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両陣営、各地で激闘が繰り広げられている最中。


魔術師との戦闘の末、最期を迎えた現代最強の錬金術師である永嶺 惣一郎。

彼の死は間接的に妖術師陣営の劣勢を意味し、後に妖術師達の心を大きく削る事象となった。


「………本気を出すに値する相手では無かったが……それなりに楽しめたよ、錬金術師」


消滅した惣一郎の場所にはガントレットと一粒の結晶だけが残され、不明の魔術師はソレを眺めながら賞賛する。

惣一郎は不明の魔術師にとって、最後の最後まで魔術師を飽きさせず、魔術師を一度気絶にまで追い込んだ強者だ。


「………錬金術師のガントレット、か。中身を解析して魔術無効化のカラクリを暴くのもアリだな」


死者の遺品は勝者の所有物となるのが戦いの掟。

故に、惣一郎のガントレット『七つの罪源』は不明の魔術師の物となってしまった。


「………妖力の結晶は、必要ないな。僕が持っていても僕自身に悪影響を与えるだけだからね」


不明の魔術師は忌々しい妖力の結晶を目にして、不快を隠しきれていない表情でソレを右手の二本指で持ち上げる。

数秒間それをジッと見つめた後、投げ捨てる様に畳の上へと結晶を投げた。


そして、ガントレットの前に立つ魔術師。

未知の素材で作られ、未知の力を発揮したその武器に不明の魔術師は期待で胸がいっぱいだった。

不明の魔術師は地面に落ちているガントレットに手を伸ばし、『七つの罪源』に触れようとこ試みる。


「………まさか」


だが、彼の背後に転がっていた妖力の結晶は、その行動を決して許さない。


徐々に発光し始める結晶、それに対して更に顔を歪める不明の魔術師。

数分もしない内に結晶は直視出来ない程の輝きを取り戻し、結晶から放たれた一筋の光が建物の天井を突き破って天高くまで届いた。


「………最後の最後に、厄介な事をしてくれるじゃないか。錬金術師」


突如として浮き上がり、予想外の動きをした妖術の結晶を不明の魔術師はゆっくりと見上げる。

その光が示す事象。

それは現代最強の錬金術師である永嶺 惣一郎との戦闘が終わった合図であり、



「………あぁそうだ、その全力を僕にぶつけて見せろ!!」



最も妖術師に近い力を扱い、贋作でありながらも本物に挑み続ける『彼』との第二戦目を告げる反撃の狼煙。


衝撃で天井が破られ、妖力によって補修能力を失った空間に解れが生じる。

その隙を逃さず、妖術師を勝利へと導く一本の剣が不明の魔術師を捉え、その輝きを今は亡き錬金術師の思いを継ぐ。


太陽と重なる様に、ひとつの白銀の光が天井の穴から差し込み、証明不能な空間を穿つ。



「―――『湖の乙女よ、導き給えエクスカリバーァァアア』!!」



大地を裂く一筋の光。

その一閃が不明の魔術師の想定を凌駕し、正体不明の異空間ごと寺と周囲の建物全体を完全に消し飛ばした。


たった一度の攻撃で、凄まじい衝撃波と暴風が発生して周囲の木々が何本か根元から折れ始める。

聖なる輝きが地面に突撃した事もあり、反射した光の筋が周りに飛び交い、ソレがまた建物を破壊していた。


「―――まず第一に、惣一郎さんが装着していた『撤退』に魔力反応が感じられなかった。その時の僕は、錬金術による新しい技術で魔力要らずの『撤退』を作り出したのかと思っていた」


まだ収まっていない暴風とそれに巻き込まれた砂埃の中から、男の声がする。 どこか怒りと憎しみが籠った男の声が。


「―――けど、そうじゃなかった。そもそも惣一郎さんは『撤退』を使うなんてこと考えてなかったんだ」


建物が存在していたかどうかすら分からない程に抉れた地面に、借り物の力で創り上げた『湖の乙女よ、導き給え』を構える男が一人。


「―――僕達に配布された『撤退』の装飾品は一度発動すれば、戦闘中の危険度が最も低い人物へと強制テレポートされる仕様。つまり魔術師達の誰か一人を自由にさせるって事だ」


一歩づつ、歪な形をした土を強く踏みしめ、不明の魔術師が居たであろう地点に向かって歩き続ける。

周囲は砂埃で何も見えないが、その男は何の迷いもなく、歩き続ける。


その足元には錬金術師が残したガントレットが転がっており、暴風によって少し移動しただけで特に傷は見当たらなかった。


「―――不明の魔術師、貴方を自由にさせれば、必ず真っ先に妖術師を狙う。そうならない様に、例え自身にどの様な危険が迫ろうと知ったこっちゃないと、惣一郎さんは自ら『撤退』の機能を停止させた」


ならば、今この男が意識を向けるべきはただ一つ。


「―――そして、最後の最後に『撤退』と妖力の結晶を結合させ、発動すれば天高く舞い上がる機能へと書き換えた」


次第に砂埃が薄くなり、ついに奇襲でトンデモ 一撃を食らわせた相手と対面する。

名を、不明の魔術師。

贋作とはいえ、相当な火力を誇る攻撃を受けても尚、無傷。挙句の果てには手で口を抑えて欠伸をしていた。


「―――僕が、妖術師の妖力を見逃すはずがないと。惣一郎はそう信じて、僕に第二陣を託した」


怒りが無い、訳ではない。 確かにこの男は激怒している。

自らの弱さを悔やみ、信頼する大人を失った事に悲しみ、そして何より惣一郎の『七つの罪源』を奪おうとした事に怒っていた。


魔術師に魔術は通用しない。そんなこと、この男は誰よりも一番分かっている。

それでも、戦わなくちゃいけない。

戦いから逃げるのは終わりだ。例え五体満足で帰れないとしても、戦うべき理由がそこにある。


「―――永嶺 惣一郎の命令により、引き続き『不明の魔術師』の足止めを開始する」


失った悲しみ、それはとても酷く人間の心を傷付け、時に生きる気力すらも削ぐ。

だが、この男は違う。失った悲しみは大きくとも、止まる理由にはならない。止まってしまえばそれこそ死者への冒涜となってしまうからだ。


「―――もう散々なんですよ。恩師を、大事な人を失うのは」


故に、その男は立ち止まらず、怯えず、全力を尽くして意志を継ぎ、


贋作を超越する。














「………膨大な魔力を感じて期待していたが、所詮借りただけの力でそこまで調子に乗るとはね。僕が一番苦手なタイプだ」


現在進行形で僕の目の前に立っているのが、惣一郎さんを殺した不明の魔術師。

こうやって正面を向き合っているだけでも、魔術師としての圧倒的な圧を感じる。これが、本物の魔術師。


「………二度は言わない。今すぐそこを退け」


先程までの口調とは少し違う、完全に敵意剥き出しの言葉で、不明の魔術師は退屈そうな顔をしながら僕に向けて言った。

魔術師からすれば『偽・魔術師』など虫ケラ以外の何者でもないだろう。簡単に切り捨て、簡単に殺せる便利な駒でしかない。


「―――『湖の乙女よ、導き給えエクスカリバー』」


ならば、駒は駒らしく主人に従うモノとして、名誉挽回の下克上を狙う。

魔術の王が魔術師と言うならば、その地位も名誉も全て奪い取る。奪い取って、全てを破却する。


「………問いに対して技で返すか。その心意気は褒めてやるが、少しばかり相手を見誤ったな」


勿論、本物の魔術師と戦うのは初めて。

どのような術を繰り出して来るかは完全に不明。気がつけば此方が死んでいるなんて事も有り得る。


僕の『創造』で慎重に、冷静に、素早く魔術師を叩く。 この光り輝く聖なる剣に誓って。


命のやり取りに言葉は要らない。想いを伝える方法はただ一つ、己の技で相手を殺すのみ。


いつもより倍の光を放つ『湖の乙女よ、導き給えエクスカリバー』は不明の魔術師を捉え、剣そのものの威力を爆増させている。一撃でも喰らえば致命傷になり得るだろう。

それに対し、不明の魔術師は両手に魔法陣を展開して防御の構えを取っていた。


僕の攻撃から逃れる防御魔術。ハッキリ言ってそんなものは存在しない。

今の僕はどんなモノであれ斬れるという自信に満ち溢れている。


だからこそ分かる、直感している。

僕の剣は、不明の魔術師に届かないと。


不明の魔術師が構えている魔術は、僕の知っている魔術よりも遥かに洗練された未知なる術。

神と等しいと言っても過言ではない代物だ。


故に、



「………神機顕現『熾天使セラフィム』」



技を名乗った途端、空気が一変する。

これまでに感じた事の無い圧。それは全身の肌が焼かれていると錯覚するほどのに刺激が強く、僕の『剣』が幼稚に見える。


不明の魔術師、その背後に居るのは何だ。これまでの人生で見たことがない。普通なら視認できる事は無く、その存在すらあやふやなはずの何かだ。


ソレは宙に浮きながら、人型であることを許さず。上下左右に二枚の羽が伸び、真ん中には人の頭と同じサイズの目玉が有る。

異様な見た目、その存在を僕はどこかで知っている………気がする。


「―――。」


そうか、そうだ。

あの作戦会議で妖術師が言っていた事を思い出す。

不明の魔術師が使ったとされる大技『コズミック・ウェブ・バースト』の前段階で現れた、四角錐から解き放たれた神々。


そんな怪物と対峙した妖術師は僕に対してたった一言、「不明の魔術師は他国の『神』に関連する術を扱う」と言っていた。


なら、不明の魔術師の背後に居るのは、最上の階級を持つ天使。

偽ディオニシウスが定めた九つの位で最も権力を保有する存在。術名通りの、熾天使だ。


………僕の『創造』は通用するのか。

妖術師から聞いた通りなら、神との戦いに手も足も出せず敗北した僕に、神の使いである天使を打ち倒せるのか。


なんて、次から次へと疑問が浮かんでくる。


「―――。」


だとしても、惣一郎さんが繋いだこの瞬間を無駄にはしない。


熾天使を相手に戦うのが怖くない、と言えば嘘になる。

今だって僕の手と足は小刻みに震え続け、本能的に身体を動かす事を拒否していた。どれだけ強く震えた手で足を叩いても、止まることは無い。


「―――。」


……手足の震えはこの際、完全に無視で良い。

呼吸を整えろ。術を使う前に深く深呼吸をして精神を落ち着かせる必要がある。


研ぎ澄ませ。呼吸以外の事を忘れ、全ての感覚を閉じろ。

この一瞬で、不明の魔術師を確実に仕留める。




「………さぁ、始めようか!!」




不明の魔術師の一言を合図に、互いの術が交差し合う。


素早く一歩目を踏み出したと同時に、光を纏う剣が下から上へと振り上げられ、莫大な熱量を持つ輝きが不明の魔術師に迫る。

対して不明の魔術師は展開した魔法陣を迫る輝きと衝突させ、触れた箇所から光を完全に吸収していた。


恐らく魔術師が使用しているのは無効化魔術。それも神の使いである『熾天使』をモチーフにした、過去最強の防御に特化した魔術だろう。


―――だからどうした。

僕の剣は、贋作でも万物を切り伏せる白銀の剣だ。この程度の無効化魔術を破れなければ、惣一郎に顔向け出来ない。


「………小賢しい」


無効化魔術に対して僕の『創造』が触れた瞬間に、剣の光は たった数秒で輝きを失い、勝負が決すると思っていたのか。

数秒どころか数十秒を越え、無効化魔術に抗う剣を見て、不明の魔術師はまたしても顔が歪む。


「………お前は偽・魔術師だろう。何故、妖術師の肩を持つ」


「―――。」


不明の魔術師の言葉を聞いて、同じ魔術師である氷使いに全く同じ事を言われたのを思い出した。


何故、妖術師と共に戦うのか。


傍から見れば、妖術師に敗北して仲間になることを渋々受け入れた様に見えるだろう。

『創造』の模倣である『疑似創造』で僕を打ち負かした妖術師に選択肢を与えられ、それを選ぶしか道が無かったと。


だが、実際は違う。


「―――僕は、彼の様になりたい。彼のように本物の感情……やるべき仲間を持ち、彼と同じように生きる意思を得たい」


僕は憧れたんだ。

全てを破壊し尽くす絶対的な力を持たず、相手と真正面から刃を交わす。そして守ると決めたモノを最後まで守り切る。

ただそれだけの行為。それだけなはずなのに、僕は自然と彼に憧れを抱いた。


戦う理由はあれど、それは自分の為じゃない。異端な偽・魔術師であるが故、仲間も居らず守るものも無い。

漠然と生きるだけで、いつ死んでも、いつどこで誰に殺されても後悔なんてしないはずだった。


そして彼は、僕の前に現れた。

性格も考えることも正反対でありながら、どこか僕と似ている彼が。


「―――だから、僕は妖術師に手を貸す。偽・魔術師としての意思を断ち切り、その先にある僕の“本当の想い”を知りたい」


「………たかが偽・魔術師。魔術師の成り損ない風情が、妖術師と出会った事で生存欲求と感情を身につけたか」


偽・魔術師は傀儡だ。魔術師に好きなように操られ、駒として利用される。だから、偽・魔術師は必要以上の感情を持たず、本能に従って戦う。

その呪縛から、妖術師は僕を解放した。


「―――僕の“本当の想い”を知る為に、妖術師に“恩を返す”ために、貴方を何としてでもここで食い止めます!!」


僕の強い気持ちに反応したのか、握っていた『創造』が通常の倍の光を放ち、『湖の乙女よ、導き給え』の出力が格段に跳ね上がる。



「………無駄だと言っているだろう!!」



そんな僕を横目に、不明の魔術師は心底嫌そうな顔をしながら、光に対して無効化魔術の出力を上げる。

それと同時に、無効化魔術の根本を担う魔法陣が少しづつ広がり、光を吸い込む量も増え始めた。


軽く蛇口を捻る感覚で、魔術の出力を変化させている。

やはり、不明の魔術師はまだ本気を出していない。 僕のことも、ただ戦うのが面倒な敵としか認識されていない。


「………妖術師と同じ?妖術師の様になりたい?バカバカしい。あんな狂気じみた奴がもう一人とか……御免だね」


不明の魔術師がそう言い切った瞬間、僕の視界がほんの少しだけぐらつき、目の焦点が合わなくなった。

なんだ、魔力切れ。いや違う、僕の『創造』は微量な魔力で創り出せるが故、魔力切れを起こすことはほぼ無い。

なら何だ。何が僕の意識を―――、



「―――っ。」



―――横腹だ。 僕の横腹に、黒くて長い一本の棒が刺さっている。

ソレは生き物の様に蠢き、僕の体内から何かを吸い上げている様に見えた。


「………そうか。あの妖術の結晶はただ位置を伝えるだけであって、僕の魔術については何一つ伝えられていないのか」


いや、見えた。じゃない。

実際に、横腹を貫いているこの黒い棒は、傷口から僕の血液を吸収している。


「………見よう見まねで試してみたが、想像以上に上手く出来て感動だよ。そうだな……この魔術は『黒影』とでも呼ぼうか!!」


不明の魔術師の足元から伸びている影、その影を自由自在に動かし、影の塊を物質化させて武器のように扱う。

それが不明の魔術師の言う魔術『黒影』。


―――そして僕は、その魔術を知っている。

妖術師が武器庫として扱い、時に身を守る術として使っていた『黒影・深層領域』と、とてもじゃないが似すぎている。


「………まさか、不意打ちの攻撃を受けても尚、その剣を握り続けるとは……執着心ってのは、恐怖でしかないね」


影によって吸血されている箇所から、吸血を越えてしまう量の血が横腹から流れ出て止まらない。

辛うじて僕の手は痛みに動じず、『創造』を握り続け、まだ消えることのない『選定の剣よ、導き給え』を放っている。


とはいえ、さすがに突然のダメージに身体が対処し切れなかったのか。 最大出力と比べて光の輝きが微量だけ弱く感じられた。


「―――どうして、貴方がその術を使っているのですか。」


魔術と魔術がぶつかり合い、ギリギリと音を立てながらの攻防戦が続いている中、僕はポツリと無意識的に魔術師へと問いかける。


妖術師の扱う『黒影・深層領域』と、不明の魔術師が扱う『黒影』はどう見ても似ている。

……… いや、似ているを通り越してほぼ同一の術だ。

元から不明の魔術師が保有していた術、という線は有り得ないだろう。


先程の発言の後半部分で、不明の魔術師は魔術の名付けを行っていた。

魔術の名付けが行えるのは、新生魔術が誕生してからの一度きり。

そこからどのようにアレンジを加えたとしても、掟により魔術の呼び方は固定される。


それを踏まえた上で、魔術の名付けを行ったということは、不明の魔術師が今ここで魔術を生み出した事になる。


そして、大きな決め手となるのは発言の前半。確かに不明の魔術師は口にした。 “見よう見まねで試した”と。


全ての言動、行動から導き出される結論。

それは―――、



「―――貴方、僕の記憶を読み取って、彼の妖術を複製してますね?」



真似して創り出した新生魔術。

似たような事が可能な人物が一人、身近にいただけあって直ぐに分かってしまう。


妖術師の『疑似創造クリエイト』だ。

全くと言っていいほど同じ事を、この不明の魔術師は僕の目の前で行った。


「………さすがにヒントを与えすぎたか。惣一郎も君も、いつ気付くかと思ってずっと待ってたのに、一向に気付く気配が無くて正直驚いたよ!!」


不明の魔術師が叫ぶと同時に、無効化魔術の魔法陣と僕の『選定の剣よ、導き給え』の接触点がズレる。

魔法陣を破壊しきれなかった光が不明の魔術師ではなく、何も無い地面へとめり込み、その地面を膨大な熱量を持つ輝きが大きく抉る。


「………どうした!?少しばかり動揺しているのか、太刀筋に揺らぎが見えるぞ!!」


剣を 振り下ろしたタイミングを図り、不明の魔術師は魔術ではなく、ただごく一般的な攻撃手段。 ―――拳による接近戦を仕掛けてきた。

とんでもない膂力で握り締められた右手の拳が素早く動き、見事に僕の頬へと強くめり込む。


「―――っぁ!!」


突然の衝撃に耐えられなかったのか、体の重心がズレて僕はそのまま膝から崩れ落ちるモーションへと入った。

だが、たった一撃でダウンするのを許さないのか、左手で僕の胸ぐらを掴み、倒れる方向と逆に投げ飛ばした。


何も無い更地へと変わった大地。そこへと 投げ飛ばされた僕は、背中から地面へと接触して転がる。


着地の際に背中の骨を一本折れたのか、堪えるのも難しいほどの激痛が僕を襲う。


「―――ぁがっ」


何とか起きようとして腕に力を入れるが、上手く力が入らない。

折れている感じは無い。背中よりは痛みがなく、辛うじて『創造』を握る程度の握力は残っている。


不明の魔術師が放った先程の一撃が効いたのだろう。僕の口からは血が垂れ、全身の魔力の巡りが不安定になるのを感じる。


「―――早く…『再構築』を!! 」


極限まで『選定の剣よ、導き給えエクスカリバー』の代償である『再構築』を抑え、致命傷を受けた場合のみ使用する予定だったが、やむを得ない。


今すぐにでも『再構築』を行って一時間前の僕に戻り、不明の魔術師の認識を変えなければいけない。

大抵の術師は接近戦を苦手とし、特に魔術師はずば抜けて格闘を嫌う傾向があった。

でも奴は違う。

目を疑うほどに素早いパンチ、よろけると同時に僕が攻撃を仕掛けると予測し、投げ飛ばして距離を取る。


そして何よりも、僕がこうして思考を巡らせていたほんの数秒。


「………『再構築』はさせない」


一呼吸だけが可能な時間で、不明の魔術師は投げ飛ばした僕の元へと到着し、次の攻撃を構えている。


防御は間に合わない。いますぐに『創造』による防御を取ったとしても衝撃を流しきれずに負傷する確率は高い。

なら防御ではなく、こちら側も攻めへと転じる。


「―――『聖剣デュランダル』!!」


不明の魔術師の拳が真っ直ぐと僕を目掛けて突き進む。 ハイスピードを維持したままの拳は僕の『聖剣』と正面衝突する、はずだ。


そうなれば不明の魔術師の拳は衝撃で砕け、僕が再び攻撃を繰り出すチャンスが到来する。

輝け、僕の『聖剣』よ。いつしかの魔術師と戦ったあの時の様に、不可能を切り伏せろ。


「―――ぅおおおおあああああ!!」


不明の魔術師の拳が風を切る音、僕の雄叫び、木々の葉が擦れる音、互いの心音。

ただこの一度の攻撃に、全ての意識を集中させる。斬れ、斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ斬れ!!


不明の魔術師を、ここで食い止める。それが出来なければ、僕は。僕は!!







┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈







―――光を見た、聖なる神秘が宿る光。


其れが不明の魔術師の腕に宿り、僕の『聖剣』を弾いて胸にスルりと食い込む。

僕の胸から大量の光と鮮血が溢れ、『創造』が輝きを失って地面へと転がった。


「―――ぁ、え?」


ありえないはずの事が起き、僕の脳は混乱で思考が停止する。

何が起きた。僕は何を見た。 いやそれより、僕はいまどうなっている。僕の胸は、どうなっている。

僕の、『創造』は。


「………君の負けだ、創造系統偽・魔術師。」


不明の魔術師は胸に刺さった腕を勢い良く引き抜き、血塗れの腕を軽く振るう。

その手は僕の扱う『聖剣デュランダル』と全く同じ光を纏い、まるで古代に存在していたとされる銀の腕。アガートラムそのものだ。


口から血を吐き出し、僕は前方へと身体が傾いた。

やられた、僕はまんまとやられてしまった。 不明の魔術師に、僕の『聖剣』を模倣されてしまったのだ。


「―――妖術師の……『黒影』と同じ……やり方、ですか……」


相手の記憶を覗き見して、そこから基礎情報や技の扱いを抜き取り、完璧に近く模倣する。

最初の手段は持ち得ないとはいえ、妖術師の『疑似創造クリエイト』とあまりにも似ている。


まさか、この魔術師。この魔術師の本当の力は 『神代の力』ではなく、全くの別物。



「………そういえば、一つ前の質問に答えるのを忘れていたよ………そうさ、僕に与えられた魔術は『再現』!!神の時代から現代までの万物を、代償なしで完全に『再現』する!!」



言ってしまえば、不明の魔術師の用いる魔術は、僕の上位互換。


僕の『創造クリエイト』は、かの有名な『聖剣デュランダル』や『選定の剣よ、導き給えエクスカリバー』、そして神殺しとされる『終末双星スルトレーヴァテイン』の力をその剣に宿し、攻撃へと転用する事が出来る。

しかし、大いなる力には必ずしも欠点が存在している。それが『再構築』であり、僕が魔術師に成れない理由だ。


「………だから、君の負けだ。君は勝負も、お得意の魔術でさえも僕に勝てない」


不明の魔術師―――、否。『再現』の魔術師はゆっくりと微笑みながら、こちらに近付いて来ている。


まさか、こんなに呆気なく。こんなに早く終わりを迎えるとは思っていなかった。

せめて、せめてもっと長時間は再現の魔術師と戦い合い妖術師のために時間を稼ぎたかった。が、もう叶わない事だ。


「………今度こそ、終わりにしよう。目覚めよ『裁断神聖機関最後の天使』」


亜空間という一つの部屋を失ったことにより、再現の魔術師が展開する魔法陣は、京都全土を覆い尽くすほどの広範囲に広がる。

その魔術は惣一郎を亡きものにし、対抗策である絶対魔法拒絶術式アンチマジック・ガントレットが無ければ防ぎきれない大技。


僕の脳裏に、たったひとつの単語が過る。 『詰み』だ。

足先から『再構築』が始まってるとはいえど、再現の魔術師が魔術を発動させるまでに間に合わない。


そうして、次第に魔法陣が青白く光り始め、裁定を始める。

僕は、惣一郎さんの思いすら継げず、妖術師たちの力になることすら及ばずにそのまま。


死ぬ。





「いいや、よく堪えたな創造系統偽・魔術師。お陰でなんとか間に合ったぞ!!」


声。再現の魔術師の背後に、誰かが立っている。

頭を垂れている僕から離れているとしても、明らかに身長が低く見え、聞こえる声も幼く若い。


そして何よりも、その手には一本の刀が握られている。


「受け取れ、創造系統偽・魔術師!!お前が本当に持つべき武器は、『創造』なんかじゃない!!」


そう言って影の人物は刀を空高く投げ飛ばし、綺麗な放物線を描いて僕の目の前で突き刺さる。

その刀は黒い鞘を纏い、触れれば明らかに死を受け入れてしまいそうな程に恐ろしい。


「恐れるな、立ち止まるな!!神殺しは、お前の“手の中”にある!!」


僕の心を奮い立たせる様に、少女の声が大きく僕の耳に響く。

迷ってはいられない。この場で最も僕が欲しがったのは、場を乱す異常事態イレギュラー


この刀が、この戦況を大きく覆すと、僕は信じる。

影の人物。『氷使い』の言う通りなら、あの刀剣には神殺しの所以となる何かが存在する。


「………君は、創造系統偽・魔術師の記憶に有った………『氷使い魔術師』か!!」


させはしないと言わんばかりに再現の魔術師は両手を大きく開いて、魔術の発動を早めようとしている。

これが発動してしまえば、氷使い諸共全てが消し飛ぶ。


ならば、それよりも先に、僕が、この刀を手にする。


そして、僕の方が圧倒的に。早い。



「―――取ったぁあああ!!」



僕の手は、刀の塚に触れている。

本来なら、偽・魔術師がこの刀に触れた時点で確実に死ぬ。死の概念で覆われた刀をそう簡単に手にする事は出来ない。


だが、僕は死なない。直で触っているはずなのに、僕の命は事切れない。

いや、それより逆にその塚を通じて、莫大な量の知識と記憶が流れ込み、僕が僕であったその全てを思い知らされる。


僕が何者であり、僕が誰なのか。

僕が誰であり、僕は何なのか。


刀剣から手を離せない。否、離さない。


「………神殺しが何だと言うんだい!!たかが刀一本が加わったところで、状況は変わらない!!」


「―――いいや変わるさ、僕のこの手には刀剣がある!!名を『天羽々斬剣』と呼び、人々は是を 神殺し と呼ぶ!!」


天羽々斬剣。

別名、天十握剣とも言われ、伊邪那岐と伊弉冉の子である『須佐之男』が出雲国に山の神『八岐大蛇』を斬ったとされる神殺しの刀剣。


そして、その神殺しを握っているのは『創造系統偽・魔術師』であり、贋作を超越し、偽・魔術師であることを放棄した男。



それが正しい選択か否かは、『可逆魔術の陰陽師』である鷹羽のみぞ知る。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈





白銀の騎士『ヴィヴィアン』との交戦を終え、俺は異様に長い階段をひたすら登り続けていた。


「………今何階だ」


実はヴィヴィアンと戦った後、外は偽・魔術師が多すぎて中々進む事が出来なかった。

そこで俺はテキトーな階の中に入り、偽・魔術師にも見つかりにくい非常階段を使っていた。


「階数の文字も取っ払われてて分かんねぇし、数えるのも途中でやめちまったし……」


三十階くらいでヴィヴィアンと戦ったのは覚えているが、それ以降の記憶は全て同じ景色。

同じ段数に同じ壁の模様。気が狂う程に長い階段を、俺は無心で登り続けていた。


この高層ビルは全部で六十階。

その最上階に、京都の魔術師と呼ばれる厄災が鎮座している事だろう。


「惣一郎さんは……みんなは無事なんだろうな……?」


魔術師を殺せるのは妖術師だけ。 それを理解した上で、惣一郎と氷使い達は真正面から魔術師を抑える作戦を決行した。

俺が早く京都の魔術師を討伐することで、惣一郎と氷使い達の負担は大幅に減る。

万が一の為に装着していた『撤退』だって、使う必要も無くなる。


「………俺が死ぬのは構わねぇが、誰かが死ぬのは御免だな」


勿論、今すぐにでも惣一郎の加勢に向かいたい。

何せ相手はあの『不明の魔術師』だ。どのような手を使ってくるのか、俺が見た『神』に等しい力以外にどのような魔術師を使うのか一切不明。

そんなの相手に、長時間耐えるなんて不可能に近い。


「もし一人でも欠けたらそん時は真っ先に『遡行』を………―――っ!?」


刹那、たった一瞬の揺らぎを俺は感じ取る。

この世に存在してはいけない者、本来であれば地上に君臨する事が許されない生命の覇気を直接肌で感じる。

―――奴だ。不明の魔術師が扱った『神』に近い魔術。


『コズミック・ウェブ・バースト』の時よりは弱いが、明らかに異様な気配。とうとう惣一郎は奴に大技を使わせる程に追い詰めた様だ。


「………ラストスパートって感じか、なら俺も負けてられねぇな」


不明の魔術師の大技に対して惣一郎がどれだけ持ち堪えれるか分からない。 だから今はいち早く京都の魔術師を見つけ、殺すことを最優先に。



俺はそう強く誓って、階段を登るペースをアップさせた。

本当に今ここは何階なのかは分からずに。

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