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ユカリとベルニージュは宝物庫にあった縄でヘルヌスをしばりあげる。


「おいおい、どんな魔術の品かも分からないってのに」とヘルヌスはぶつくさと文句を言う。


水鏡の冠の中身をこぼさないように脇において、ユカリは真珠の刀剣リンガ・ミルをヘルヌスの首筋に当てる。


「やっぱりレモニカは大王国に連れ帰られたのかな」とユカリは寂しそうに呟く。

ベルニージュは念のために宝物庫を漁りながら応える。「レモニカのために魔導書を差し出すくらいだからね。やっぱりシャリューレはレモニカを優先したと考えるべきだね」


「おい、おいおい。レモニカだって?」ユカリに押し付けられた杖を警戒しながらもヘルヌスは身動きする。「レモニカ王女のことを言ってるのか? 何で君らがその名を知ってるんだ」

ユカリはヘルヌスの後頭部に向かって尋ねる。「ヘルヌスこそなんで知ってるの? ああ、この人も大王国の関係者なんだね。シャリューレの部下なんだから当然か」

「でもシャリューレに話を聞かされてない、と。しかも今では連絡すらとれない」ベルニージュは中に蜂の閉じ込められた琥珀の蜂像を見つめて言う。「ちなみにシャリューレはユカリから奪った魔導書をレモニカの情報と引き換えに返してくれた。今頃お姫様を連れて里帰りしてるのかな、ってね」


実際はレモニカの情報を得る前から降伏したように魔導書を差し出してきたのだが、ユカリは黙っておいた。


ヘルヌスは信じられないという風に否定する。「馬鹿な。作戦目的の魔導書じゃないとはいえ、そんなことを上に知られれば反逆罪に等しい処断が下るぞ。殿下を連れ戻した功績など霞んだ上で投獄されかねない」

「ライゼン大王国はレモニカより魔導書の方を優先すると言っているように聞こえますね」ユカリの冷たい眼差しと冷たい声がヘルヌスの頭に降り注ぐ。

「殿下の、大王国での立場くらい想像がつくんじゃないか?」とヘルヌスははっきりと言い返す。


「まあまあ、ユカリ」と言いながらもベルニージュは柘榴を象った宝珠を眺めている。「まだレモニカはシグニカにいる可能性が高いってことだよ。シャリューレの立場だと帰国前に魔導書を確保せざるをえないってことだからね。さあ、行こうか。魔導書はない、みたいだね?」


そう言ってベルニージュはユカリに目線で確認する。ユカリはヘルヌスが見てないことを確かめてから首を振る。ついさっき魔導書の気配が現れた。まさか今この場に出現したとは考えにくいので、魔導書を持った何者かがこの建物に近づいていると考えた方が良い。ユカリがこの寺院の入り口の方向に視線を送ると、ベルニージュは察してくれたようだった。


「じゃあね、ヘルヌス。ご武運を」とベルニージュはからかう。

「戦えねえよ!」とヘルヌスは喚いた。


ユカリとベルニージュは宝物庫を出て、やって来た通廊を戻る。


「先を急ごう」と言いつつもユカリは捧げ持った冠から水が零れない程度の速さで歩む。

「魔法少女の魔法で杖に水を蓄えてきたんでしょ?」とベルニージュはユカリを急かす。

「念のためだよ。いざという時に水がなかったらただの冠なんだから」とユカリはベルニージュを宥める。


ベルニージュは厳かで静かな回廊の先を警戒しつつユカリに尋ねる。「確認するけど、魔導書がユカリに近づいたのか、何かに宿っていた魔導書が現れたのかは区別がつかないんだよね?」

「うん。あるということが分かるだけで距離は判別できない」


寺務所から人が消えているばかりか、聖ターティア人道寺院全体が静まり返っている。枝付き燭台に灯る蝋燭の投げ掛ける火影の他に動くものはない。


前室まで来たところで、ユカリは再び『至上の魔鏡』の下に隠れる。僅かに開いた門扉を動かさないように外から覗くと数えきれないほどの焚書官が辺りを囲んでいた。

通りの向こうにも焚書官やそれ以外の僧兵が行き来しているのが見える。既にジンテラ全体が非常事態として動いているようだ。

そして焚書官たちの先頭にいるのは首席焚書官サイスだった。ユカリは前室に戻って冠を外す。


「サイスと沢山の焚書官がいる。この魔導書の気配はサイスに間違いないね。サンヴィアでも何度か気配が現れたり消えたりしたから。どうする?」

「魔導書の数的には申し分ない」


ユカリは思いつく限りの言葉で説得する。「あっちがいくつ所持してるか分からないし、よく鍛えられた剣が沢山あってもベルの腕は二本でしょ。彼らも常に正面から立ち向かってくるわけじゃない」

「うん。いや、まったくその通り。上手いこと言ったね。どうしたもんか」


「サイスの魔導書は惜しいけど、ここは逃げの一手しかないよ。グリュエーの風に乗って、グリュエー?」と空中に呼びかけるが返事はない。「また!? 仕方ない。杖に乗って逃げよう」


ユカリは再び冠をかぶり、ベルニージュと共に門をくぐろうとするが、ベルニージュの足が止まる。


ユカリはまたも前室に戻り、ベルニージュの隣に現れる。「どうしたの? ベル。変な顔して」

「この門から出られそうにない」と言ってベルニージュは何かを探すように門扉を眺める。

「え? 何が? 狭いなら押し開けば……」ユカリは青銅の門扉を押すがびくともしなかった。「開かないね」


「それは単に重いだけ。それに別に狭い訳じゃない。通り抜けるという感覚が得られない。たぶん封印の魔術だよ。ユカリが通れたのは『至上の魔鏡』のお陰かな」

「封印? 閉じ込められてるってこと?」そう言ってユカリはサンヴィア地方はトンド王国でのサイスの活躍を思い出す。「ああ、そういえばサイスがクオルとの戦いで使ってたね。魔導書か、魔導書を触媒にした魔術ってことか」


ユカリが容易く行き来する何の変哲もないしきいが、ベルニージュにとっては途方もなく高い壁であり、際限なく深い断崖でもあるのだった。


「サイスに【憑依】するのはどう?」とベルニージュが提案する。

「あれは自分の肉体に衝撃があると魔法が解けちゃうからなあ。ここからだとグリュエーなしじゃ遠いし、近くに行ってもサイスの体に乗り移った次の瞬間、見えない自分の体を支えられないよ」


その時、サイスが呼びかけてくる。「赤い髪が見えたぞ。ベルニージュ、君だな。連れも一緒なのか? まさか盗賊に身をやつしていたとはな」


盗賊たちは早々に一掃されているらしい。


「一緒に戦った仲じゃない。見逃してくれない?」とベルニージュは返す。

「馬鹿を言え!? しかし君たちにはこう言った方が言うことを聞いてくれそうだ。レモニカの身をを案じるなら大人しくしろ」


ユカリとベルニージュは顔を見合わせる。思わぬ情報だ。シャリューレがジンテラ市にいたとしても、レモニカもそうとは限らないと思っていた。


ベルニージュは少しだけ門扉から顔を見せて言う。「レモニカは無事!?」

「お前が大人しく捕まるならな!」

「もうワタシ捕まってると思うんだけど?」

「魔導書を――」

「持ってない」

「嘘を――」

「ついてない。全部あっちに預けて別行動してる。信用できない? じゃあどうする?」


沈黙が降りる。どう判断したものか迷っているらしい。下手に飛び込んだり、封印を解いたりすれば返り討ちに遭いかねない、とサイスは考えているのだろう。


その対話の間にユカリは近づいて、サイスの体をまさぐっている。感触には気づかれないが、衣が動いているのを見られればばれてしまう。僧服はゆったりしているので察知されにくいはずだ。

自分自身の感触も失われてしまう状態では目で見て探すしかないのだが、幸いサイスの懐の浅いところに魔導書らしき羊皮紙を見つけた。もしもサイスが厳重に仕舞う性質だったなら、どこかの時点でユカリは心折れていたかもしれない。


何とか羊皮紙を二本の指で挟み、引き抜く。すでにユカリの所有物として『至上の魔鏡』の支配下になった羊皮紙の姿と感触もなくなる。もはや手探りですらなく、身振りだけの無言劇を演じるかのように合切袋のあるはずの場所に指に挟んでいるはずの羊皮紙を突っ込む。突然、羊皮紙が現れて地面に舞い落ちる、ということはなかった。


ユカリはサイスの背後に回り、そして冠を外すと同時に素早くリンガ・ミルを逆手に持って、サイスを羽交い絞めにしつつ、首筋に真珠の刃を押し当てる。周囲の焚書官がどよめく。下手な動きをされる前にサイスごと強引に振り返って魔法少女の杖を威嚇するように掲げる。


「『至上の魔鏡』。やはり君たちが盗んだのか」とサイスは落ち着いた声音で言った。

「ううん。私たちじゃないけど色々あって手に入ったの。話せば長くなるけど、先に寺院の封印を解いて」

「君に僕を殺せるとは思えない」

「死んだらそうは思えないよ」そう言ってリンガ・ミルを押し付ける。「サイスはオンギ村に来てたんだっけ? 私は狩人だからね。心得はある。狐も人間もそうは変わらないはず」


サイスの首筋がわずかに湿るのを感じる。


「分かった。封印を解けばいいんだな」

「一つ一つ。自分がこれからする行動を事前に口にして、私に疑われないように、ゆっくりとね」

「ああ、分かった」サイスは慎重に己の行動を予告する。「まずは、握った右手を掲げる。右手の中に鉄の環がある。次に、手を開く。次に、呪文を――」


ユカリは魔法少女の杖で鉄の環に触れて【噛み砕いた】。その魔法道具は魔導書ではなかったらしい。硝子の割れるような音が聞こえ、門扉の隙間からベルニージュが出てきた。


「ああ!」サイスは深い悲しみを吐露するように呟く。「……猊下に賜った聖典が」

「さあ次だよ。レモニカの居場所はどこ?」とユカリは問う。

サイスはため息をついて問いに答える。「おそらく聖ミシャ大寺院だ。聖女の使いが連れて行った。レモニカは、解呪の魔法を知るために来たとか護女を脅して案内させたとか何とか口から出任せに言っていたな。それとケブシュテラと名乗っていた」


ベルニージュがユカリの代わりに真珠剣を預かり、サイスを抑える。ユカリは合切袋に確かに羊皮紙があることを確認し、中身を読む。


「千里眼。遠くを見る。知る。聞く。松明の杖。この羊皮紙が『深遠の霊杖』みたいだね」とユカリはベルニージュに伝える。

「やっぱり物に宿る魔導書か。靴と鏡もそうだとして、どうやって解除するの?」とベルニージュは低い声でサイスに尋ねる。

サイスは忌々し気に説明する。「『深遠の霊杖』の場合は棒状の物に触れた状態で松明のように火をつけると宿る。水をかけると解除。他の魔導書に関しては知らない」

「ありがとう」とユカリは他の焚書官たちに聞こえないように囁く。「それに、ごめんね。サイス。前は色々と協力してもらったのに」


「どうしてここまでするんだ? お前たちは魔導書を収集してどうしたいんだ?」

ユカリは寂し気に首を横に振る。「ただレモニカを助けたいだけだよ」

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