死後
紫目線
夜を列車が切り裂く。
軋む床音が車輪に絡まる。
そっと金木犀が花開いた。
「…寝込みでも襲いにきたんですか?」
「俺のこと……覚えてない…?」
「……さぁ、生前のことはあまり。」
嘘つき。俺の顔をみたときのあの表情、いろんな人の反応をみてきたから分かる。同情でも畏怖でも軽蔑でもない。
困惑。
「”ピアス”、返してくれない?」
「…今はないよ。」
「ふーん…そうなんっすねぇ。」
“耳飾り”
祖国ではそう呼ぶのに西洋での言い方に引っかからない時点で記憶があるのは明白。彼に西洋の言葉を教えたのは紛れもなく俺だ。
彼の返答も、まるで過去に持っていたような口ぶり。
「覚えてるだろ。」
「……あぁ、もう…知らないふりしてごめんって…」
「…なんで依頼しなくなったんだよ……」
「ごめん…でもあんな関係っ」
「それでもっ俺は……お前に抱かれるだけで、幸せだった…!嘘でも…よかった……」
「……」
「黒桐茶器の工房が火災で焼け落ちたって聞いて、最期の別れ方があれかってずっとずっと…」
「…ごめん……」
寝台に上がり眼帯を取る。
その下を見せると、穏やかな目がぎゅっと窄まりさまざまな感情を孕む。
そんな顔しないでくれよ。
徐に伸びてくる手。ざらつく手指でそれを撫ぜられれば、忌わしい記憶が摘みとられた。そっと手をとり指先を絡める。
「最期に抱いてよ…」
「さいご…最期、ね。」
「そうだろ、もうすぐ12駅目だ。」
「前と違って周りに人いるんだから声抑えてよね。」
「…お前が激しくしなかったらな。」
夜汽車の中は薄暗く、近くにいる彼のことしか見えない。
「んっ……ぁっ…ィく…っっ”//」
「声抑えてるの可愛いね…手荒にしたくなる。」
「っはぁ…?お前がっ抑えろってぇ”!?〜ッッ♡!!」
「もう…声でかいって。」
「むり”ぃ…!お”くっはいってる”っ♡♡」
「ねぇ…ナカっ出してもいい?」
「……ぅん…ちょーだい…///」
一瞬、目を見開きぐっと目を細める。
欲の溜まったその顔がずっと……
「っ急に、締めんな…//」
「んぁ”っ♡きぃやっ!きいやんっ♡」
「なに?どうしたの?」
「……なんっでも、なぃ……」
言の葉をまたひとつ飲み込んだ。
桜吹雪に顔を覆う。
うるさいほど鳴っているはずの車輪の音が聞こえない。
何処を駆けているのだろうか。
「ねぇっスマイル!」
「…なんだよ。」
「もしさ来世で会えたらっ…俺と、幸せになってくれる…?」
「っ当たり前、だろ…」
歪む視界の中、和服特有の幅広い袖と首巻きをはためかせながら、華やかに笑う彼が確かに見えた。
初めて出会ったときも桜が咲いていたっけ。
キンと澄み切った風が頬を撫でる。
隣に並んだ彼を見上げると同じことを思っていたのか視線が絡む。
「あのさっ…!」
「なに?どうしたの?」
「遅く、なってごめん…好き…だよ。」
「うん、ずっと前から知ってる…俺もごめんね……大好きだよ。」
あぁ、ようやく伝えられた。
思い残すことなんてもうない。
夜に咲いた五つの花が朝を呼んだ。
?目線
「未蓮は昇華…しましたか……」
「私もそろそろ、かな…」
誰も乗客のいない列車。
いまここで列車が逆走をしたとしても止める者は誰もいない。
「俺のーーは……」
この世界はいずれなくなる。
人や夢のように。
「俺が必ず…」
龍頭が音を立てた。
コメント
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最後のはきっと車掌さんかな?(´・ᴗ・`)