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26 - 第26話 俺は……瑞奈を、――支えるんだ

2026年03月07日

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「また近いうちに来てちょうだいね」

 そう言った瑞奈のお母さんが、玄関で俺に紙袋を渡してくれた。

「これは?」

「お味噌。あとはお野菜。瑞奈から晴翔君はお料理できるって聞いていたから。お味噌汁でもつくってね」

 長野県の特産品です、と咲良が付け足し、眼鏡を中指で押し上げた。

「また来てくれ」

 瑞奈のお父さんが笑みを刻んだ。ニイッと口角をあげると、その顔が醸しだす雰囲気は瑞奈にそっくりだった。途端に胸の奥でわだかまる不安がせり上がりそうになる。

 瑞奈は今、彼女の部屋で寝かされている。

 最近の瑞奈は疲れやすいのか、昼寝をしないと夕食前にソファで寝落ちしてしまうことが多いらしい。今日の彼女は昼寝をせずに、俺からの連絡を待っていたそうだ。

「晴翔さんをちょっと見送るから」

 咲良が両親の方を向きながら靴を履きだしたので、俺はこみあげてくる気がかりな感情を押し戻しながら、「いや、もう暗いし。大丈夫だよ」と咲良の行動を止めようとした。

 だが、咲良は引き下がらなかった。「そこまでですから」既に靴を履き終え、玄関ドアノブに手をかけている。

 俺は振り返り、瑞奈のご両親に向けて深々とお辞儀をした。「夕飯ご馳走様でした。また来ます」

「お粗末様でした。またね」「気をつけてな。また近いうちに来てくれ」

 ご両親の表情が寂し気に思えたのは、俺がご両親に気に入られたと、自分自身を買いかぶりすぎているからだろうか。


「姉は少し不安定になっているようです」

 玄関を出て少し歩いたところで、咲良が話しかけてきた。きっと口を開くタイミングを窺がっていたのだと思う。固い口調が、ますます固くなっていた。

「俺も、そう思うよ」

 素直に首肯すると、咲良も隣りで頷く素振りを見せた。それでも、まだ何か話し足りない空気が咲良からはひしひしと伝わってくる。俺は続きを促すように顔を咲良に向けた。咲良は歯噛みしていた。

「医学部に入って医者になり、姉の治療にあたります。姉を、治します」

 咲良は前方に視線を投じながら、ゆっくりと言葉にした。まだ言い足りなさそうだ。

「私が医者になるまで」咲良が俺の方へと顔を向けた。外灯の下で目が合う。サッカー中の瑞奈を彷彿させる強い意志を漲らせた黒目だった。「姉を支えてやってください」

 気圧される気迫がそこにはあった。

 俺は何も言い返せなかった。

 いや、言葉が見つからないはこの場合適切な表現ではないのかもしれない。俺は、咲良に教えてもらった気がした。

 運命に立ち向かえ、と。瑞奈がALSを発症したという現実に正対しろ、と。

 今の俺にはできていないことだ。

 反対に、高校三年の咲良にはできていることだ。それを痛感して、言葉を発することができなかった。

 暫くして咲良が肩の力を緩めた。同時に歩みも止まる。俺は咲良を振り返る。

「すみません。何か、とてつもなく失礼なことを言ってしまった気がします。傲慢でした。私が医者になるまで、とか。例え将来医者になることができたとしても、それまでも、それからも晴翔さんには姉を支えていただきたいです。これも傲慢に聞こえてしまうかもしれません。何て言えばいいんだろう……」

 咲良がしょげた表情をつくり俯いた。そこには、これまで咲良から感じていた力強さはなかった。そのことが、余計に俺を奮い立たせた。

 俺がショックを受けていてどうするんだ。

 俺が瑞奈を支えなくちゃいけない。咲良だけにその荷を負わせてはいけない。

 いや、咲良とご両親は既に覚悟を決めているのだろう。

 俺だけが、中途半端な心掛けでいたのだ。そんな心持ちで、ALSで闘病中の春奈さんに会いにいってしまったのだ。

 春奈さんに対しても、咲良に対しても、ご両親に対しても、そして瑞奈に対しても、俺は何と失礼な態度、心構えを見せてきたのだろう。

 俺は、俺は……瑞奈を、――支えるんだ。

「俺」

 まだ地面を見ていた。

「俺、」

 まだ視線は下を向いている。

「俺が、」

 身体の奥底から力が満ちてきた。もう地面を見ていない。夜の底を見つめていない。目でしっかりと咲良を捉え、脳裏には太陽の木漏れ日のように破顔した瑞奈の笑顔を浮かべていた。

「俺が瑞奈を支えるから、支え続けるから。だから大丈夫だ」

 外灯の下で咲良がゆっくりと顔をあげた。眼鏡がずれていた。それを中指で持ち上げる。まだ数回しか会っていないが、彼女がいつもの咲良に戻った気がした。

「ありがとうございます。私も姉を支えることができるよう、勉学に集中します」


 ある程度歩いたところで、俺は咲良に、家に戻るよう声をかけた。俺は、色々な意味でもう大丈夫だった。瑞奈を支えていく中途半端ではない決意が、充分に固まっていた。

 去り際に、意地悪かもしれないが、咲良に訊ねてみた。

「医学部難しいよ」

 咲良はほんの僅かだが、きょとんとした表情を見せ、すぐにいつもの真面目な表情に戻った。眼鏡を中指で持ち上げる。

「偏差値80超えていますので」

 月明かりがほの温かかった。


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