テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
だから死んでも倒れるわけにはいかねぇ!
M-37(散弾銃)を構える手は震えていて、照準がうまく定まらない。滲む汗を拭くこともしないで目を細めて痛みを堪えて呼吸を整えようとする。
「まだ立つ?」
「あぁ…元気ピンピンなもんでな!」
「…そう言うことにしてあげるよ、じゃあ」
吐き出された溜息には容易く見抜かれた嘘への愚笑と俺の鬼神としての力を期待し過ぎたことへの落胆が含まれている。
その烙印に憤りを感じて、M-37を数発撃ち込めば視界から色が飛んで足元がおぼつかない。
糸が切れた人形のように畳に崩れ落ちた。
唾切を見れば、口角を崩すこともなくゴミを見るような目で見下す。
「鬼神の子と言っても血が使えないなら雑魚同然だね」
「もう良いよ、気絶しちゃって」
指を、手を動かせばまた重力に押し潰される。さっきよりも強く強く圧力がかかる。
「ほんと、駐車場での時は期待できるのかなって思ったんだけど」
「見当違いも甚だしいね」
「今度は…」
指が動く、襖を真っ直ぐ指差す。
「そこの子供も殺そうか」
「め…い」
「逃げろ!大人が居るとこに!」
喉が圧に負けて血が叫ぶたびに溢れる、喉は裂けるように痛む。でもそんなのはいつか治る。今は芽衣の、2人の命が最優先だから。
けれど、唾切はそれを許してくれようとはしない、決して。
「逃さないよ、誰1人」
「そうやって…パパもママも…殺したの?」
「ん〜?どれのこと?」
「蛆虫殺すのに記憶力って使わないからさ〜」
芽衣の震えた声に唾切は口角を深く上げる。蛆虫、芽衣も芽衣の両親だって何もしていないのに…なんでそんな言葉が出てくるんだろう。なぜ
「ひどい…」
「パパもママも何もしてないのに…すごく…優しかったのに…」
「いや、鬼のくせに親子ごっことか鳥肌たっちゃうよ」
「芽衣!聞かなくて…良い!!逃、げろ!」
黒い瞳が揺らいで涙が徐々に集い一つの弾となり、目尻に浮かぶ。
詰まる言葉のままで叫べば唾切はふと顎に手を添える。
「芽衣…?芽衣…芽衣…」
「あれ!?君の親ってもしかしてあれじゃない?坊主に髭の旦那の夫婦でしょ?」
難問が解けたかのようにスッキリとした顔をして嬉々として言った。
あぁ、なんで。
なんで子供に聞かせるんだよ。
「芽衣って言ってたわ!」
「いや〜そうか〜あれは笑えたな〜」
「必死に叫んでたんだよ」
「子供だけは助けてくださいって頭を擦り付けてさ」
記憶を思い出すように指をくるくるして悲惨な慈悲もないことを言い続ける。
「その時お前らは手を握ってやることも出来ない!」
「はは!鬼がまともに死ねると思うなよ!!」
って、と付け足して唾切は盛大に笑った。その笑い声と芽衣の泣き声が倒壊仕掛けてる和室に響く、俺は泣いてる小さい子の涙を止める事はまだしも拭くことすらも出来ない。耳を塞いでやる事も…何にも出来ない。
「あああぁああぁぁあぁぁあああぁああぁぁあああああぁあぁ!!!!」
手から血が溢れようとも強く強く握って無理矢理にでも立ち上がった。
「芽衣!泣くんじゃねぇ!!今泣けばこいつが喜ぶだけだ!!」
「こいつ倒したら、一緒に泣いてやる!!だからっ…!」
『そんなところで1人で泣くな!』
『まだ、まだなにも出来てない!』
『倒す力は無くていい!せめて…せめて守る力が欲しい!!』
伸ばした手から包まれるように炎が纏う、それは指から手へ、手から腕へ。腕から、全身へと広がって行った。
カランと髪を纏めていた簪が床に落ちて軽い音を奏でる。赤いガラス玉に炎が反射して煌々と輝いている。
「なんだ!?…これ!」
「鬼神…」
溢した唾切の言葉、つまりこれは鬼神の力というものなんだろう。
まだ…戦える。これで闘える…!
口に付いていた血を袖で拭って唾切をジッと見つめる。
「決着つけんぞ、糞野郎」
「テメェの全てを否定してやる!!」
さっきとは打って変わって貼り付けた笑みも愉悦からくる歪んだ笑顔も何もない、イヤに整った顔で、眉を顰めてじっと見つめる。
反撃に振り翳した右手を避けるように、左肩を撃ち抜く。けれども当たったのは上着と白いスーツそして薄皮一枚に掠った程度だった。
上着からは炎が燃え広がって唾切は上着を投げ捨てる。肩は赤く染まり白いスーツを僅かながら血で汚している。
大丈夫、まだ…まだ戦える!
その瞬間に胃から迫り上がってきた液体を吐き出す、畳は紅い霧で瞬時に染まった。
さっきまでは普通に立っていた筈なのに音を立てて膝から落ちた。
身体中に痛みが走って、息がしにくい。立てない。血も炎も制御ができないほどに暴れる。
ここぞとばかりに唾切は勝ち誇った顔で再び重力を上げる。
「はは、」
「万全の状態だったら何か変わってたかもね!」
体にのし掛かる圧はさっきの比にならない程に重くて濃い。
「君も子供も、暴れられたら困るから…」
「再生できないように、いらない部分だけ削いで持ち帰ろうか!!」
興奮を隠さずに意気揚々と叫ぶ
「本当に鬼は、迷惑極まりないよ」
「鬼の分際で一丁前に親子愛だの、真実の愛だの」
「よく語ろうと思うよ」
「日陰しか歩けない害虫のくせに!」
「地面の頭付けて己が命捧げようとも娘1人守れないなんて本当にみっともない!」
「死んで喜ばれるんだよ、君たちは」
吐かれる罵詈雑言には嘲笑も侮蔑も混じっていて、正義の味方であるべきはずの桃太郎という象形はいつの間にかくすんで見えるようになった。
「う…るっせぇんだよ…芽衣達が、何をした」
自分でも驚くほどに低い声が出た。流れる血も部屋を包む炎も勢いを増す。
「ただ静かに…普通に暮らして来ただけ、だろ」
「それを、ぶっ壊すだけ…じゃ飽き足らず、唾まで吐、きかける」
踠く手は何度も畳を滑る、己が筋肉だけじゃ重い重力から立ち上がることすらできそうも無い。
「簡単に…死を、語るんじゃね、ーよ」
掠れた声で途切れ途切れに言葉を紡げば唾切は苦虫をを噛み潰したように顔を顰めた。
「幸せを望むのも、享受されるのも…生きるのも」
「全部、資格なんて必要ない…笑って過ごすことができなきゃ」
「そんな世界、俺がぶっ壊してやるよ」
血に塗れながら意地だけでふらつく足を押さえて唾切の前に立つ、下された髪の毛は揺らめいている。
「芽衣、笑って生きて良い!」
「誰がなんて言おうとも笑顔で幸せに生きて良い!」
「好きな場所に行っても良い!」
「見たい景色を見れば良い!」
四季の掠れた叫びが和室に、芽衣の耳に響いた。
「鬼如きが理想を語るな!」
「人間でもないくせに!」
唾切は最初の余裕を含んだ嘲笑の笑みではなく、眉間に皺を深く刻んで不快を示していた。
「お前らの未来もろとも…」
「最大級の技で潰してやる!」
高く上げた左手に従うように表情の変化が一変も無い操り人形の桃太郎は黒くて一等大きい重力の塊を空に浮かべた。
重力に吸われるように髪の毛は乱雑に蠢いている。腕から流れている血でFALを構えて黒い球体に向ければ存外にも近かったようで高度を持った血と重力は互いに削れるような音を生み出した。
「かろうじて出してどうする!空っぽの状態で!!」
「もう弾丸を作る血も残ってないだろう!!」
勝機が確実となったからか唾切は侮りと愉悦の笑みを再度浮かべて、既に反撃できる状態じゃ無い俺のことを易々と見抜く。
強く噛んだ歯が軋んだ。
「無くても、作ってやるよ」
FALは重力との攻防で徐々に銃口にヒビが現れる、まだ、まだ…一弾で良い。一弾撃てれば!
「芽衣!」
「お前の人生…」
「これから絶対、最高になる…」
「お前は幸せになって良い!!!」
唾切の言葉に反抗するように血を流す口で叫んだ。見開いた目で、睨む唾切に標準を合わせる。
「お前の…お前らの人生を俺は応援してんぞ!!」
いつの間にか聞こえなくなっていた芽衣の泣き声と唾切の歪んだ笑い声。静寂を書き消している風音。
「が…頑張れぇぇ!!」
芽衣達の応援が騒音を巡って耳に届いた。両親を惨殺されて、泣き込んでいた少女が自分のためにここまで声を張ってくれているのだ…ここで自分が倒さなくて誰がコイツを倒すのだ。
芽衣のためにもコイツに勝つためにも、意地でも笑ってやった。炎は再度燃え上がり轟音を奏でると共に桃太郎のスーツにオレンジが纏う。
きっと撃てるのはこれが最後…撃ったら多分倒れる。
「さっさと潰れろ!」
焦りを含んだ唾切の叫びが響けば、黒い重力の塊に掛かる重さが倍増した。
「ありがとな…芽衣」
「ちゃんと聞こえたぜ!」
ギリギリ撃ち出した銃弾は重力を抉り突き破る。怯えたように馬鹿な…と呟いた唾切の声さえも飲み込んだ業火を纏った弾丸は操り人形の桃太郎もろとも炎が絡みついて吹き飛ばした。
「デカい声…出せんじゃん」
開いている襖を見れば芽衣は既にいない。身を守る為にあの部屋に戻ったのかと安堵の息が漏れると両の足で立つのもいよいよ限界だったようで、唾切が起き上がらないのを確認した途端に炎が囲んでいる瓦礫まみれの部屋で倒れ込んだ。