嘘の支度
花を、
綺麗だと思うことは、
正直少なかった。
興味もないし、
知識もない。
今までの自分なら、
そういう存在だった。
でも、
子どもが生まれてから、
花に触れる機会が増えた。
保育園の前。
公園の片隅。
名前も知らない、
季節の花。
綺麗だな、
と思うより先に、
ああ、
子どもが喜ぶだろうな、
と考えていた。
薔薇博覧会。
いつもの自分なら、
へぇ、
で終わっていたはずだ。
けれど、
今回は違った。
LINEの、
彼女のアイコン。
薔薇。
ああ、
本当に好きなんだな。
そう思った瞬間、
胸の奥が、
少しだけ動いた。
彼女の一部に、
触れてしまった気がした。
菜月さんは、
埼玉に住んでいる。
以前の、
何気ないやり取りの中で、
知った事実。
今さら、
重く感じる。
現実的に、
行けない。
行くには、
嘘が必要だ。
どんな嘘を、
用意しようか。
家族に言う言葉。
時間の辻褄。
自分自身への言い訳。
そんなことばかり、
考えている時点で。
もう、
行こうとしていた。
他でもない。
彼女と。
誘うことは、
しない。
約束も、
しない。
でも。
送ろう。
スマートフォンを開く。
入力する。
薔薇、本当に好きなんですね。
あまり花には詳しくないですが、
菜月さんとなら、行ってみたいですね
……。
あ。
絵文字。
彼女、
付けていたな。
一瞬、
指が止まる。
もしかして、
関係性が、
少し近くなったんじゃないか。
そんな、
中学二年生みたいな、
思い込みが、
頭をよぎる。
……僕も、
付けるか。
文末に、
小さく。
😊
送信。
誘ってはいない。
社交辞令でも、
ない。
ただ、
彼女の反応が、
気になる。
それだけ。
朝のサイレンが、
鳴っていることにも、
気づかないまま。
僕は、
画面を、
見つめていた。






