『アラッ 良く知ってるわねッ。それと、一応言って置くけどッ アタシを妖精とか魔人なんて言う低俗な連中と、一緒にしないで欲しいわネ』
「―――…… 」
頭で想像する事すらも制限された状況に、冷ややかな汗が首筋を悪戯に嬲《なぶ》る。そんな最中、ハキムだけは掌を胸の前で組み、フワフワと浮遊する小さな光に、疑念を抱く事も無く、まるで少年の如くキラキラと目を輝かせて居た。
二人の相対する温度差に、またしても小さな光は失笑する。
『アハハッ アンタ達って本当に面白いわネ。暫くはアンタ達と行動を共にするつもりだけどッ 敵対するつもりも、擁護するつもりも無いからッ アタシの事は気にしなくていいわョ』
「…… 」
『アタシなりに確かめたい事が有るだけだから、宜しくねッ 』
ハキムは咄嗟に我に返ると、此処ぞとばかりに地図を広げ現在地を確認する。丁度経路を確認出来た所でパッと小さな光が消え、辺りは元の暗闇へと戻ってしまった。
「あぁ妖精さんがぁ。折角の大発見だったのに」
暗闇で肩を落とすハキムの姿が想像出来た俺は、今後また小さな光が何時現れても驚かぬ様に、再来の可能性をやんわりと伝えた。
「神話での妖精は、気分屋だって言われているみたいだからな。もしかしたらまた現れるかもしれないぞ」
「そっそうですよね。また出てくる可能性はありますよね? 」
「運が良ければな。今は少しでも仮眠を取って、体力を温存しておこう」
「はいっ そうですね」
静寂の中、途端に寝息を立てるハキムに、目を瞑り呼吸を合わせると、先程の存在について意識を奪われていた……
―――然し、彼奴《アレ》は一体……
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
底が見えぬ崖っ縁《ぷち》に追い込まれた二人の外套《がいとう》を、谷底から吹き上げる風が激しく踊らせる。決意を示す剣をゆっくりと抜いた一人の老境に在る男が、フードを被った青年を庇う様に野盗達の前に立ち塞がった。
「始めから我等の命を狙って居たのか? 罠に嵌める等、汚い奴らめ 」
既に完全に追い込まれ、逃げ場を失っていた。そんな状況下で、これから迫る驚異に対し、荒い息を僅かでも整えようと時間稼ぎに罵った。
「罠だって? オイオイ、俺達はただ偶然にお前達に狙いを定め、ただ偶然にお前達を殺す、そこら辺の野盗だ。全くもって何を言っているのかわからんな」
「黙れ、その顔には覚えがあるぞ。御館《みたち》の御用人口で肩が触れたのを覚えている。品性の欠けらも無い舌打ちをされ、挙句、唾を吐き捨てられたからな。とぼけても無駄だ」
「ちっ面倒くせぇ爺だな。バレてんなら仕方ねぇや。その時に無礼討ちでもしときゃあこんな目に会わなかったのにな。どうせお前らは此処で終わりだ。大人しく死んでくれや」
男が半歩にじり寄り、老境の男は少ない間合いを譲らぬ様に、同じく半歩足裏を引き摺り下がって見せた。
「誰の差し金だ? 」
「ふんっ、俺に言わせるんじゃねぇよ。誰だが見当はついてるんだろう? お前さん方の求める答えの通りさ。、その坊ちゃんの存在を烟《けむ》たがっている御方だよ」
「特権階級の者達という事か」
「鈍感な爺だなぁ、俺達みてぇなこんな輩に悪さをさせようと大金を積む御方だぜ? しかるべき地位が無けりゃ大金なんぞ簡単に出せねぇだろうが、おっと、いけねぇ軽口が過ぎたな。これ以上は悪ぃが守秘義務ってやつだ」
「それで? 我等の他の者達はどうした? 」
言葉尻に雷鳴が轟きを放ち、闇夜が一瞬人影を作る―――
「んー、腕もねぇ癖に、死ぬ気で掛かってきたからな。ご要望通り死なせてやったまでだ。感謝しな――― 」
更に大きな稲光が夜陰《やいん》を駆け巡り、空が嘆《なげ》き歔欷《きょき》を示すと、横殴りの激しい涙を地表に打ち付けた。
風に煽られ走り抜ける雨脚の中、続けて怪しい風貌の男はボソリと呟く……。
「 ―――勿論全員な」
男の含んだ笑みが稲妻に露《あらわ》になった。
「貴様ら――― 」
「お前らそんな商人みてぇな成りしてるが、本当は近衛兵なんだってな? まぁ俺達にとっちゃあ都合がいいぜ、お前らの死体を検分されたとて、商人が野盗に襲われた位にしか見えねぇからな、わざわざ変装してくれてありがとうよ。まぁ然しこんな森の中だ、そんな心配もいらねぇかもな。誰かに見つかる前に獣が綺麗にお前らの骸を処理してくれるってもんよ。それにしても、近衛兵って割には、お粗末な腕前の奴しかいなかったなぁヒャハハハハ」
「我等を愚弄《ぐろう》するとは断じて許さん‼ 」
「ハハハ時間稼ぎは済んだのか? 息が整ったと同時に元気に成りやがって現金な爺だぜ。こっちは準備が整うまで待ってやったんだ、老いぼれだからって手は抜かねぇからな、精々《せいぜい》楽しませてくれよ? 」
「身の程知らずが、思い知るがいい」
「その顔いいねぇ、とっとと死に晒すんじゃねぇぞ――― 」
男の表情が一瞬で冷たさを纏う―――
―――その刹那
躊躇《ためら》いも無く押し迫る男の右足が、水溜まりに勢いよく飛び込み飛沫《しぶき》を上げた。暗澹《あんたん》で放たれた剣筋を、一瞬、俄《にわ》かに訪れた稲光を頼りに必死に追う。再び訪れた闇の中、交差させた互いの剣がバキャンと鎬《しのぎ》を削ると、火花を派手に吐き出した。
手入れの行き届いた刃同士が、互いに譲れぬ金切り声を、仄暗い世界に響かせる。
「へぇ、やるじゃねぇか。爺でもやっぱり側近は違うってか? 少しは楽しめそうだぜ」
両者の頬を汚す跳ね上がった泥水を、激しい雨がゆっくりと洗い流した―――
「ほざけ小僧が、貴様の訛りで疑念が今漸く確信に変わった。若干残るその西の訛りが、あの女と同じだな。やはりと言うべきか、いつかはこうなるのではと危惧していた。然し事が済めば貴様等はきっとあの女に始末されるのがオチだぞ? 真逆《まさか》そんな事も分らない訳ではあるまい? 」
「何っ―――⁉ 」
拮抗する鍔迫り合いの最中、互いに剣を胸の前で弾くと、双方飛退き距離を取り、言葉に中《あ》てられた野盗の男は静かに黙り構えを解いた。
「何言ってんだ爺ぃ―――」
「あの女はそういう女だ。邪魔になれば味方だろうが切り捨てる」
確信を突いた老境の男の言葉に、野盗の男は見る見る表情を変え感情を露わにする。
「知った様な口を利くんじゃねぇよ。お嬢はこの為に自分を犠牲に国を渡ったんだぞ、唯一の味方である俺達を裏切るなんて有り得ねぇ、お前の様な奴に何が分かる」
「漸く本性が出たな。然し愚かな…… 貴様は個人的な感情に陶酔しているに過ぎん、目を覚ませ。大事な部下達を危険に晒す事になるぞ? 今ならまだ間に合う手を引け」
「黙れ――― 」
不意に下方《かほう》より振り払われた剣戟を寸前で飛び退き躱すと、老境の男は抱いていた違和感を口にした。
「野盗にしてはその剣運び、有り得んな。やはり金で雇われた振りをしていただけで、何処ぞの騎士か? いや、あの女に与《くみ》する者なればアッバスの手の者だな。我らに手だし、明るみに出れば、それこそ戦火を招くぞ? わかっておるのか? 然《さ》すればあの女も無事ではおられんぞ? 」
「チッ――― 」
抜け道を探る老境の男は、露骨に表情を変えた野盗に僅かながらの希望を抱き、次の様に持ち掛けた。
「どうだ? 此処は一つ賭けをせぬか? 貴様が主を想う気持ちは理解した、だが、主君の隠された真の姿を知りたいとは思わぬか? 」
野盗の男は俯き剣を僅かに握り返すと、慮《おもんぱか》った表情を暗く歪ませ、声色低く感情を吐き捨てた。
「嫌――― 駄目だ。賭けには応じられない。お前達は此処で消えて貰う」
―――騎士の忠義には勝てぬか……
「そうか…… 残念だ――― 」
老境の男は左腕でフードを被った青年を庇うと、また半歩、足裏を引き摺り下がって見せた。
鳴り止まぬ天の慟哭、乾坤一擲《けんこんいってき》を放ちて、各々に決断を促す符《しるし》となりぬ。裏切りの先に見ゆるは、冷酷なる現世か、または真なる愛の影《ほかげ》か。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!