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セラセレアと呼ばれた女は首席焚書官たちによる会議の終わった後、組織の長ケイヴェルノの「会議に参加できるなら事前に連絡を寄越せ」だとか「部局の長官だという自覚を持て」だとか「孫娘にもっと優しくしろ」だとかいう説教を聞き流して部屋を出て行く。

そのまま煙突の塔を出て行こうとしたが、途中で第三局首席グラタードにつかまり、ライゼン大王国の様子を根掘り葉掘り強引に尋ねられ、何とかあしらって逃げる。

その後、煙突の塔の堀を渡る橋の上で、勇気を出して追いついてきた第四局首席アンソルーペに「女首席焚書官同士仲良くしたい」とお茶に誘われたが無下に断る。


ようやく聖ラムゼリカ焚書寺院の出入り門が見えたところで第二局首席のサイスと遭遇した。サイスもまた巨大な寺院の中に広がる建築群を通り、外へと向かっていたらしい。傍らには一人の護女と幾人かの焚書官を連れていた。


「やあ、仔山羊君。君は焚書炉に行ったはずなのに。わたくしめはずいぶん時間を無駄にしたらしい。その子はどこの子です?」

サイスは嫌味な笑みを浮かべる鹿の鉄仮面を見上げて言う。「見て分かりませんか。護女ですよ。ああ、戦場に出ずっぱりの貴女は知らないのか。不良護女として有名なエーミですよ。焚書炉に忍び込んでいました。いくら聖女候補とはいえ、悪戯じゃあ済みませんよ」


「よりによって焚書炉に忍び込むとは」と一人の焚書官が口走ると、他も続く。「護女とはいえもはや」「諸機関の独立性が」「なにゆえ聖女はお許しになるのか」

「口を挟まないでもらえます?」と鹿の鉄仮面の女に凄まれると焚書官たちは押し黙った。「それでももちろん、仔山羊君も分かっているでしょうが、護女の裁定にわたくしめどもは口出しできない」

「ええ、そうです。忌々しいことに」山羊の鉄仮面の少年は頷く。「聖女会からそのまま連れて寄越せとのお達しです。嫌になりますよ」


鹿の鉄仮面の覗き窓から、捉えた獲物を吟味する人喰い鬼のように、女首席焚書官はエーミを子細に観察する。そして納得したように頷いて口を開く。


「わたくしめが代わりましょう。この子とは何となく気が合いそうな気がします」

「確かに。ですが結構ですよ。僕が捕まえたのですから僕が連れて行きます」とサイスは断る。「それに、子供嫌い、なんでしょう?」

「いやですね。個々人の好悪なんて脇に置きましょう。それに聖ミシャ大寺院まではともかく、聖女の伽藍の敷地は男子禁制ですよ。かといって加護官たちに預けるわけにもいかない。何といっても間抜けな加護官を出し抜いたからこそ、彼女はこんな時間にこんな場所にいるわけですから」


山羊の鉄仮面は鹿の鉄仮面を見上げ、エーミの不貞腐れた横顔を見、ため息をつく。「確かにその通りですね。お任せしてもいいですか?」

「ええ、もちろん。よろしくね、エーミちゃん」


エーミはその言葉に答えず、サイスの方を向いて深刻そうに尋ねる。「ケブシュテラはどうなるの?」

「ケブシュテラ? ああ、彼女のことも聖女会に連絡しましたよ」サイスはエーミから同僚の方に顔を向ける。「悪戯娘はもう一人いましてね。今は護女扱いの客人だったかな? いきなり不良護女に目をつけられた不運な娘です。そっちは猊下の使いが早々にやって来て連れて行きました。同じ寺院の敷地なのだから一緒に連れて行ってくれればいいのに。それでは後はよろしくお願いします」


手を振って、煙突の塔の方へ戻るサイスを見送る。サイスは手を振り返してはくれなかった。


「では行きますか」と鹿の鉄仮面を振り返らせて言う。が、エーミは所在なさげにじっとしている。「どうかしました?」

「エーミが逃げると思わないの?」とエーミは空いた手をひらひらと振る。

「仔山羊君からは逃げようとしなかったのですか? いえ、逃げられなかったのでしょう。彼からも逃げられないようながき・・はわたくしめからも逃げられませんよ」


エーミは生意気な眼差しを向けるが何も言わない。


黒衣を棚引かせ、エーミと同じように手をひらひらと振る。「不安なら手を繋いであげてもいいですよ」

「いらない」そう言ってエーミはようやく歩き出す。


二人は厳めしい寺院を出て、まだ人通りの多い夜の神秘が深まりつつあるジンテラの街を歩く。エーミは狩猟犬のように先を行き、口を開かず、余所見もせずに歩く。


「こっちですよ」と鹿の鉄仮面はエーミを呼び止め、人目のない裏路地へ誘い、暗がりで他に誰もいないことを確認する。「今度は霊体ではなく実体だな。助けろという話だったが、これでいいのか?」


エーミが不思議そうな色を帯びた翡翠の目で見つめ返すので、鉄仮面を外す。すると纏めていたらしい銀の髪がばさりと溢れ、深く濃い瑠璃の瞳がエーミを見下ろす。


「シャリューレ!」とエーミは声を上げ、慌てて己の口を塞いで声を潜める。「まさか、いえ、きっと助けてくれるって信じてはいたんだけど。全然気づかなかったよ」


実際のところは、エーミを助けに来たわけではなかった。約束はしたが、優先順位は譲れない。

レモニカが謎の男に攫われた際、レモニカの姿が魔法少女ユカリに変身するのをシャリューレは見逃さなかった。


ユカリが今までにどのような旅をしてきたのか、シャリューレには知る由もないが、魔法少女の姿をむやみやたらに見せるような性格でも実力でもないのは明らかだ。だとすれば具体的で正確な魔法少女の姿を思い浮かべられ、かつ魔法少女を嫌うのは救済機構の関係者としか思えない。

レモニカをさらったのか、ユカリをさらったつもりなのか。なぜこちらの居場所が分かったのかは判然としないが、シャリューレは本来の予定通り大仕事・・・の夜にジンテラ市へ、救済機構の総本山へ乗り込むことを決意したのだった。


そして、元々は共同宣教部の寺院に乗り込むつもりだったが、グラタードに見つかって焚書機関の会議に連れて行かれてしまった。何とか誤魔化し通すことができ、お陰でエーミに、その本体に出会えた。


「レモニカという娘を知っているか?」とシャリューレはエーミに尋ねる。

エーミは神妙な表情で首を横に振る。「知らない。少なくとも護女にはそんな子いない」

「そうか。それならいいんだ」シャリューレは気を取り直すように尋ねる。「今でも聖ミシャ大寺院には沢山の護女がいるのか?」

「沢山? まあ、沢山だね。かつての集団脱走時に比べれば少ないし、望んで護女の勤めを果たしてる。いや、まあみんながみんなそうかどうかは分からないけどね」


「少なくともエーミは違うということだな」

「うん」エーミは野望を持つ者の強い眼差しで頷く。「エーミはここにいたくない。行きたいところに行き、やりたいことをやりたい。護女であることも、聖女になることも望んでない」


「分かった。約束通り、貴様をここから連れ出そう。ただし、他の護女にも脱走を望む者がいるなら連れて行く。いいな?」

「エーミは良いけど。ううん。その方が嬉しいけど。でも、なんで?」

「もののついでだ」


場合によっては各寺院を全て探して回らなければならないかもしれない。攫われたレモニカが今でもユカリだと勘違いされているとすれば、大聖君にして第七聖女アルメノンの御前に引き立てられている可能性もある。


二人は再び聖ミシャ大寺院は聖女の伽藍へと足を向ける。


「レモニカ、さんはいいの?」とエーミは恐る恐る尋ねる。

「もちろん必ず見つけ出す。ただ……」シャリューレは己の心が分からなかった。優先順位はどうしたというのか。「レモニカ様を連れまわして護女の脱走を助けるのは難しい」


エーミはよく分からないようだった。シャリューレにも分からなかった。


「それにしても」とエーミは感慨深そうに言う。「お芝居が上手なんだね。とても同一人物とは思えなかったよ」

「ああ、得意分野だ」




シャリューレは、最たる教敵である魔導書に挑む聖職者、首席焚書官セラセレアとして、不良護女エーミを聖ミシャ大寺院へと連れ戻す。護女の護衛たる加護官たちにもすでに連絡が入っており、聖俗分かつ堅牢なる山門では、護女を連れてきたのがサイスではないことを多少不審に思われつつも通り抜けることができた。


夜の更けるを称える梟の鳴き声と聖域を浄める涼やかな夜風の囁きが聞こえる白樺の森をエーミの案内で行き、生者の誰に会うこともなく聖女の伽藍に到達する。


「みんなを集めた方がいいよね。そうだなあ。庫裏の食堂に集めよう。ついてきて」そう言ってエーミは護女たちの眠る庫裏へとシャリューレを導き走る。


シャリューレが星と梟の密談に耳を傾けて食堂で待っていると、全ての護女たちが寝ぼけ眼で集まってきた。こんな時間に不良護女に呼び出されて、上から下まで全員が集まることをシャリューレは不思議に思ったが、護女たちの愚痴からその理由を察する。

エーミこそが次代の聖女に最も近い最優秀の護女なのだという。であればこそ、多少の不良行為も見逃され、他の護女たちも彼女を無下にはできないという訳だ。


一人の護女が――それはノンネットと名乗った――エーミに尋ねる。


「それで拙僧どもに何の用なのです? それにこの方は、首席焚書官セラセレア? どうしてここに? 前線におられるはずでは?」


ノンネットは、暖炉の前で静かに物語を聞いてはいられない子供のように純粋な疑問の眼差しを鹿の鉄仮面に向ける。ノンネットもまた優秀な護女らしく、エーミの願いを聞いてエーミよりも率先して他の護女をまとめて食堂まで導いてきた。シャリューレは懐かしい気持ちに満たされる。野原で花を摘んでいる幼い時分に、遠くから名を呼びかけられたような気持ちになった。


「この中に機構から、ジンテラから、シグニカから、脱走したい者がいれば教えてくれ。わたしができるかぎり手伝おう」


しかしシャリューレの言葉に誰一人ぴんと来ている様子はない。


シャリューレはさらに問いかける。「攫われてここへ来た者はいないのか? 家に帰りたい者は?」


護女たちは恐ろしい呪いでも聞いたかのように小さな悲鳴をあげて首席焚書官を名乗る女から少しばかり距離を取る。


「やっぱり、それはたぶんエーミとケブシュテラだけみたいだね」とエーミは残念そうに言った。

「さっきから一体何の話をしているのですか?」ノンネットは群れを率いる位に就いたまだ若い狼のように皆の先頭で立ちはだかって、エーミとシャリューレをきつい眼差しで見比べる。「脱走だなんて、二十年前の集団脱走以来一度としてありません。エーミ、貴女を除けばですが。そもそもみんな望んでここへ来ているのです。ある者は学びのために、ある者は救いのために。確かに昔は多少行き過ぎた修業指導があったのかもしれませんが、機構はそれを反省し修正したのです」


その言葉に続く者はいなかったが、それは賛同を意味する静寂だ。


「そうか。分かった。無理強いはしない」とシャリューレが言うと、ノンネットがエーミの方に向き直る。

「エーミは逃げるのですね? 今まではただの火遊びだと思っていましたが、本気なのですね? 理解できません。いったいなぜです? 貴女は間違いなく次の聖女に選ばれるのですよ?」


他の護女も不承不承それを事実として認めているようだった。妬み嫉みだけではない。憧憬や敬意が護女たちの瞳に輝いていた。


「ノンネットと同じだよ」とエーミは言うが、誰にも伝わらない様子に気づいて補足する。「エーミを放っておけばノンネットが次の聖女なのに、エーミを引き留めてくれるのと同じ。もっと大事なものがあるってことでしょ?」

「……それは。……拙僧は。……別に」と言ってノンネットはどこか悔し気に押し黙る。


「そういう訳だから、シャリューレ」とエーミは言う。「脱走するのはエーミだけ。もう行こう。みんなも夜遅くにごめんね。元気でね」

「シャリューレ!?」ノンネットの怪訝な瞳がシャリューレを鉄仮面越しに貫く。「それは集団脱走の、かつて護女たちをそそのかした元首席焚書官、裏切り者の実り名ですよ!?」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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