テラーノベル
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光の扉をくぐった瞬間、世界がぐるりと反転したような感覚があった。 足元の感触が柔らかくなる。
ふわっと甘い匂いが鼻をくすぐる。
「……また、来たんだ」
目を開けると、前に見たお菓子の国にそっくりな景色が広がっていた。
だけど、前とは少し違う。
クッキーの壁は欠けて穴が開き、綿あめの沼は一部が焦げたみたいに黒ずんでいる。
チョコレートの木々は溶けすぎて形を保てなくなり、ぽたり、ぽたりと重い音がしていた。
「こんなに……壊れてたんだ」
「時間があまりないの。だから急がなきゃ」
隣でミルが言った。
白いワンピースが、甘い風にはためく。
「ねえ、ミル。鍵って、どこにあるの?」
私は辺りを見渡したけど、そんな“鍵っぽいもの”はどこにも見当たらない。
「この世界の一番奥。『甘味の源』って呼ばれてる場所」
「源……?」
「うん。そこが崩れかけてるから、全部が壊れてる」
ミルの声は落ち着いているけど、その目はどこか悲しそうだった。
「ミルって、この世界のことすごく詳しいよね。住んでたの?」
聞くと、ミルの足がぴたりと止まった。
「……うん。昔はね」
「昔?」
ミルは少しだけ笑った。だけ ど、その笑顔はすぐに溶けてしまう。
「行こう。説明は歩きながらするね」
彼女が歩き出したので、私はすぐあとを追った。
私たちが向かったのは、マカロンでできた大きな坂のような場所だった。
ピンクやミント色のマカロンが積み重なって、階段みたいに続いている……はずなのに、
「わわっ、ぐにゃってる!?」
踏むたびにマカロンがつぶれ、弾力があるのに安定しない。
「気をつけて。温度が不安定で、形が保てないんだと思う」
「なんでそんなことに……?」
ミルは少し黙ったあと、ぽつりと言った。
「甘味の源の“主”がいなくなったから」
「主……? この国にも、そういうのいるんだ」
「うん。世界をまとめる“中心”みたいな存在。
本当は、主がこの国の甘さや形を全部調整してたの」
「じゃあ、その人がいなくなったから崩れてる……?」
「……そうだね」
ミルの声が急に小さくなる。
私はすぐ隣を歩きながら、彼女の横顔を見た。
「ミル……もしかして、主のこと知ってる?」
ミルは答えなかった。
ただ、マカロンの山を見つめたまま、
「ごめんね、のあちゃん。今はまだ言えない。でも、そのうち全部話すから」
その“そのうち”が胸にひっかかった。
マカロン坂を越えると、ガムドロップが敷きつめられた道が続いていた。
丸くてカラフルで、本当ならかわいらしいはずなのに……。
「……見て、ミル。道が、ひび入ってる」
ガムドロップが乾燥しすぎてひび割れ、ボロボロと崩れていく。
「急ごう。ここは長く乗っていられない」
私たちはガムドロップの間をぴょんぴょん跳ねながら進んだ。
その途中、
バリッ。
「ひゃっ!?」
足元のガムドロップが一気に割れ、私は落ちそうになった。
「のあちゃん!」
ミルが私の腕を引いてくれた。
ぎりぎりで足場に戻れたけど、心臓がバクバクした。
「ありがと……ミルがいなかったら落ちてた」
「守るって約束したからね。絶対に離さないよ」
その言葉を聞いたとき、私は気づいた。
ミルの手はあたたかい。
だけど、その温度が“普通じゃない”というか……甘い光みたいな温度だった。
(ミルって……人間じゃ、ない?)
そんな疑いが胸に生まれた。
だけど、少し怖くて聞けなかった。
ガムドロップ道を抜けると、お菓子の国の風景が少し開けた。
遠くに、巨大な塔のようなものが見える。
「ミル、あれが……甘味の源?」
「そう。あそこに“鍵”がある」
ミルの声が震えた気がした。
「ミル?」
「……大丈夫。あと少しで終わりだから」
そう言うけれど、ミルの目は塔から離れない。
その視線には、不安でも恐怖でもなく……“懐かしさ”が混じっていた。
「ミル、その塔……知ってるんだよね?」
ミルはゆっくりうなずいた。
「私はね、のあちゃん。
ここでずっと――」
ミルが言いかけたとき。
ドォンッ!
塔の方から低い音が響いた。
同時に地面が揺れ、風景が震える。
「な、なに!? 地震!?」
「違う……源が、もっと壊れてる!」
ミルの顔が真っ青になる。
「急がないと。のあちゃん、走ろう!」
「う、うん!」
私たちは塔に向かって駆け出した。
甘い匂いのする風が荒れ狂い、砂糖の破片が雪みたいに舞う。
(ここでずっと、って……どういうこと?
ミルはこの国の主に関係してるの?
それとも――もしかして本人……?)
頭の中に疑問が増えていく。
でも今は、とにかく走るしかなかった。
甘味の源の塔へ。
ミルの秘密へ。
そして、私が呼ばれた理由の答えへ。
コメント
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うわー!続き楽しみ!