人間は一つの感覚が無くなるとその他の感覚が鋭くなる。アニメとか漫画とかでよく全盲になった人たちが耳を眼にしていることが多い。きっと一般人も訓練すればできないことはないだろう。
とある少年は人探しをしていた。
探している人物はすらっと背が高く、めは大きくて黄緑色の瞳、肌は雪のように白い。鼻は小さく高い。桜色の唇で紺色の細い髪をよく風で揺らしていた美少年。毎日放課後には告白の列を作っていた巷で有名な少年だ。
此処最近はその姿を誰も見ていない。人探しの少年は目までかかった前髪を横に流し両目を覆い隠すように黒い布を当てた。
「よし。今日は駅を歩こう」
肩掛けカバンから白杖を取り出し、コツコツと音を立てて歩きはじめた。黄色い点字ブロックの上をスタスタ早足で歩く。
横を通り過ぎたOLのきつい香水に彼は鼻をハンカチで抑える。不思議なことに周りの人間は顔色一つ変えていない。
コツ。
少年は足を止めた。目隠しを外し後ろを振り返る。
「れいくん、、、」
目尻にシワがついていた女性は、少年の眼をまっすぐ見つめて涙をこぼした。手は少しだけ震えていた。
温かい日差しが差し込む部屋。おひさまの匂いは幼少の記憶を蘇らせる。
ただその部屋に幼少の記憶に無いものが置かれている。
優しい空気の部屋を少し冷たくする黒い棚。藤咲夏生と書かれた霊牌。オリーブグリーンの瞳に紺色の細い髪をした少年が笑っている写真。お線香。其れに彼が好きだった花、すずらん。
夏生の母親は少年に麦茶を渡した。
「外暑かったでしょう?」
コップの中の氷が絡んと涼しい音を立てて崩れた。少年が麦茶を受け取ると数秒沈黙が続いた。雀の鳴き声が途切れたとき母親が口を開く。
「ずっと、あんな事をしていたの?」
少年は小さく頷く。母親は少しばかり寂しそうな顔を浮かべた。
夏生はれいと幼馴染。
母親同士が学生の頃から仲がよく結婚した年も同じで、子供が産まれた日も一緒。夏生とれいは血の繋がった兄弟よりも親密で互いが互いを一番良く理解していた。それに二人の間ではよく不思議なことが起きていた。片方が怪我をすれば、もう片方も怪我をして、片方が熱を出せば片方が熱を出す。好きな食べ物も、嫌いな人間も、ほぼ一緒。
違うことと云えば考え方ぐらい。
夏生は0、100思考。めんどくさがりで損得勘定で物を考える。
れいは努力家で天才というより秀才。母性あふれる男の娘みたいな。
そして二人は昔からよく面白い遊びをしていた。眼を隠して見えないものを見ようとする、という遊びだ。
見えないものというのは非科学的なものに限らず、匂いとか、風とか、音とか。視覚以外の感覚で情報に触れるということをよくしていた。チャクラを開く〜なんてスピリチュアル的なことではないが、二人はこの子供遊びのおかげで感覚が磨かれ、他の子供と比べると感性や、感受性、鋭感は頭一つ抜けていた。
「れいくんは変わらないわね。夏生はどうして、、、」
母親の頬に涙が一滴流れ落ちた。少年はその一滴の涙が机に落ちてはじけるのを見ると唇を噛んだ。
何かを云いたそうにしていた少年だが、麦茶でそれを腹に流し込み我慢。
母親は手の甲で涙を拭うと
「今日はもう遅いから帰りなさい。えりちゃん待ってるでしょ。また近々遊びに行くからえりちゃんに宜しく云っておいて」と
親友の母親の泣き顔を見たあとの少年の帰り道は最悪に気分が悪かった。が今夜の晩御飯がハンバーグであることを期待して鼻歌交じりで帰宅した。
「ごちそうさま。かあさん。夏ママがまた遊びに来るって」
「そう!嬉しいわ。夏生くんの事もあって長らく会ってなかったし」
使い終わった食器を下げ少年は自室に戻る。扉を優しく閉めてれいは数秒目を閉じた。そして溜息をつき、勉強机の引き出しを開ける。
少年は赤い糸を取り出した。其れを自身の左手の薬指に巻き付け解れた切れ端を眺める。
4年前までは繋がってた赤い糸。細くて、脆い赤い糸は夏生の父親に切られた。
夏生は一週間後蒸発。一年後に白骨死体となって県境の山奥で見つかった。
発見当初頭蓋骨が外部から攻撃を受けたように陥没していたことから、殴り殺され山に捨てられたと考えられていた。然し、数キロ離れた森で千切れた首吊り縄が見つかり、近くに何かしらの血痕と遺書があったことから警察は自殺と判断。
夏生の母親は諸々のショックで解離性同一性障害を患い、父親はアル中になり夏ママを介護しているうちにDVを始め半年後に離婚。現在夏ママは二駅先の一軒家に住み、父親は傷害罪で服役中。
因みに夏生の遺書は少年が持っている。
なぜなら少年宛で、一通しかなかったから。そしてれいは未だその遺書を読んでいない。遺書は読んでいないが自殺した理由は容易に想像がつく。
厨ニ臭いけれど一言で言うなら此の世界に彼の居場所はなかったから。彼のことを理解できる人間がいなかったから。だから彼は死んだ。「想像がつく」なんて云っていたけれど本当は夏生が死ぬ前に少年はよくその事を聞かされていた。
夏生が消える一日前にも同じことをれいは聞いている。
「僕の理解者は向こう側にいる。僕は何年でも待つだかられいもこっちに来てくれ。そして僕達のーーーーいる、だから」
れいは夏生が死んでからその言葉を何度も頭の中でリピートした。しかしどうも一部が抜け落ちて、思い出せない。授業中もその事を考えるものだから、お陰様で成績が落ちた。大分。
「明日も又駅周りを、、、歩こうかな」
少年は指の赤い紐を解いてその夜は何時も以上にぐっすりと眠った。
此の日、少年は朝から目隠しをしてでかけた。家から駅の道を白杖であるく。少年はもう何年もこんな事をしているので恐怖心はこれっぽっちもない。
強いて言うなら職質に少し怯えている。
コツコツコツと白杖を鳴らしていると風にのって微かにすずらんの香りがした。
香水のような人工的な匂いではなく花そのものの匂い。己の嗅覚を頼りににおいのもとをたどると其処は一面花畑。そして
「遅い。もしかして僕が残した手紙読んでないの?」
と爽やかな声が聞こえた。振り返るとオリーブグリーンの瞳。整った顔に紺色の細い髪。
「なつ、、、」
彼の左ての薬指には赤い糸が結ばれていた。そして自分の手にも。
探してた人は見つかった。嬉しさの余り少年は彼に飛びついた。するとすずらんの香りも、夏生もなかった。
少年は目隠しを外した。そのとき数十メートル先にふっ飛ばされた。
彼が立っていたのは道路のど真ん中。頭を打って、頸椎を折って。即死。四肢は異常な方向に折れ曲がり、首は180回っている。目ン玉は飛び出て、9本の指はバキバキに折れた。しかし、彼の左手の指だけは無事で赤い糸がしっかりと結ばれていた。
後日。れいの母親は遺品整理のため少年の部屋に入った。勉強机の整理をするとき例の遺書を見ることになる。
其処には「愛してる」と書かれている紙と、少年の持っていた赤い糸の片方が小さい袋に入れられ保管されていた。そして一枚のメモ用紙。
僕の理解者は向こう側にいる。僕は何年でも待つだかられいもこっちに来てくれ。そして僕達の理解者もいる
「だから早くおいで。」母親は最後の一文を声に出して読み上げた。
二人の少年が消えた此の世界は笑っていた。二人の異端が消えたのだ。しかし「向こう側」ではその二人を笑顔で受け入れた。