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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
冬休みは明け、それなりに経つのにトントン先輩は息抜きだと言ってたまに美術室に寄ってくる。真面目なんだろうし、切羽詰まっているわけでもなさそうなので、現実逃避のためではなく本当に息抜きなんだろうなと思う。まあ、あの先輩だけでなく、他の三年生の先輩もたまに訪れることがあるので、驚くことはない。
俺はと言うと先輩に背負わされた期待に応えるべく、日々描きたいものセンサーを張っている。おっ、と思ったものはこまめにメモしているし、成果が得られていないわけではない。と思う。
今日も今日とて居残りだ。これは先輩の期待云々の話ではなく、もっと油絵やアクリル、水彩などに慣れて、思ったものや表現したいことをすらすらと映すための、要するに技術向上のためだ。…と言っても、文化祭の時よりずっと上がった技術面でも先輩を驚かせてやろうという魂胆もあるが。水彩は暖かな雰囲気と、清涼感、どちらも色合いによって出せるのだから凄いと思う。別に色のイメージ的なものでも、風景などの描くものによってはアクリル絵の具だって油絵の具だってそんなことできるが、なんというか、じんわりとした優しい雰囲気が良いのだ。ぺたぺたと昨日描いた下書きに色を重ねながら、周囲を見るとあまり人はおらず、帰る準備をしている人もいる。なんとなく気がついていたが、俺程暇で、美術しかやることのない一人ぼっちのヤツもいないようだ。
ガラリと美術室の扉が開いて、思わず目をやる。今日も先輩は来た。先輩は絵の具を使うような、準備にも後片付けにも作業時間的にも時間のかかるようなものはせず、ただデッサンをしたり、窓の外をスケッチしてたりだ。あと、たまに美術室の掃除や俺の作業を眺めたりとか。先輩は俺がいなくても頑張れよ。なんて言ったくせに、俺がちゃんと作業しているのかを見張っているのだろうか。
こんなもんかな、なんて言って完成した練習用の色付きスケッチは夕日の色に邪魔されることなく綺麗に発色してい…夕日の色に邪魔されることなく?はっとして辺りを見るとすっかり暗くなっている。街の街灯やビルの明かりが目立つくらいには。達成感に浸ることも忘れて俺はドタバタとパレットと筆を洗い、画用紙を乾かすために適当な所に置き、掃除…は先輩がしてくれてたっけ?ありがとうございます!あとは施錠して終わりのはず。
「おい、窓も閉めず出てくなや」
ゴチン。
「い゙ッ…??!」
突然脳天に走った強烈な痛みと、こんな時間に誰かがいると思わなかったことが一気に襲ってきて指摘されたことが頭の片隅に追いやられてしまった。
「いたんですか…」
「ずっとおったわ!」
久しぶりに拳骨受けたな、なんて覚えたくなかった懐かしさを感じながら、窓を全て閉めていく先輩を眺める。閉め終わった先輩は美術室から出てきて、それから俺は施錠して、鍵を返しに行って、上靴とスニーカーを交換して、校門を出た。
校門を出たところで、先輩が俺を待っていたようで、先帰ったのかと思ってました、なんて言うと先輩はどんだけ非情やと思われてんねん。と返した。二月になっても冬の終わりや、春の訪れを感じることはあまりない。梅の花が咲いているのを見て、そういやこの時期に咲くんだったな、と思うくらいだ。ちらちらと降りだした雪がマフラーに着いては溶けていく。それをぼーっと眺めて歩いていると、急に先輩に腕を引かれうわっ、と声を上げる。
「な、何するんすか」
「ちょっと寄ってくで」
「どこにですか?」
「まあ着いてき」
んな横暴な、なんて今更だ。この一年に近い期間で散々思い知らされてきたことだ。街灯が頼りなさげに照らす道を進み、曲がり、また進み、辿り着いた先はコンビニだった。先輩は俺に待ってろなんて言ってさっさと中に入ってしまった。後輩を寒空の下待たせるんかよ、と思ったが、二、三回吐いた息が結露するのを眺めている間にすぐ先輩は帰ってきた。ビニール袋からがさがさと取り出した紙包みを、先輩は俺に渡す。場所、包みの温度、形から中身が何なのかは大体予想がつくが。
「あっつ!先輩、これなんすか」
「中華まん」
「や、何まんですか?」
「豚」
ふーん、豚まん。俺はピザまんが好きなんすけどね、なんて言ったら拳骨かな。なんて。
「…これ、先輩持ちですか」
「当たり前やろ。後で代金寄越せなんて性格悪すぎるわ」
控えめに笑った先輩は湯気を立てている豚まんにかぶりつく。
「何で、急にこんな」
「…お前、ほんまに俺がおらんくても頑張っとるし、あの部活好きなんやなって」
「まあ…そりゃあ、元々絵描くのは好きでしたし。先輩との約束もありますし。…俺の描きたいもんを描く、ってやつ」
俺も豚まんにかぶりつく。熱いが、寒さに凍えた俺の体には丁度いい温度な気がする。めちゃくちゃおいしい。
「そんな頑張っとる後輩に俺からのエールや」
がんばったで賞的なやつか、と思っていると先輩が俺の頭に手を伸ばした。突拍子も無く拳骨されるのは初めて以来な気がする。咄嗟に身構えようとすると、先輩の大きな手のひらは俺の頭に優しく着地して、わしゃわしゃと乱雑に髪をかき混ぜた。初めてのことに俺は呆気に取られ、段々豚まんからではない温かさが込み上げてくる。
「ほんま、ようやっとるわ」
もう冬の寒さは気にならない程、体は熱かった。