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――そして、1週間が経過した。
お屋敷のこともひと段落したし、ルークも修行に行ってしまったし。
ここにきて、張り詰めていた緊張が一気に緩んでしまった……といったところだろうか。
それにしてもこの1週間は、本当に何もしていない。
厳密に言えばクラリスさんから相談を受けて、お屋敷のこともやったりはしていたけど……これは、言われてやっただけだし。
何かしらはやりつつも、しかし自発的には何もしていない――
……あ、いや。メイドさんたちにカフスボタンをプレゼントしたけど、まぁそれくらいか。
ちなみにエミリアさんは最近、大聖堂の自分の部屋を片付けに通っている。
奥の部屋にもようやく3歩ほど入れるようになったと喜んでいたけど、それにしても奥の部屋は一体どうなっているんだろう。
そんなことを考えながらぼーっとお屋敷の中を歩いてみると、メイドさんたちが働いているのが見えた。
日差しを浴びにお屋敷を出てみると、警備の人たちが巡回しているのが見えた。
何となく裏庭に行ってみると、ハーマンさんが一生懸命に庭仕事をしていた。
「……うん。私もしっかり働かないと」
それなら、たまには錬金術師ギルドに行ってみるのも良いかな?
1週間も空いてしまったから、依頼も少しは溜まっているはず――
「アイナ様!!」
お屋敷の方からの呼び声に振り向くと、ミュリエルさんが走りながらやってきた。
「うん? どうしたの?」
「はい、お客様が見えられまして……。
お城の使いということでしたので、ひとまず客室にお通ししたのですが……」
「え? 何かもう、嫌な予感しかしないんだけど……」
……一体、何の用だろう。
工房やお屋敷の使い心地を聞きにきた……とかでは、さすがに無いよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
客室に行くと、貫録のある壮年の男性が座っていた。
体格もかなり良く、気圧されてしまいそうになる。
「いらっしゃいませ、お待たせいたしました。
私がアイナ・バートランド・クリスティアです」
「突然の訪問、失礼いたします。
私はヴェルダクレス王国軍、第二装備調達局のアルヴィン・ビル・アボットと申します」
アルヴィンさんは立ち上がり、丁寧に挨拶をしてくれた。
……え? 王国軍……!?
今いる王都ヴェセルブルクは、ヴェルダクレス王国の首都だ。
ちなみに辺境都市クレントスも、漏れなくヴェルダクレス王国の国土になる。
「どうぞお座りください。それで、今日のご用件は?」
「はい、今日はアイナ様に仕事の依頼をさせて頂きたく、参りました」
「仕事、ですか」
コンコンコン
「失礼します」
ノックのあと、クラリスさんがお茶を持ってきてくれた。
……お茶出しをしている間の、何とも言えない時間。
クラリスさんが客室を出ていくと、ようやく話が進み始める。
「このたび、緊急で爆弾を調達する必要ができまして。
その製造を、アイナ様にお願いできないかと」
――爆弾!!
うわー、断りたい!
だって、人を傷付ける気満々のアイテムでしょう!?
……あれ? いや、人、とは言ってないか。もしかしたら魔物討伐かもしれないし――
「えっと、魔物討伐用ですか? それとも対人用ですか?」
「汎用的に、どちらでも使えるものが望ましいです」
……そりゃそうだ!
うーんうーん、でもあれだよ。
私が自由に何でもな感じで作っちゃうと、多分とんでもないものが出来てしまうよね?
それはさすがに、軍隊には渡したくないなぁ……。
「……申し訳ございません。
私は爆弾は専門外ですので、作れても一般的なものになってしまうのですが……」
「なんと!?
……ふぅむ、確かに薬関係と美容関係の実績が多いと聞いておりますからな……。
とは言え、作る物の多くが高品質という評判。それでは一般的なものをお願いいたしましょう」
あー……。
やっぱり、折れてくれなかったか……。
「それでは、こちらに資料をまとめさせて頂きましたので、ご覧頂けますでしょうか」
アルヴィンさんが資料を渡してきたので、受け取ってから眺めてみる。
『初級爆弾』……は作ったことがあるか。
あとは『中級爆弾』『高級爆弾』『爆裂矢』『焼夷弾』……その他諸々、っと。
それにしても、いろいろ種類があるもので。
「『初級爆弾』と『中級爆弾』でしたらお受けできます。
それ以外は、申し訳ありませんが……」
「むむむ、思ったよりも――……っと、いや、失礼。
それではその2つをお願いいたします。数量と報酬はこちらになります」
えぇっと……『初級爆弾』が200個、『中級爆弾』が100個……。
報酬は金貨40枚……っと。
「ちなみに、納期はいつになりますか?」
「実は、少し急ぎで必要なものでして……。1週間後には可能でしょうか」
さすがに手持ちの素材だけでは足りなさそうだけど、錬金術師ギルドでも売っているだろうし、それは大丈夫かな?
素材さえあれば、納期なんてあって無いようなものだからね。
「はい、問題ありません」
「では1週間後、改めて伺います。
代金はそのときにということでお願いいたします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――疲れた」
「お疲れ様です。甘いお茶をお持ちいたしますか?」
アルヴィンさんが帰ったあと、客室でぐったりしているとルーシーさんが声を掛けてきた。
「ありがとう。一般的な甘さでお願い」
「かしこまりました」
ルーシーさんが客室から出ていったあと、すぐにノックの音が聞こえてきた。
入ってきたのはクラリスさんだったのだが――
「アイナ様、お客様がお見えです。
ジェラード様ですが、お通ししてもよろしいですか?」
「ジェラードさん? うん、よろしくー」
3分ほどすると、ジェラードが明るい表情でやってきた。
「アイナちゃん、こんにちは♪」
「こんにちはー。お久し振りですけど、今日はどうしたんですか?」
「ぶっちゃけて言うと、調達局の人がここに来たでしょ?
そのお話を聞きに♪」
「ぶっちゃけすぎ!!」
「まぁまぁ♪ アイナちゃんの不利になることはしないからさ!」
「でも、話すとは言っても……特に何も聞いてませんからね?
むしろ、強い爆弾は作らない方向で話をまとめましたし」
「あ、そうなんだ……。
まぁ、爆弾はアイナちゃんには似合わないからね」
「ですよねー? だから、この話はもうおしまいです」
「あはは♪ 本当はさ、近くに寄ったから遊びに来ただけなんだよ。
それで、そろそろ僕に何か仕事はできたかな?」
「もちろんです! ばっちり用意しておきましたよ!!」
ジェラードにお願いしたい仕事は2つある。
1つ目は、テレーゼさんから話のあった……彼女の幼馴染にして魔法の天才という、シェリル・ヴィオラ・ブリストルさんの件だ。
王城に召し抱えられて以来、テレーゼさんが会うことはなくなったそうなのだが……今の状況を、出来るだけ調べて欲しい。
2つ目は、うちのメイドさん……クラリスさんとキャスリーンさんが、前に仕えていた場所のこと。
うちの子を酷い目に遭わせるなんて、赦しておけないからね!
積極的に仕返しをするとかは考えてはいないけど、いつ何があるか分からないし……!
「……ふむ、なるほど。
1つ目は……確か、どこかで聞いたことがあるような……。うーん、でも思い出せないから調べてみるね。
2つ目は、僕に掛かればすぐだと思うよ!」
「さすが、頼りになります!
そう言えば、オリハルコンの調査はどんな感じですか?」
「うん、王様が所有しているのは間違いないみたい。
でも、王様も王様で探しまわっているみたいだよ」
「うーん、なるほど……。それじゃ、もらおうと思っても難しそうですね。
錬金術師ギルドでも、王国からの『賢者の石』の依頼が10年以上残っているそうですし」
「10年か……、ずいぶん残ってるものだねぇ。
さて、僕への仕事はその2つで良いかな?」
他のことと言えば、リーゼさんのことも気にはなるけど……私からはどうにも聞きにくいかな。
そう言えば1週間前は、ドタバタしていて結局ルークに聞くこともできなかったか……。
……でも、それなら――
「あの、リーゼさんのことなんですけど……」
「うん? 懸賞金も結構な額だし、早く捕まると良いね。
アイナちゃんの腹の虫も収まらないでしょ?」
……あれ? ……あれれ?
リーゼさんが裏切った話をしたあと、ジェラードが王都を離れたから……てっきり何かやってると思ったんだけど、あれぇ?
「何か、ご存知じゃないんですか……?」
「……まぁ、実のところは僕も少なからず動いてはいるけどさ。
ところでルーク君はいるかな? 少し、話しておきたいことがあるんだけど」
「え? あ、ルークなんですけど、実は――」
ルークが1週間前に修行に出ていったことを伝えると、ジェラードは少し考えるように宙を仰いだ。
「ふぅん……、修行にねぇ……。……まぁ、それも壁ってやつかなぁ。
話を聞く限り、あの状況では強さっていうよりも――
……うぅん。まぁ、何ともかんとも、だね♪」
「あ! 何か、はぐらかしましたね!?」
途中まで複雑な表情をしていたのに、最後はいつも通りの明るい表情。
隠すならもう少し、しっかり隠して欲しいんですけどっ!?
「あはは♪
ここら辺は今度会ったときに話してみるよ♪ アイナちゃんは気にしなーい♪」
「むぅ……」
……こうなると、ジェラードは本当のところを話してくれないからなぁ。
ルークとジェラード、裏ではどんな話をしているのやら……。