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二、その顛末と、それからの二人
転生に至る前。
それは二輪のレブルに慣れた莉那《りな》が、親友の美愛《みあ》を乗せて峠ツーリングをしていた時の事。
――当然ながら、条件を満たした上で。
美愛のために、背もたれもがっちりと取り付けている。
インカムを繋いで、後ろの美愛が「景色が綺麗」だとか「カーブが怖い」だとか、キャァキャアと騒ぐのを楽しんでいた。
もちろん安全運転で。
大切な親友に、怪我の一つでもさせたくないから。
走り慣れた山道を選んだのも、連続カーブでもバイクの操縦に戸惑う事が無いからだった。
後ろではしゃぐ美愛の声を聞いて、莉那は誘って良かったと満足していた。
そこに突然、「女が調子乗ってんじゃねぇ!」という意味不明のヤジを飛ばされ、ワゴンタイプの車に散々煽られた挙句に、追い越される時に当て逃げをされたのだった。
犯人は明らかな故意の元で、車の後部をバイクの前輪に当てて行った。
思い切りハンドルを外に取られ、立て直しようも無いままガードレールからも弾かれ、崖下へと転落――。
即死に近い状態だった事こそ、唯一の救いだったのかもしれないが……非情な、そしてあっけない最後だった。
これが事故の……転生前の顛末だった。
**
太陽は真上に向かいつつあった。
――見渡す限りの平原。
そんなものを見たのは、二人にはテレビか動画の中だけだったろう。
地平線を初めて自分の目で見て、ぼうっと眺めている。
それが十数秒も続いただろうか、不意に二人は、お互いを初めて認識した。
一メートルも離れていない距離で、二人並んで座っていたのに。
「……ふわふわロングの銀髪じゃん。もしかしなくても、美愛?」
「ていうことは~……莉那?」
二人はお互いにまじまじと見合って、頬を引きつらせている。
なぜなら見慣れない人が、身知った相手だと脳に染み込ませるには、時間が少し足りていないからだ。
「美愛……マジで超絶美少女じゃん。目ぇ赤いけどカラコン付き?」
「莉那は金髪青い目のキレイ系美少女だぁ~! ストレートで超ロングでキラキラ! 理想通り! めっっっさかわいい!」
姿も違えば声も違う。
体型も、全て美愛の理想を描いたそのままだったらしい。
美愛は一足早く、順応し始めている。
「莉那もうカンペキ! ああああああ好き! めっちゃスキ~!」
感極まったのか、美愛は莉那に抱きついた。
「ちょっと。まだ見慣れないし声もカワイイし、誰だよって気もするから待って」
「なによぉ。死ぬ前はかわいくなかったって言いたいのぉ?」
「いやいやいや、鏡見てみ? マジ頭が追い付かんから。一旦落ち着いて頼む」
そう言ったものの、鏡など持ち合わせていない。
しかも、身に纏っているのは女神と同じような薄い布一枚だった。
「見れな~い! じぶんも見たいよぉ」
「その可愛い声で甘えるのやめれ。なんかこう、抗い難いものがある……」
「えぇ~? 莉那もたまらなくキレイな声だけど。まじ、もう大好きまである」
草原の真ん中で、美少女が二人キャッキャしているのは、普通に考えれば危険だ。
それを頭の片隅で思い出したのか、意外にも美愛が先に我に返った。
「ごめ。MMO的なやつに飛ばされたんだった。まずスキル確認しよ。それから装備とステータスとぉ……」
突然一人没入し始め、美愛はほとんどひとり言として喋っている。
「そうだった。私、こういうの分かんないから頼むよ~?」
莉那は今、美愛に頼るしかない。
ここがどんな世界なのかも分からないまま、元女子高生二人で生き抜かなくてはならない。
それを莉那も理解して、美愛を真似るようにスキルとやらを確認し始めた。
「てゆーか! ステータスって窓的なのが開くんじゃないんだ? 手帳が出たんだけどウケる~」
「指輪をさすったら手帳がポン、てか。手品かよ」
ただ、ゲーム未経験の莉那には取っ付き易そうではあった。
しかしその手帳には、見慣れない英語のような文字が書かれている。
「こんなの読め……るんか~い! なんでか読めるじゃん。美愛は何の疑問も持たずに読んでるし」
「え。あ、気付かんかった」
手帳に書かれている共通の言葉は、『女神の素体』『状態・健康』『スキル』の三つ。
スキルのページが、どっちゃりと書かれていて読むのが面倒なほどだった。
「私はね、水系をメインで取っといたから。サバイバルもあるなら、絶対に水が必要だからさ」
美愛はスキルについて、口早に説明を始めた。
莉那が読むことは期待していないらしい。
「ふんふん」
莉那はこうなると、相槌を打つしかない。
「そんで莉那は、光属性があったからそれ取ってもらったの。回復系みたいだからそれも必須!」
「回復かぁ。どうやんのか知らんけど」
「私は光がなくて闇しかなかったんだけど、レアっぽいから一応取ってる」
「闇て、それ怖そうなやつじゃん」
「ね~。なんかでも、適当っぽいんだよね。急いで雑に作りました的な?」
「なんで分かるの?」
「だてにガチ勢やってませんから!」
「ほ~?」
「あとはまあ、ワリといい感じに属性取れたから。何個も取れるのは珍しいんだよね。だから、嬉しいけど雑なんだろな~って」
莉那はすでに、あまりついていっていない。
ただ、そこまで気にしなくても追い追い分かるだろう。
そう気楽に考えていた。
「てかさ、武器も選んでたのに、何も持ってないよね」
莉那は手っ取り早く、手に持てる物が欲しかった。
武器なんて持った事がなくても、あると安心出来そうだなと思っていたのだ。
「なんか、出し入れ自由って書いてた! 私は盾メインにしたけど、莉那は回復職っぽい杖にしといた」
「まじ? 杖とか地味なやつ~」
「莉那……前に出て殴れる?」
滅多に見ない美愛の真顔で詰められて、莉那は少したじろいだ。
しかも、初めて見る銀髪赤目の超絶美少女だ。
美愛だと思っていても、別人のような気もしてしまう。
「え……無理」
「でしょ? だから文句言わないの」
「美愛ってまじガチ勢じゃん」
「と~ぜん! あの鯖で私を知らない人はにわか。ってくらいやってたし」
「サバ?」
「あ~ね。ま、置いといてぇ」
サーバーを鯖と呼ぶのは、MMO経験者あるあるだろうか。
しかし、そんな事は今必要な情報ではない。
だから美愛は、サラッと流した。
「美愛もあの女神も、言ってること分かんないわ……早口だし」
「あ~それ、オタク馬鹿にした」
「してないない。とにかく、私は何からすればいいのよ」
「う~ん。……そのへんでモブでも探そっか」
「もぶ……ザコ敵ってやつ?」
「そ~そ! 理解はや」
「……普通でしょ」
とはいえ、辺りを見渡しても何も無かった。
少し遠くに林が見える場所があるので、そこになら何か居るだろう。
美愛はそう考えて、行先をその林に決めた。
「そだ。莉那さぁ、名前変えない? 顔に合ってないし……」
「えっ? それもゲーム的なやつ?」
「ううん、普通に。だって見た目もう女神じゃん? ちょこっとだけ変えてさ。ミィアとリィナ。ど?」
美愛は普段ゆるい感じなのに、ゲームが絡むとこんなにも色々考えるのかと、莉那は少し引いた。
「ど? って言われても……。ん~、まいっか。そんな変わんないし美愛に任せる」
「じゃ、ミィアって呼んでよ。ね、リィナ?」
「ふぇっ! き、きもい。自分がそんな名前で呼ばれるとか変!」
「いやいや、めっっっさ似合ってるから!」
「えぇ……」
元、女子高生が二人。
喋り出したら止まらない。
やいのやいのと言いながら、とりあえずの目的地目掛けて歩き出した。