あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
文化祭が終わってから、春までは部活動員が総出で提出するようなコンクールもないため、好きに活動する期間のようになっているらしい。
だから、別に冬休みにわざわざ登校してまで美術室に籠る必要なんてないのに、求めている何かはもう無いことがわかっているのに、どうしても来てしまう。これで三日連続。俺以外に誰もいやしないし、一人ぼっちイーゼルを引っ張り出してキャンバスを立てるのも虚しいだけだ。顧問の先生も、それ以外の先生もさぞ俺が熱心な美術部員だと思っているだろう。確かに、好きで来ているのか嫌いだけど来たのかと言うと、そりゃあ好きで来ていると即答できるが。
今日も昨日、一昨日の続きをするのだ。俺が今描いているのは朱い夕焼け。いつか、秋くらいに先輩と並んで帰った道にあったものだ。結局、どこまでいっても俺の描くものに先輩は着いてくるんだけど、誰も知りやしないから別に良いだろう。赤色は先輩が一番似合う。なんの偶然か学年カラーも赤だし、本人も赤色に思い入れがあるのか、私物に赤色が多い気がする。何より、あの瞳の純な赤と言ったら絵の具と張り合えると思う。だからと言って、夕焼けに原色の赤を使うのかと言えばそれもはばかられる。それに、俺はあの日見た夕焼けそのものを映したいのであって、先輩を描きたいわけではない。べたべたとキャンバスに絵の具を押し付ける感覚はやはり楽しく、憂鬱な気持ちも今だけ晴れていく心地だ。案外、向いてるのかな、なんて今更ながら思った。
弁当も持って来ず、朝から美術室に居たため三時を回るとさすがに腹も空いてくる。購買はやってなくても、お菓子の自販機くらいは稼働しているだろうと思い、財布を持って重い腰を持ち上げた。
「よ」
「…なんでいるんすか」
「そら息抜きやろ。毎日毎日勉強ばっかやってたら頭おかしなるで」
美術室に帰ってきたときには何故か先輩が我が物顔で俺が作業していたスペースに居座っていた。俺は驚きを通り越して、なんだか呆れてきて、でも当然嬉しい気持ちもあって、色んな感情を処理できないまま適当な机に座って買ってきたお菓子を空ける。
「引退したんじゃなかったんすかぁ」
「引退した奴が来たあかんなんてルールないやろ」
確かにそうやけどぉ、と納得できないまま返事をする。先輩が来てくれたこと自体は嬉しいのだが、先月のすっからかんな俺の心情を思うと、この来たかったから来ましたけどと言わんばかりな傍若無人先輩はあまりにも俺の心の内をわかっちゃいない。
「逆に、俺は息抜きで来たけどちーのはなんでおんねん」
「や、俺も課題の息抜き感覚に…」
全くもって真っ赤な嘘である。あ、このお菓子結構いけるな。
「ほーん。で、この絵の続きやっとるわけか」
「先輩はここ来て何するつもりなんですか」
「さあ。俺も何も考えずに来た」
俺もって、何気ない言葉に、見透かされてる気がして少し焦る。
作業するんでそこ失礼していいですかね、と言うと先輩はおお。と素直にどいてくれた。
「随分綺麗に描くやん」
「ああ、ありがとうございます」
急に褒められ、びっくりして言葉に詰まる。
「それがお前が描きたいもんなんか」
「…どういうことですか?」
「や、文化祭の時は無理してんなって思ったし」
「……これが描きたいもんかって言われたらわかりませんよ。アレよりかは楽しいですけど」
今度こそびっくりした。何だかんだ先輩は俺が美術と承認欲求の調理に手こずっていたことを見抜いていた。
「次は、ちゃんとお前が描きたいもんを描け。」
「…見つかりそうにないんですけど」
「んなら見つけえ。んで、描け。俺がそれを観る」
急に無茶苦茶で、ぼんやりした命令をされて頭にハテナを浮かべては反射的に返事をする。傍若無人とは言ったが、拳骨以外にここまで横暴なのは初めてだ。当の先輩はにやにやと笑っているが。…アンタ急に表情豊かになったな。
「何で、そんな急に…」
「お前が、ちゃんと描きたくて描いたものが見たくなったんや。見たもの、感じ方、全部が鏡に映されたようもんをな。」
ふと、聞き覚えのある言葉を聞いて、まだ今より少し暖かかった頃の落葉の季を思い出した。俺は何故か自信を持つことができなくなり、空っぽになったお菓子の袋をぐしゃりと握って、気長に待っててくださいよ、と言った。
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