テラーノベル
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目が慣れてくると、私は自分が白い部屋の真ん中に立っていると気づいた。
何もない部屋。窓もない。天井から淡い光が降りているだけ。
「ここ……どこ?」
さっきまでお菓子だらけの世界にいたから、急に何もない空間に放り出されて、変な感覚になった。
頭がぐらぐらする。足元がふわふわしている。
──落ち着いて。ここは安全。
「また声……!」
私は思わず身構えた。
声は近い。耳のすぐそばでささやいているみたいなのに、姿は見えない。
「ねえ、あなた誰なの? なんで私を助けてくれたの?」
──助けたかったからだよ。のあちゃんが、あそこで溶けてしまう前に。
「……やっぱり“溶ける”って本当だったんだ」
ぞくっとした。冗談だと思っていたのに、そうじゃなかったんだ。
「どうして私が、あんなところにいたの?」
──それはね、のあちゃんが“呼ばれた”から。
「呼ばれた……?」
──甘い世界は、迷った心を連れていっちゃうんだよ。
「迷った心……?」
私は考えこんだ。
最近、不安なことがあったのは確かだ。
仕事のこと。友だちのこと。家のこと。
でも、それが理由でお菓子の国にワープするなんてありえない。
「そんなの……ファンタジーじゃん」
──ファンタジーだよ。でも、ここは現実でもある。
「意味わかんないってば!」
私は部屋に響くくらいの声で叫んだ。
すると、白い壁の一部がゆっくりと光り始めた。
「え……?」
光の中から、誰かが歩いてくる。
影が伸びて、形がはっきりしてくる。
細い腕。やわらかそうな髪。背は私と同じくらい。
影の主は、白い壁から抜けるようにして一歩前へ出た。
そして——私の前に現れた。
「はじめまして、のあちゃん」
そこに立っていたのは、私と同じくらいの歳に見える女の子だった。
白いワンピースを着ていて、表情はやさしい。
でもどこか、この世界の空気と同じ“現実味のなさ”がある。
「あなた……誰?」
女の子は小さく笑った。
「私は、ミル。のあちゃんを呼んだ“声の主”だよ」
それはつまり、ずっと私を導いていた声の正体。
私は一歩前へ出た。
「ミル……って、どうして私を助けたの?」
ミルは少しだけ目を伏せた。
「助けたかったわけじゃないよ。のあちゃんに……お願いがあるの」
「お願い?」
──嫌な予感。
胸がきゅっとつまる。
「どんなお願い……?」
ミルは顔を上げて、すごくまっすぐな目で私を見つめた。
「のあちゃんに、もう一度“向こう側”へ行ってほしいの」
「向こう側って……あのお菓子の国のこと?」
ミルはゆっくりうなずいた。
「うん。でも次に行くのは、ただの脱出じゃない。
今度は“鍵”を見つけるために行ってほしいの」
「鍵?」
「そう。向こうを閉じるための鍵。
あの世界は今、壊れかけてる。放っておくと、
のあちゃんみたいな子がもっと飲み込まれちゃう」
「だから、閉じなきゃいけないってこと……?」
「うん。のあちゃんにしか、できない」
「なんで私にしかできないの?」
ミルは答えなかった。
でもその沈黙が、逆に“理由がある”ってことをはっきり教えていた。
「……私、怖いよ。だってまた甘い沼に落ちるかもしれないし、チョコの森に迷うかもしれないし……」
声が震えてくる。
あの甘い匂い、ふわふわした空気、得体の知れない罠。全部が頭に残っている。
ミルはそっと私の手を取った。
「大丈夫。今度は、私が一緒に行くから」
「え……?」
「ひとりじゃないよ、のあちゃん」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが少しだけ軽くなった気がした。
「……一緒に、行ってくれるの?」
「うん。ずっとそばにいる」
ミルが手を握り返してくれる。
私は深く息を吸い込んだ。
「……わかった。怖いけど……行くよ、私」
「ありがとう、のあちゃん」
ミルは微笑んで、私の手を引いた。
白い部屋の奥に、薄い光の扉が現れる。
「行こう。次は“本当の冒険”だよ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は強く跳ねた。
世界がまた変わる予感がした。
コメント
1件
ミル…何者なんだ…