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―――本来、鷹羽は『創造系統偽・魔術師』などではなかった。
はるか昔、陰陽師同士の戦いが長引き、可逆妖術の陰陽師の大敗が決まりつつあった頃。
可逆魔術を扱う陰陽師の一人と婚約し、妊娠していた女性が居た。 そのお腹には双子が宿り、後に片割れの幼子は可逆妖術を滅ぼす大きな一手となる存在となる。
妊娠から数十日が過ぎた頃、複数の可逆魔術の陰陽師が集まる元へ、一報が入る。
まさかの、協定を結んでいたはずの『妖』が暴動を起こしたと言うのだ。
それにより、激しい攻防戦が起きた後、 少数の陰陽師は死亡し、可逆魔術の陰陽師である夫は別任務で出張中の中、妊娠中だった女性は妖に囚われた。
囚われるだけならまだしも、その女性は逃れられぬ用に手足に傷を付けられ、立つことも歩くことも不可能とされていた。
脱出が不可能が故に、女性は生きる希望を失い、死を受け入れるしかなかった。
妖の襲撃開始からたった数時間が経った時。
妖術師の中で唯一の生き残りとされる『可逆妖術の陰陽師』が女性を救い出し、妖を滅殺した。
可逆妖術の陰陽師の一挙手一投足が妖の命を断ち、あっという間に襲撃した全ての妖を斬り伏せた。
その後の場面となれば 見るに堪えないほどに悲惨で、殺された陰陽師と妖の血で周囲に幾つもの海が出来ていた。
酷い激臭が漂う中、血溜まりの上で刀を持ち、何かを祈るように立っている可逆妖術の陰陽師。そしてその陰陽師に助けられた女性、この二人が今回の妖襲撃地点とされる村の 生き残りとなった。
そんな出来事もあってか、その女性は可逆魔術の陰陽師である夫を持ちながら、なんと『可逆妖術の陰陽師』に惚れてしまった。
勿論のこと、敵対している陰陽師の妻であるが故に『可逆妖術の陰陽師』に礼など返すことは不可能。
そんな事が知れ渡れば、せっかく惨劇から生き残ったというのに、可逆魔術の陰陽師に殺されてしまう。
―――だから、その女性は偽った。
生まれてくる双子の片方を『最初から居なかった』と夫に伝えたのだ。
勿論、惨劇から生き残り心身共に疲労していた妻に真意を問い質すことなど出来ず、夫はそれを受け入れた。
女性は存在すらを抹消した片割れを、知り合いの可逆魔術の陰陽師に引き渡し、『可逆妖術の陰陽師を助ける者』として隠密に育て上げた。
引き渡した可逆魔術の陰陽師自体も、前々から可逆魔術に不信感を抱き、姿を消して生活していた。
そう、全てタイミングが良かったのだ。
可逆妖術の陰陽師への一目惚れ、双子の出産、不信感を抱いた可逆魔術の陰陽師。それらが綺麗に噛み合い、一人の男が誕生した。
その人物こそが鷹羽 の高祖父の祖父であり、可逆魔術を扱いながら、可逆妖術の陰陽師を陰ながら支える陰陽師。
『可逆魔術』『可逆妖術』と言う名が廃れるまで、高祖父の祖父を始め、後の一族全員がその役割を担っていた。
長期間にも及ぶ妖術師の守護、ただその為だけに陰ながら戦い続ける可逆魔術の陰陽師達。
その末裔が僕、鷹羽であった。
故に、僕は『創造系統偽・魔術師』ではなく『 妖術師の守護を目的とした『可逆魔術の陰陽師』なのである。
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僕の手に握られた『天羽々斬剣』の剣先が華麗に弧を描き、再現の魔術師へとその刃を向けられる。
再現の魔術師へと刀剣が近づくこの一秒一秒が長く感じ、世界がスローモーションに見える。
全ての条件が揃った。
『陰陽師』『神殺し』『天羽々斬剣』『再現の魔術師』『錬金術師の死』。
それぞれが場面を動かす大きな歯車。そこに氷使いである『小鳥遊』という小さな歯車がハマった事で、状態は激しく動き出したのだ。
「………『空間支配』!! 」
再現の魔術師は魔術を口にし、最後の悪あがきを試みる。
少し名が違うとは言え、 どこかで聞いた事のある術名『空間支配 』。恐らく僕の記憶から再現した魔術。となれば十中八九、妖術師が扱っていたモノだろう。
「―――させるかぁぁああああ!!」
再現の魔術師の背後に巨大な空間の渦が発生し、一瞬にしてドス黒い何も見えない空間の入口が完成する。
………やはり、これは妖術師の扱っていた『空間転移』で間違いない。
だとすれば、その対処法に最も詳しいのは、『空間転移』を使う彼と何度も殺し合いを行った、この僕だ。
先に潰すは再現の魔術師ではない、その背後にある『空間転移』の入口を狙う。
とは言え、僕の『天羽々斬剣』では空間の入口を完全に無効化することは出来ない。だから、ここで使う。受け継いだこの力を。
「―――絶対魔法拒絶術式ォォオオオ!!」
剣先が『空間転移』の一部に触れる。
まるで霧が一瞬にして晴れるかの様に、幾つもの『空間』で編み出された大きなゲートが発散し、再現の魔術師は行き場を失う。
それと同時に、『空間転移』に触れていた剣先は止まる事を知らず、そのまま再現の魔術師へと素早く襲い掛かる。
「………は」
やがて『天羽々斬剣』が再現の魔術師の肩に触れ、肩の関節から心臓部までスルりと入り込んだ。
よく漫画や小説などで表される「ズバッ」という擬音とは違い、ただ静かに、音を立てず美しく肉を断つ。
―――骨すらも紙の様に簡単に両断する程、凄まじい切れ味に再現の魔術師の身体は耐えきれない。
勝てるものだと思い込み、魔法陣の発動に少し時間をかけていたのが仇となった。
いや、こればかりは再現の魔術師のミスでは無い。
なにせ全てのタイミングが重なり合い、奇跡が起きたことによる逆転。
油断という理由もありはするが、それは再現の魔術師のミスとは到底呼べない。
「………ありえ、い。有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない!!あってはならない!!」
極限状態により、再現の魔術師の口調が崩れる。
紳士的な言動に、凛とした佇まいだったのが一変。死を恐れ、敗北に後悔する顔がそこにはあった。
刀剣は心臓部を通り抜け、肋骨の剣状突起にまで到達した瞬間。
足元に広げられた超広範囲の魔法陣がガラスのようにひび割れ、肋骨から右横腹を横断すると同士に魔法陣が完全に……崩壊した。
例え再現の魔術師が神に等しい力を再現した所で、本物の“神殺し”には抗えない。
「―――これで終わりだ!!」
遂に刀剣は再現の魔術師を左肩から右横腹を真っ二つに斬り、魔法陣を破壊して神殺しの所以となる力を証明して見せつけた。
「………。」
斬られた身体は上半身と下半身で別々の方向へと倒れ、その断面からは鮮血が止まることなく流れ出していた。
そして僕の胸も、再現された『聖剣』に貫かれた箇所から血が止まらない。
殆どの人間、術師であれば下半身を失った時点で数秒で意識を失い、そのまま死亡が確定する。
「………まさか本当に、陰陽師の子孫とは驚いた。それに、神殺しが現代まで残っているとは思っていなかったよ」
それでも、再現の魔術師はまだ意識を保っている。死にかけの状態ではあるが、平然と息をしている。
魔術師だからなのか、神に愛された力が関係しているのか。
既に下半身を失っているというのに、苦しむ様子もなく、スラスラと言葉を発するその姿に僕は少しだけ恐怖を感じた。
「………惣一郎め。死後も尚、僕を殺す一手を最後まで残しておくとは、恐れ入ったよ。 最後の魔法陣破壊は君の『天羽々斬剣』では無く、惣一郎の『絶対魔術拒絶術式』だろう?」
「その通りだ。最後に君の魔法陣を壊したのは、惣一郎が死後に残した絶対魔法拒絶術式そのものさ」
バッグにしまっていた包帯を取り出し、胸部の止血に集中する僕の背後。
僕に『神殺し』へ繋がる一本の刀を投げ渡した人物。氷系統魔術師である小鳥遊の姿がそこにあった。
「本来であれば錬金術界の禁忌である『具現化』の代償は、神経の衰弱。 喪失などはせず、ただ全体的な身体能力の低下と基礎知能の低下辺りで済む」
小鳥遊はまるで全てを見ていたかのように、続けて言う。
「そんな惣一郎は知能が高かったのもあり、ただの一般人に成り下がる程度。これといって命に関わる事じゃない」
だが惣一郎は『七つの罪源』を利用し、絶対魔法拒絶術式の力をこの世界に『残存』させた。
死後の錬成、どう足掻いても不可能とされる領域。
勿論、その分だけ受ける代償は増す。
それを惣一郎は出来ると確信し、自らの命を捧げてまで再現の魔術師との勝利を掴み取った。
「彼は自ら、妖術師とそこの『陰陽師』に託す為に、死を選んだ」
と、小鳥遊は一通り永嶺 惣一郎の目的と戦略を語り、地面に倒れる再現の魔術師へと目を向ける。
「………それで、カートリッジを妖術の結晶と共に空に打ち上げ、僕の空間に入る前に空中で回収したって訳かい?」
そう。
あの瞬間、妖力の結晶が天井を突き破った時に、惣一郎さんが 『絶対魔法拒絶術式』の譲渡を望んでいると理解した。
カートリッジが付属しているとなれば、再現の魔術師はすぐに気付いてしまうかもしれない。
それを考慮した僕は即座に『創造』を使い、莫大な魔力量で誤魔化すことに成功した。
「あぁ、そうさ。私も『陰陽師』も戦いが始まる前に、惣一郎のやろうとしていることに検討はついていた」
本当は、止めたかった。
惣一郎さんは妖術師にとって重要な人物であり、僕たちを勝利へと導く至高の指導者となる器だった。
「でも、止めなかった。お前を殺す為に、入念に組まれた物語で、お前にカートリッジの存在を悟られない様に私たちは協力した」
「………全く、信念というものは怖いね。僕を殺すためだけにそこまでするとは」
小鳥遊と再現の魔術師が睨み合っている中、 次第に再現の魔術師の上半身が半透明になって行くのが肉眼ではっきりと分かる。
時間だ。再現の魔術師に生命のタイムリミットが近付いている。
近付いて………、
「―――おいお前、なんで、下半身が透明になってんだ?」
僕の中で何かが引っかかった瞬間に、脳内で有り得ない状況の処理が完了する。
そうだ、おかしい。術師が死ぬというのに、身体が次第に消えて行くなんて現象を、僕は知らない。
例えば人間離れした存在である魔術師とはいえ、死に方は普通の一般人と同じ。
死体がその場に残り、腐敗して行く。
だと言うのにも関わらず、こいつは。再現の魔術師は。
「………惣一郎なら、もう少し早く気付いてただろうね」
遅かった。
僕が小鳥遊よりも早く、再現の魔術師に異変を感じていれば。貴重な情報を聞き出そうと始めた会話を、すぐに辞めていれば。
「―――っ『聖剣』!!」
持っていた刀剣に魔力を込め、僕が長年愛用していた魔術を口に出す。
しかし、これはいつもの棒ではなく『天羽々斬剣』だ。 借り物の刀剣で、僕の魔術が扱えるかどうか分からない。
もし、小鳥遊が言っていた言葉の意味が『刀剣自体に神殺しの力がある』ではなく、『僕自身の魔術が神殺しを生み出す』と指していたなら。
僕の『創造』は、贋作を越える事になる。
「―――うぉぉおおおおおおおおおおあああああああ!!」
―――無銘の刀身。
その末端が徐々に形を変え始め、神殺しの力を秘めた刀から“英雄の剣”へと変貌する。
振り下ろされた一閃に、聖剣『デュランダル』の輝かしく美しい光が上乗せされ、裁きを下さんと躍動する。
その光はいつもの『創造』で生み出した輝きよりも、何倍も何十倍と眩しく、周囲の影という影を全て無くす程に。 全てを焼き尽くす。
「………無駄だよ、なにせそれは“神殺し”に到底届かない」
大地を焦がす灼熱の光線。 その一閃が周囲の瓦礫と鉄筋をドロドロに溶かし、木材が炭へと変化する。
そんな中、聖なる光であれど神殺しでない『聖剣』の光。
光の欠片が直撃したにも関わらず、再現の魔術師が消し飛ぶ景色はいつまで経っても訪れない。
それどころか、再現の魔術師の身体は徐々に透けて行き、逃げの算段が完全に整っている様子だった。
「………『神の盃』!! 」
再現の魔術師の周りを囲む様に、半透明で人型の何かが飛び回る。
恐らく、ソレが『聖剣』の力を完璧に遮断し、こちら側とあちら側で完全に空間を隔絶しているのだろう。
……いまからでも『聖剣』から『天羽々斬剣』に変形させるか?
不可能では無いが、100%間に合わない。
あの刀剣は“神殺し”とはいえど『聖剣』みたいにビームを出したりする超常的な力は何一つ持ち合わせていない。
『天羽々斬剣』へと切り替えている最中に逃げれる未来が簡単に予測出来る。
「―――氷使い!どうにかしてアイツを!!」
僕は両手で『聖剣』を握りながら、 今この場で最も頼れる人物であり、遠距離攻撃に特化した技を持ち合わせる『氷使い』を呼ぶ。
例え魔術師同士、完全に殺せないとしても、脳を潰す程度の致命傷を与える事が出来るはず。
と思っていた。
「………すまない、創造系統偽・魔術師」
刀剣を握る僕の耳に入ってきた、小鳥遊の声。 それはどこか弱々しく、己の無力さに苛まれている様子。
そして、小鳥遊の顔を見てすぐに理解した。
―――いまの彼女は、氷系統魔術が扱えない、と。
「………は、はははははははは!!まさか、まさか!!やったのか、沙夜乃の召使いは成し遂げたのか!!」
無表情を貫き通していても分かるほどに、自身の行いを悔いる小鳥遊。
逃亡の経路が完全に開け、高らかに笑う再現の魔術師。
今頃になって気付く。
小鳥遊が僕に刀剣を投げたあの瞬間、『氷系統魔術師』であるはずの彼女が刀剣に触れていたことを。
『天羽々斬剣』ではなく、この刀の素の姿。
『無銘・永訣』と名付けられ、妖術師が保有する神器のひとつ。
刀の周りにこびりついている黒い塊『死の概念』に偽・魔術師か魔術師が触れた時、 その命を刈り取る正真正銘の“魔術師殺し”。
魔術師に対しての殺意が高すぎるその刀を、 小鳥遊は直に触れていた。
もうその時点で、小鳥遊は『氷系統魔術師』では無くなっていたのだ。恐らく、ここに来る直前に戦っていたであろう人物『羽枝』によって。
「―――逃がすかぁぁあああ!!」
確実に魔術師を仕留める事が不可能になった今。大人しく再現の魔術師の逃走を見守るなんて真似は出来ない。
僕は『聖剣』状態を解除し、刀を再び『天羽々斬剣』へと変化させて再現の魔術師へと素早く近付く。
それをまるで見計らっていた様に、再現の魔術師は自分を守護するバリア『神の盃』の範囲を広げていた。
『神の盃』を破る事は出来る。範囲が広くなった事で、『神の盃』と僕との距離が近くなった。
バリアに対して『天羽々斬剣』をぶつければ、『神の盃』は一瞬にして崩壊し、再現の魔術師を守るものは何も無くなる。
「………創造系統偽……いや、陰陽師。また会える事を楽しみにしているよ。その神殺しは、君に相応しくない」
僕の『天羽々斬剣』が一振で『神の盃』を完全に破壊し、再現の魔術師へと目線を向けた時にはもう遅い。
―――先程までそこに居た再現の魔術師の身体は消え去り、魔術師としての痕跡をひとつも残さずに 逃走した。
僕は惣一郎さんの仇を討つ事も、妖術師の脅威となる魔術師を食い止める事も出来なかった。
「………クソっ!!あと少しだったのに、これが、これが本当に、妖術師を護る陰陽師の姿なのか!?」
僕は『天羽々斬剣』を握りながら、己の拳を地面へと強く叩き付ける。何度も何度も、血が流れてもお構いなしに。
自分自身が恥ずかしくて仕方ない。
強力な力を持ち合わせていながら、それを無駄にし、対象の逃亡を許してしまう。故に 僕は僕自身を、情けないと思う。
再現の魔術師との戦いに勝ちはした。 京都の魔術師と共に何かしでかす前に止める事に成功した。
だが、殺すまでには至らなかった。
再現の魔術師を殺しさえすれば、妖術師と接触すること無く、全てが解決するはずだった。
僕が取り零した。だから僕がやらなきゃいけない。
「………絶対に、僕が仕留める。例えどんな手を使ってでも、必ず!!」
―――再結成された『Saofa』の頭脳であり、最強の錬金術師として爪痕を残した永嶺 惣一郎。
記憶を取り戻し、再び陰陽師へと成り変わった創造魔術の陰陽師。
羽枝によって概念を切り取られ、魔術師としての力を失いながらも『無銘・永訣』を届けた氷使い。
そんな彼らと戦い、神の御業を悉く再現して魅せた再現の魔術師。
以上の四名が繰り広げた激闘は、再現の魔術師の逃亡によって終結。
この戦いで作戦・指揮を主要とする重要人物の永嶺 惣一郎を失った『Saofa』は、大きな痛手を追うこととなった。
そして先も言った通り、彼の死は間接的に妖術師陣営の劣勢を意味し―――、 後に妖術師達の心を大きく削る出来事となった。