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大樹が私に優しくするのも好きだって言うのも、毎朝待ってくれているのも、全て罪悪感からなのかな。
そうだとしたら大樹って随分律儀になったんだな。
昔は自分の好きな様に自由に振舞ってばかりだったのに。
気を使って貰えるのは嬉しいし、優しくされるのも嬉しい。
それなのに、どうして今私はこんなに憂鬱な気持ちになってるんだろう。
寝付きがいい私が、ベッドに入って一時間も経つのに眠れないなんて重症だ。
大樹に華麗な恋愛遍歴が有ったっていいじゃない。
社内に彼女候補が居たっていいじゃない。
そんなの大樹の自由なんだから。
それなのにこんなに胸がモヤモヤするのは、心の奥では私はいじけているのかな。
大樹と違って何の経験も無いし、親しく話す男性も大樹以外にいない。
そんな自分がなんだか悲しくて、沈んだ気持ちになるのかな……。
ベッドの中で何度も寝返りを打つ。
いつもは意識しなくなって直ぐにやって来る睡魔が今日はなかなか訪れない。
ああ、もう嫌になる。
何で私が大樹の事でこんなに悩まなくちゃいけないの?
イライラしながらなんとか眠ろうとギュッと瞼を固く閉じる。
でも暗い視界に浮かんで来るのは、むかつくことに大樹のやけにヘラッとした笑顔ばかり。
私はごろごろと寝返りを繰り返しながら、重苦しい時間をひたすら耐えた。
結局眠りについたのは夜中の三時過ぎだった。
しかも眠りが浅かったのか、五時過ぎに目が覚めてしまったし。
ああ、眠い。シャワーを浴びてメイクをして着替えをしたけれど、まだ頭がぼんやりしている。
普段から平均より大目の睡眠をとっている私にとっては大ダメージで、お母さんが用意してくれた朝ごはんも食べる気にもなれない。
「花乃! 早く食べなさいよ」
早朝から元気いっぱいのお母さんの声がキッチンに響く。
私と違って健康そのもの。
「ごめん。今日はいいや」
そう言うとお母さんは物凄く嫌そうな顔をした。
「またダイエット? そんな事してたらいつか病気になるわよ」
「ダイエットじゃないんだけど……」
今、まさに病気?ってくらい具合が悪いです。
会社……休みたいな。
でも急な休みは出来れば避けたい。
もっと本格的な、例えばインフルエンザにでもなってしまった時用にとっておきたい。
紅茶だけ飲んで、お母さんの小言に見送られ家を出る。
門の向こうには今日も大樹が待っていた。
「花乃、おはよう」
大樹は今日もいつも通りの明るい笑顔で近付いて来るた。
濃紺の細身のスーツと、黒いコートが良く似合ってる。
門に手をかけながらぼんやりと大樹を眺めていると、大樹が怪訝そうな顔をした。
「花乃、具合悪いの?」
大樹はそう言いながら私の代わりにうちの門を閉じてくれる。
「ありがと……具合が悪いって言うか、ちょっとダルイんだ」
私はそう答えて、重い足を駅に向ける。
駅まで徒歩十五分って普段はそんなに遠い気がしないけど、今日は果てしなく遠く感じる。
「大丈夫? 無理するなよ」
大樹は心配そうに顔を曇らせる。
演技じゃない。
心から心配してくれてるんだって感じられる。
大樹は……本当に罪悪感とかから私に優しくするのかな?
昨夜散々考えたことがまた頭に浮かんで来て、私は慌ててその考えを振り払った。
いつまで拘ってるの私。いい加減しつこすぎる。
自分自身にうんざりしながら、大樹の話を聞きながら駅に向かう。
駅に着いたときはもうすっかり疲れはてていて、これから更に満員電車に乗るんだって思うとかなり気が重い。
朝のラッシュの影響か、予定の時間より二分遅れて電車がホームに滑り込む。
あまり降りる人は居ないから、慌てて乗る必要は無いんだけど、今朝の大樹は私を車内に促すようにそっと背中に手を添えた。
次の駅に着き、人が沢山乗り込んで来た。
大樹と供に反対側のドアに押しやられた私は、クラクラと眩暈の様なものを感じながらドアにもたれかかる……ちょっと、まずいかも。
目の前がチカチカするし、変な冷や汗が出て来てる。気持ち悪いし、足に力も入らない。
何これ……こんなの初めて。
もう立っているのも辛くて仕方無い。
ドアに身体を預けてはいるけど、膝がガクガクしていて身体が言う事をきいてくれない。
この場にズルズルと座り込んでしまいそう。
ああ、もう駄目だって思った時、グイっと身体を抱き止められた。
それから直ぐに耳元で低い声がする。
「次の駅で降りよう。それまでは俺が支えてるから力抜いて楽にしていて」
なんとか首だけで振り返ると、私の身体を支える大樹が何時に無く真剣な目で見下ろしていた。
「大樹……」
いろいろと言いたい事は有るけど、今は声を出すのも億劫だった。
混みあった電車内の熱気で眩暈がする。それなのにゾクゾクと寒気がする。どうする事も出来なくて私は大樹の力強い腕に身を任せた。
ぼんやりとしている内に次の駅に到着した。
大樹に抱えられる様にしてホームに降り、そのままベンチへ連れて行かれる。
大樹は私だけベンチに座らせると、直ぐにその場を離れて行った。
私は動けなくて頭を下げてそのままじっと座っていた。
私……どうしちゃったんだろう。
こんな風に耐えられない程の身体の異常って初めてだ。
なんか大変な病気なのかな?
不安が込み上げて来て、心細くなる。
その時、大樹が駆け足で戻って来て、私の隣に座ると様子を窺う様に顔を覗き根で来た。
「花乃、大丈夫?」
「大樹……会社に行ったんじゃなかったの?」
さっき急いで次の電車に乗ったのかと思ってた。
「こんな状態の花乃を置いて仕事なんて行ける訳ないし、すぐ戻るって言ったの聞こえてなかった?」
大樹は驚いた様に言いながら、ペットボトルの水を差し出して来た。