堂にはいつもの長いテーブルは置いたままだが、椅子は取り払われて、部屋の隅に片付けられている。
そしてテーブルの上には、メイドさんたちが腕によりをかけて作ったパーティメニューが並べられている。
つまり今回は、ささやかながらに立食の歓迎パーティをしようかなと……そんな趣向である。
「――はい! 皆さん、注目っ!」
部屋の一番奥で、手を1回叩いて注目を集める。
この場にいるのは私とルーク、エミリアさん。次に、メイドの5人。あとは、エイムズ家の4人と、警備の5人の――
……何と17人! 何とも大所帯になってしまったものだ。
「今日はささやかではありますが、歓迎会を開かせて頂きます。
メイドの皆さん、準備をありがとうございました。ここからはセルフサービスにしますので、一緒に食べていってくださいね」
『え? そうなんですか?』と言った感じで驚くメイドの皆さん。
でも、たまにはこういうのも良いよね?
「それでは飲み食いしながら、自己紹介をそれぞれお願いします」
そう言った途端、とりあえずエイムズ家のダリル君とララちゃんが料理に手を出し始めた。
ハーマンさんとダフニーさんは止めようとしながら、私を気に掛ける素振りを見せたが、『そのままどうぞ』というジェスチャーで返す。
子供のこういうところ、私は好きなんだよね。
「それでは改めまして、私から。
私はこの屋敷の主、アイナ・バートランド・クリスティアです。
S-ランクの錬金術師ですので、そちらでご相談がありましたらお気軽にどうぞ」
次はルークに……と思ったら、ルークはエミリアさんに先を促した。
ルークは序列を気にするときがあるんだよね。
彼は私の従者だから、私の純粋な仲間であるエミリアさんよりも下……と、捉えているのだ。
「では、2番目に失礼いたします。
わたしはエミリアです。大聖堂に仕える司祭なのですが、旅をしていたアイナさんと知り合いまして、ずっとご一緒させて頂いています」
「私はルークです。
アイナ様とは辺境都市クレントスでお会いしまして、以後お世話になっております」
次は知り合った順ということで、クラリスさんに振ることに。
「初めまして、皆さま。このお屋敷のメイド長を任せて頂いている、クラリスと申します。
日々の業務でお話することが多くなるかと思いますが、何卒よろしくお願いいたします」
「私はマーガレットと申します!
えーっと、えーっと、あの――……はい!!」
「私はミュリエルと申します。身体を動かすのが得意なので、そういう困りごとがあればお申し付けください!」
「私はルーシーと申します。細かい仕事が得意ですので、何かありましたらご相談ください」
「私はキャスリーンと申します。アイナ様には大変お世話になっております! 今後とも頑張らせて頂きます……っ!!」
キャスリーンさんは、キラキラした目で私を見ている。
いやいや、私にじゃなくて、新しい人に向けて言ってくださいね?
「初めまして、私は庭木職人のハーマンと申します。
横の三人は私の家族なのですが、これから一家でお世話になることになります。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ハーマンの妻、ダフニーと申します。
しばらく病気を患っていたのですが、このたびアイナ様に治して頂きまして……。
その上、一家揃って雇って頂けて、本当に、本当に感謝に堪えません……ぐすっ」
「ダリルです! ララのおにーちゃんをしてます!」
「ララです! ダリルおにーちゃんのいもうとです!」
おお、やっぱり子供は可愛いなぁ……。心がほっこりしてくるね!
そして、次は警備の人の順番に。
「アタシはディアドラって言います。
警備のメンバーのリーダーを任せてもらったので、何かあれば教えてください。
こいつらが何かしでかしたらとっちめ――……あ、対応しますので」
「俺の名前はカーティス!!
世界一の冒険家の夢は破れたけれど、この屋敷で世界一の警備員になるぜ!!!」
……どうやって? って言うツッコミは無粋だろうなぁ。言わないでおこう。
「僕はランドルです。エミリアさんとは違う信仰なのですが、聖職者をやっていました。
簡単ではありますが魔法も使うことができますので、お役に立てることがあれば教えてください」
「わ、私はサブリナです!
女性が多いようですので、警備のことで男性メンバーに言いにくいことがあれば私……か、ディアドラさんまでお願いしますっ!!」
「…………レオボルト」
――はい、これで全員が自己紹介したかな? それにしても、これだけの人数が並ぶのは壮観なものだ。
「皆さん、自己紹介をありがとうございました。
それでは食事を続けながら、引き続きご歓談をお楽しみください!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋の片隅で、オレンジジュースをまったりと飲みながら部屋の様子を眺める。
とりあえず別の片隅で、レオボルトさんが一人で何かを飲んでいるのが目に付いた。
うーん、ブレないなぁ……。いや、急に明るいキャラを出してきたら、それはそれで違和感があるんだけど。
部屋の中央あたりでは、クラリスさんとディアドラさんが話をしていた。
メイド長と、警備のリーダー。今後やり取りする機会は多いだろうから、そういった関係の組み合わせなんだろうな。
その近くでは、キャスリーンさんとダフニーさんが話していて、その横ではハーマンさんが一緒に話を聞いている。
その下ではダリル君とララちゃんがキャスリーンさんを見上げている。
それにしても、あのダリル君の目は……憧れのお姉さんに想いを抱いているって感じの目をしてない?
キャスリーンさんはとっても可愛い人だし、それも無理も無いかな? ふふふ、何だか心が凄く和んできた。
ミュリエルさんは一人で食事をとりながら、宙を度々見ながら何かを考えている。
……あれも料理勉強の一環なのだろうか。味は舌で覚える! ……みたいな。
残りの人は、カーティスさんを中心にして、賑やかに語られる彼の冒険譚を聞いているようだ。
それにしても、こうして見ていると、何ともいろいろな人がこのお屋敷に集まってきたもので――
「……アイナさん、何を呆けているんですか?」
カーティスさんの輪に入っていたエミリアさんが、いつの間にかこちらに来ていた。
「いえ、人がたくさん増えたなーって。そんなことを、まったり考えていました」
「あはは。本当に……ですね。
1か月前はまだ王都にも着いていませんでしたし、まさかこの短期間でこんな状態になるなんて……不思議なものです」
「まだ、そんなに時間が経っていないんですよね。
どうにも王都に来てからやることが多くて……。でもこれでようやく落ち着きますし、これからはやっと例のアレですよ!」
「例のアレですね!」
一応伏せて言ってみたものの、エミリアさんには問題なく通じていた。
例のアレ……つまり神器作成である。
「あ、そうだ。警備の人が入ってきたあとの、これからの話なのですが」
「え? はい」
「ルークが一時的に、パーティから外れることになりました。
最近は冒険をしているわけでも無いので、影響は大きくないと思いますが」
「そうなんですか? 何でまた?」
「リーゼさんの一件で、もっと強くなりたいということで……。
しばらく、修行のために外れるって感じです」
「ふむぅ、なるほど……。
それではわたしが、ルークさんの分までアイナさんをお護りしないといけませんね!」
エミリアさんがガシッと私の手を取ったとき、後ろからルークの声がした。
「はい。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「ひゃぅ!?」
「いつの間に!?」
「いえ……。エミリアさんがアイナ様のところに行ったので、少し気になりまして。
今日の午後、警備の方たちにお屋敷を案内しますので、明日の朝から出掛けさせて頂きますね。
……早速の話で申し訳ございません」
「いえいえ。ところで、明日の夕飯はどうする?」
「……アイナさん、それって何だかお母さんみたい……」
「なっ!?」
……確かに自分の記憶を紐解けば、昔そんなことを言われたような気もする。
この台詞は、全世界共通のものなのか……。
「そうですね、毎日戻ってきたいところではありますが、修行に集中したいと思いますので……。
しばらく、ここには戻らないことにします」
「うーん、了解。
……でも、何かあったらすぐに教えてね?」
「分かりました。そのときはご報告に上がります」
新しい人が増えたものの、今までいてくれた人が減ってしまう。
いずれは戻ってくるんだけど、やっぱりこういう変化があると、時間の流れを感じてしまうものだよね。
……考えるほどに、どうにもしんみりとして困ったものだ。
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