テラーノベル
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開いている襖を見れば芽衣は既にいない。身を守る為にあの部屋に戻ったのかと安堵の息が漏れると両の足で立つのもいよいよ限界だったようで、唾切が起き上がらないのを確認した途端に炎が囲んでいる瓦礫まみれの部屋で倒れ込んだ。
唾切はこれで倒したけれど未だ桃太郎の残党がいる可能性は捨てきれない。
芽衣達を守らなきゃとその一心で遠い距離をゆっくりと這い始める。
数分か数十分か長い時間を経て漸く廊下に出たは良いものの、体を十分に動かす血は既に使い果たしていて壁にもたれかかり座れば、勢いよく開いた奥の部屋の襖から芽衣達が現れた。
「もう…大丈夫、唾切…は、倒したから」
乱れた呼吸と貧血で揺れる視点のまま駆け寄ってきた2人を抱きしめる。話す事もままならないけれども一音づつ声に出せば辿々しいが会話ができた。
「2人は…怪我、してない?」
「うん、してないよ…おねぇちゃんは?」
「大…丈夫」
腕の中で見上げて心配そうに見つめる幼い2人をゆっくりと撫でる。けれど内心は自己治癒の限界で骨も内臓も悲鳴を上げている。
背中にまでに滲んだ汗と流れている血は止まらないし、息を吸えど吐けどヒビの入った肋骨は痛みと苦しさを訴えている。
「めい…と、」
そう言えば男の子の名前を聞いていなかったと上手く回らない頭で後悔する。名前呼んで安心させてやりたいのに…
「…りく、瓈久」
「瓈久か…いい名前だな」
こっちの心情を知ってから知らずか、親からの置き土産とも取れる名前を瓈久は真っ直ぐ伝えてくれた。重い腕を持ち上げて混ぜるように撫でれば嬉しそうに笑う。
「うわぁ!凄いことになってるなぁ…」
急に横から聞こえた声に驚けば、血まみれの白衣を着た髪が明るい人間。今まで気付かなかった事に自分が相当疲弊しているんだと実感する。
真っ先に殺しに来なかったあたり鬼なのだろうか、それともあまり好戦的ではないタイプの桃太郎か…何にしても
「芽衣、瓈久…下がってろ」
「おねぇちゃん…先生は大丈夫だよ、鬼の人」
芽衣と瓈久を守るように片手で手で庇い前に出れば、血に濡れた袖をギュッと握った芽衣が言った。
鬼だからと言って警戒は解く気は無いものの2人に害が無いなら…とゆっくり手を下ろす。
「唾切倒したのって…君?」
「だったらなんだ」
じっと見つめれば目線を合わせるようにしゃがんで俺の頭をゆっくり撫でた。
「ありがとう、芽衣ちゃんを守ってくれて」
「君のおかげで助かった」
振り払おうにも腕は上がらないからされるがまま呼吸を整える。
「取り敢えず治療が先だね!」
スッと立ち上がったソイツは立てる?と手を差し出してきた。掴もうかと少し手を伸ばしたものの、やっぱり止めておこうと手を引っ込め自力で立ち上がる。
「大丈夫?支えようか??」
「いらねぇ」
「…けど、気持ちは貰っとく……」
コイツは意図してか、せずかは不明だけど置いていかないようにゆっくりと進んでいった。追うように壁に手を付けながら左足を多少引き摺りながら歩き出す。
芽衣と瓈久は先生と呼ばれたソイツの後ろを歩いていた、二人の目元は赤くなって少し腫れている。
きっと瓈久は離れていた時に泣いたのだ、あぁなんと自分は弱いのだろう…
落ち込む思考から掬い上げるようにチャラい奴はもうすぐ着くよと笑っている。
座ってと促された瓦礫のないこじんまりした部屋は、緊急医療場らしく包帯や絆創膏が入ったボックスやら、清潔な白いタオルが2、3枚置かれていた。
消毒液が微かに香る部屋で向かい合うと、にっこり笑われる、顔に何か付いていたのかと思うけどどうせ付いているのは返り血か自身の血の2択だろう。
「君の名前は?」
「…」
「…芽衣ちゃんは知ってる?お名前??」
「一ノ瀬おねぇちゃん」
名乗る必要もないと黙っていたけれど数秒でその沈黙も意味を無くした。黙っていてほしかった訳ではないけど!
「一ノ瀬ちゃんね…」
素早い手付きで血を拭いて、消毒をして応急処置を済まていく。しかも雑談をしながら…先生というのは間違いじゃさなそうだ…
「…一ノ瀬ちゃんだよね、素性も名前もわかんない鬼って」
「鬼機関に所属してない鬼で、子供を助ける鬼」
「…知らねぇ」
ふと、気まずくなってきた為そっぽを向けば正面からため息が聞こえる。
「んだよ…」
「無理しないの」
「…女だからか?」
酷く冷たい声だったような気がする、逸らした顔のまま目線はそっちを睨めば優しそうに笑った。
「死んでほしくないから。」
「羅刹…鬼専用の学校のことね、その羅刹にも君みたいな子が沢山いる」
「こんなことやってるからさ…助けられなかった子も人も多く知ってる」
「助けれるはずだったのにさ…」
深い後悔と悲しみに満ちた声だった、多分この人は優しい人だ…警戒しなくても良い人。
「…俺は、今お前に助けられてる…」
「過去は消えないし、戻らないけどよ」
「今出来ることを全力で、やろうとする事は胸張って良いんじゃねーの」
「…良い奴だな、お前」
小さく溢した慰めにもならないような声を聞いてありがとう、と眉を下げて嬉しそうにそっとソイツは笑った。
慣れないことするもんじゃなかった…今更ながらすっごい恥ずかしい…
「内臓とかは大丈夫?」
「ちょっと肋骨が折れてるぐらい…すぐ治る」
「大丈夫じゃないでしょ…それ」
呆れた顔で言われても、時間さえあれば肋骨の一本や二本ぐらい治る。そう伝えても一旦は寝てなさいと簡易用ベットに座らせられた。
「俺はちょっと他のとこ行かなきゃだけど、そこでちゃんと寝ててね!」
「芽衣ちゃん達ちゃんと一ノ瀬ちゃんのこと見ててね!」
新しい白衣に着替えながらそそくさと出て行った。名前聞いてねぇし…よくわかんねぇけど、助けられた…
ベットにボフッと倒れ込んで目を覆う、疲れた、瞼が重い…
起きようとしている意思とは裏腹に瞼は徐々に落ちていき体も沈んでいく、四季はゆっくりと意識を手放した。
「…おねぇちゃん、寝た?」
「うん」
「おねぇちゃんカッコいいね」
「うん」
芽衣と瓈久の穏やかな会話が緊急医療場に響いた。
「ただいま〜」
そーっと開かれた扉から花魁坂はひょっこりと顔を出した、3人の穏やかな寝息が聞こえる個室。
「服装的にもやっぱ、一ノ瀬ちゃんだよねぇ…」
「羅刹なんで入ってないんだろう…」
まじまじと顔を見つめれば起きている時とは真逆で、少女は優しげで幼い顔だった。
どうしたものか…と悩みながらも倒壊の恐れがあるこの場所から逃げることが最優先だと圏論づける。
芽衣ちゃん達は他の看護師達も知ってるから良いけど一ノ瀬ちゃんは羅刹の子じゃないってすぐバレそうだし…
「…ごめんね」
返答がない部屋に呟いて、そっと彼女を姫抱きする。
抱える側としても負担が少ないし寝ている状態のまま起こすのも忍びないとはいえ、会って数秒もしない男にこんな事をされるのは嫌だろうなとグルグル考える。
廊下に通っていた二人の看護師に芽衣ちゃん達を頼んで部屋を後にした。
「お父さん!抱っこして!」
「もちろん、四季は可愛いなぁ」
軽々と抱き抱えて頭を撫でてくれる、手は大っきくてグリグリされると髪の毛は簡単にぐちゃぐちゃになっちゃう。
でもその大きい手は誰よりも頼もしくて誰よりもあったかい、四季の大好きな手だった。
抱き抱えられて父親の体温で四季も冷えていた体が暖かくなる。
「…オヤジ」
鬼が経営している旅館で寝かせていたら、眠る少女は誰かを求めるように涙を一筋溢した。
数秒後、ハッと息吸って飛び起きた。
「おはよう、よく寝れた?」
「芽衣と瓈久は…」
「別の部屋で寝てるよ、大丈夫」
生きていると安堵の息が出た、良かった。生きてる。
「…水飲む?」
「あ、あぁ」
どーぞと手渡されたペットボトルは開けやすいように既に回されていてキャップを取るだけで直ぐに飲めるようになっていた。
一息ついたところで、チャラい奴に色々説明してもらった。
ここが鬼が経営している旅館ということ、唾切は死んでいたこと、俺が気絶したことなど
「…た、助かった」
「大丈夫、困った時はお互いさまっしょ!」
「ところでさ、一ノ瀬ちゃん」
「…な、なんだ」
「下の名前教えてよ、俺のも教えるからさぁ」
…チャラい、その一言に尽きる。昨日はちゃんとしたカッコいい奴に見えたのに。
「………………….四季」
数秒悩んだ末に呟けば、しきって春夏秋冬の四季?それとも色の方??織るの方???と大量の質問が飛んでくる。
「春夏秋冬の方…」
「そっかそっか、四季ちゃんか良いね」
「俺は花魁坂京矢」
「おいらんざか…」
そうそう、と頷いてにっこり笑う。
「あっ、これこれ四季ちゃんの大事な物でしょ」
「?」
浴衣の襟内を漁り一本の簪を出す。それは赤いビードロのついた大事な簪。
そっと受け取り指でなぞり傷が無いかを確認する、戦闘中に落としちゃったから割れていてもしょうがないと思ったけれども以外のも丈夫だったようで欠けた部分もなさそうだった。
「…ありがとう、俺の、一番大切なやつ」
「なら良かった」
花魁坂の柔らかい笑顔と優しい声が2人しかいない部屋に響いた。
-東京-
「今1人なの?良かったら一緒に遊ばない?」
「大丈夫大丈夫、なんもしないから」
京都の一件が無事(なんとか)収集がついたらしく、チャラ男…花魁坂さんが東京で会えないか、と連絡をしてきたのが昨晩のこと。
京都から離れて東京でまた転々と暮らしていたから何も無いけれど、地方にいたら移動費エゲツない事になるなぁ…なんて思いながら1人駅前のベンチに腰掛けていた。
するとこれだ、面倒くさい。もっと可愛い子は多いし、狙うやつどう考えても間違えてる。
かれこれ5分前からずっとだ…良い加減しつこいナンパをどうしようかと思いながら花魁坂を待つ。
そろそろ手を出してもいいんじゃないかなんて一瞬頭を過ぎるが公共の場で乱闘騒ぎは人としても鬼としても避けたい。
「すみません、待ち合わせしてるんです。」
「けど、君もうここで10分は待ってるよね」
「……電車が遅延してるので。」
何を言おうとも諦める様子が見れない。いっその事無視を決め込むか…いや、でもそれじゃあ後々面倒な事になりかねない。グルグルと思考が回って容量がそこまで良くない四季の頭はパンクしそうになる。
「…ごめんね、遅くなっちゃったね」
後ろから真っ直ぐ俺に向かってくる人の声が聞こえたけど、花魁坂の声じゃない。
ウザったらしいナンパからの救いの手を主を見ればやっぱり花魁坂じゃ無くて、見たこともない奴だった。
「…?」
「随分と待たせちゃったよね、お昼奢るよ」
ソイツはにっこりと、いかにも当然の如く腰に手を回してくる。話の脈絡が取れなかったし、何処のどいつかも知らないが取り敢えず話を合わせておいた方が楽だろう。
詰まるところ、俺は今からコイツの彼女役をすれば良いって事だ。
「えーっと、彼らは知り合い?」
「ううん、道聞かれただけだよ」
中学時代の友人がやっていた、普段は絶対使わないような女性らしい話し方で答える。できるだけ彼女として見れるように!
「そっかそっか、もう大丈夫?」
「あっ、うん…もう終わったよ」
「じゃあ行こっか」
スッと手を差し出されておずおずと手を繋いだ。
まるで恋人同士のように手を繋がれて、そこまでするか!?と四季は目を見開く。
「では、俺らは行きますので」
「…あまり女性に強引な事しない方が良いと思いますよ」
ナンパ男に近付いて低い声でそっと囁いて笑いかけた。存外手を繋ぐ男は優しげな顔とは裏腹にナンパ野郎にかける言葉は圧は重く、怖い人間だったようだ。
彼氏持ちで、自分らが敵わないと察したナンパ男らは逃げるようにそそくさと離れて行った。
「……もう行った、かな」
「多分…」
逃げる奴らの徐々に小さくなる背中を眺めながら、小さく溢す。豆粒サイズになった背中を見届けてから繋いでいた手を離された。
「ごめんね、急にこんな事しちゃって…」
「あっ!いや、全然!助かった、ちょっと困ってたから」
「だからほんと、ありがとうございます!」
「たいしたことしてないから大丈夫だよ」
さっきまでの圧はどこへ行ったのやら、随分と優しげな笑い方をする人だ…と思いながらもペコリと頭を下げる。
「あー、俺で良ければ彼氏さん来るまで待っていようか?」
「!?いや、彼氏じゃ無いっす!!」
「じゃあ、友人?とかかな?」
「………えーっと…、その」
鬼の人で命の救世主です、とは言えないし…かと言って今更否定した彼氏とも言えない。
友人でも無いし…
言葉に詰まる四季の耳に漸く来た花魁坂の、待たせてごめんね〜、という気楽な声が聞こえた。
「あ!今丁度来ました!」
「そっかなら良かった」
「ごめんね〜電車が…」
「って馨くん!?」
四季を見てから隣の男性を見て少し間抜けそうな大声を出した花魁坂。馨くんと呼ばれた人も呆気に取られたように目を見開いた方
「待ってた人って花魁坂さんだったんですね…」
四季は2人の関係性が未だ分からないから左右にの男たちを見る。
えーっと、ナンパから助けてくれた人が馨さんって人で。…2人とも知り合い?医療関係の人なのか…?
四季を挟んで軽く雑談をしだす2人をぼーっと見つめれば、花魁坂さんがクルッとこっちを見た。
「このままじゃアレだし、どっかカフェでも入ろっか」
「え…あぁ、そうだな…」
「馨君は何か用事があったの?」
「不足した日用品を買いに行くぐらいですよ」
そう言いながら馨くんと呼ばれた人はガサリと持っていた乳白色のレジ袋を上げて用事が既に終わったことを言わずに伝えた。
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おっとまさかの馨さん登場!!続きが気になる〜!