初めに触れたのは手だった。
大きく厚い手のひらが、躊躇いなく腰骨に沿って置かれる。
べったりと触れてくるくせに妙に優しい手つきは、忘れることができなかった感触と同じ。
あぁ、こうだった。
自分が望んだのはこの瞬間だったのだとすぐ悟る。
「顔は見えねぇ方がいいよな。」
そんな言葉と共に体をひっくり返された。
ソ連さんの指が、僕の肌に落ちた影をなぞるようにゆったり動く。
腰から背、背から太もも、太ももから腹、腹から胸の突起。
こちらがねだるまで焦らすようにいけずな触れ方。
「目、閉じろ。」
喉の奥を擦らせるような発音。
言われた通りに目をつぶると、まぶたの裏に映るのは仄暗い部屋に浮かぶソ連さんの顔ではなく、失った恋人の姿だった。
羞恥心を煽るように音を立てて窄みに指先が入り込む。
「ん………っ…。」
顔の輪郭、唇の形、眼差しの強さ。
全てが蘇り、心臓が早鐘を打ち始める。
「ちゃんと私に聞こえるよう喘げ。」
音量を調節するように、長い指が口に差し込まれ、嬌声を隠せないよう緩く舌を掴まれる。
それとほぼ同時に、増やされた指の腹がしこりを潰した。
「ぇう゛っ……ゔぁ……♡」
彼の形を思い出したお腹の奥が、内臓が全て心臓に入れ替わってしまったようにきゅんきゅん疼く。
「久々の割には、随分可愛く溶けてくれるな。」
くつくつと笑う声に反応して、肩が跳ねる。
いつもより低い声は達していい合図。
勝手にナカがうねり、込み上げてくる欲を吐き出そうと指先を締め上げる。
「こら。まだいいと言っていないだろう。」
ぞりゅ、と軽く肉壁を抉られながら指が引き抜かれた。
自分の腸液をまとった指が腰を掴む。
「暫くお預けだぞ?」
とちゅんっ。
そんな音が鼓膜を犯す。
「っひぁっ♡ん゛…ん゛ぅ〜………♡」
首筋にかかる吐息。
休む間を作らず深く突き上げられる身体。
「やだ……そこば、っか…」
言葉に反して、一点に彼を導くように揺れる腰が止まらない。
与え続けられる快楽で霞んだ視界に、金色の瞳が映る。
ぬくもりが皮膚に染み込み、タバコの香りが鼻腔を満たす。
「あっ♡はッ、ひゅ……ぁぐっ♡あっ…ん゛〜〜…♡」
「ん゛っ……もう、いいぞ。」
「ひゅぁ゛ーーッ、イッッッッッ゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♡」
ぴゅく、と軽く精を吐いた。 ビクビク腰が震える。
「……まだ硬いな。」
品のない音をあげて、上下に竿を扱かれる。
「……さぁいき、ちょっとしか……出せ、な…の……♡」
手のひらの動きが止まった。
「……お前、よかったな。変なイキ方覚えさせられる前でよ……。」
その声は間違いなく、彼ではなくソ連さんのもの。
でも僕は、意識的にその事実から目を逸らした。
これは彼だ。ナチスさんが帰って来たのだ。
そう自分に刷り込んで、パチパチと脳で弾ける快楽に身を委ねる。
刷り込みさえすれば、あとは勝手に細胞が彼と同じ部分だけを拾って、都合のいい幻覚を見せてくれた。
「ぇへ……♡ちゃんと、覚えました……」
後ろ向けに顔を回し、そう言って微笑みかける。
「……そうか。偉いな。」
長い舌が撫でるように口内を犯す。
頭の内側から快楽に浸されるような感覚。
頬に添えられた手にキスを落とすと、彼は決まって嬉しそうに笑って、「いい子だ」と褒めてくれた。
やっと十を越したばかりの彼にそう言われるのはおかしかったけれど、乱れて甘えてもいいと言われているようで、好きだった。
「じゃあ、もっと私に見せてくれるよな?」
「ぅ゛ん……♡ちょーだい?」
抱き着いた背中がやけに広い。
頭のどこか冷静な部分が、彼の幻をソ連さんで消そうとする。
激しくて淫靡な、冬の夜にしては熱い息を吐く。
肩越しに聞こえる呼気も、背中で感じている鼓動も、彼のものではない。
背もたれの溝に挟まった銃身が、戻ることのないぬくもりを示すよう、黒く暗く鈍く光る。
彼じゃ、あの人じゃ、ナチスさんなんかじゃない。
代わりはいない。
自分が一度も彼の名前を呼べていないのがいい証拠だ。
わかっている。
わかっている。
「……ね、もっかい……♡」
わかっていながらも溺れてしまうのが、生者というもの。
この人は彼。彼はこの人。
このぬくもりに目を閉ざせる内は、それでいい。
(続)