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沙桜
1
#ファンタジー
masyu
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「彼の名は、空木結真。我々を殺す役目を背負う妖術師であり、Saofaの全権限を所有する人物」
細い指先が紫色のチェス駒に触れ、音を立てずに1マス前へと進める。
進んだ駒が微かに震え、まるでシュレッダーにかけられたかの様に細切れになってしまった。
それを再び手に取り、少し指を離しただけで、細切れになった駒は元通りへと変化する。
「彼の母親は空木美里。代々悪しきものを斬る為の刀を造り続け、その集大成として『太刀 鑢』を造り上げた空木家」
復元された駒とはまた別の、黒と白ではなく、赤色に染まった駒を持ち上げ、1マス後ろへと後退させる。
「そして父親は、僕たちの知っている通り可逆妖術の陰陽師を初めとした、妖術業の全てを担う八重垣家である八重垣 肇」
白色だった駒が徐々に青へと染まり、赤の駒の横に配置される。
赤と青の駒、そしてそのふたつの隣に置かれた紫色の駒。それらは空木結真の母と父を表し、紫の駒は空木結真本人を表していた。
「八重垣家は、妖術を扱うものとしての使命を受けた者は全員“八重垣 肇”の名が付けられる。例え既に名があろうとも、八重垣家の教えは拒絶出来ない」
そう。陰陽師の血縁者は、最も功績を得た人物又は全ての始まりを生み出した人物の名を継ぐ事が多い。
その風習は長く続き、現代である今まで続いている事がある。
ただし、現代に存在する陰陽師の血縁者は両手で数える事ができる程度。
その大半が名を継がず、身元を隠して人間との共存を望み、日常生活を送っている。
「―――ちょっと気になるのだけれども、その八重垣家は名を継ぐことに対して積極的かつ、父親である八重垣 肇も同意しているはずよね。………ならどうして、妖術師“空木結真”は名を継いでないのかしら?」
多色の駒を動かしていた本人。そして、本来であればこの場に居るはずがない人物が、発言者に対して問い掛ける。
「八重垣家の血縁者がこの世に数人と存在していた場合、妖術師として成長した空木結真が襲名を行っていないと知れば、八重垣 肇本人を強く責め立てるだろう。だが、空木結真の父親である八重垣 肇、その両親や親戚は既に死んでいる」
全員の死因などは不明、それらを調べるには時間と手間が掛かりすぎる。
中には妖術を扱う過程で負荷に耐えきれなかった者、妖との戦いで敗れた者。そして偽・魔術師に殺された者も居る。
八重垣家の血縁者が八重垣 肇本人のみとなった時、彼は自らの息子に襲名を行う必要は無いと判断したのだろう。
それは妖術師としての技量や才能の問題ではなく、ただ一人の子を持つ親として、全ての戦いが終わった後に自らの名で生活出来るように。
「父親の優しさって訳ね。それで、話の続きをして頂戴」
「―――では続きを。つい先日、日本北部地域にて“八重垣 肇”を名乗る人物を見つけた。さっきも言った通り、八重垣家の血縁者は空木結真を除いて全員死亡している」
それは全くの予想外だった。
八重垣の名を知っている者は少なくない。元々同じ組織で戦っていた人物か、八重垣家と友人関係又は婚姻関係にあった身内が多い。
だがそれらの人物は一貫して“八重垣の名を騙る事”は決してしなかった。
勿論、八重垣の名を知っている人物の中で、八重垣の実力と妖術師としての在り方を知る凶悪犯罪者も存在した。
魔術師を憎む者であったり、妖を倒そうと躍起する者も居た。
しかし彼らは自らを“八重垣”と名乗ることはなく、妖術師として名乗る事もなかった。
「ただの悪ふざけ、って訳じゃなさそうかしら」
八重垣の名が呪われているという事は無い。名を騙る事で身内に多大な厄災が舞い降りるとかも無い。
ただ不思議なことに、全員が全員、名を騙る行為はダメな事だと認識していたのだろう。それも無意識に。
「僕的には悪ふざけで済んで欲しかったんだけどね。どうやらその八重垣 肇は僕たちを狙って東京付近まで近付いて来ているらしい」
どうして今になってなのか。計画の実行が近い今頃になって現れた“八重垣 肇”と名乗る人物。
偶然か必然かは分からないが、厄介なことには間違いない。
「もし計画に支障を齎す存在であるなら、空木結真よりも先に、その八重垣 肇を殺す」
「そう、なら八重垣 肇の件は貴方とそこの坊やにお願いするわ。私は空木結真にしか興味がないから」
そう言って、細く滑らかな指先が一人の少年を指差す。
差された場に居るのは見た目からして中学一年生辺りの子供。とても魔術師とは思えないその風貌は、彼の持つ魔術が関係しているらしい。
「え〜、僕ぅ?僕も妖術師と戦いたい〜!!八重垣とか言う訳分からないヤツと戦うのはつまんない!!」
「………アンタ、元々は成人済みの男性でしょ。蜃気楼で気味悪い姿見してないで、いつもの方に戻ってくれないかしら」
この少年の外見は中学一年生のように見えるが、その中身は20歳を過ぎた大人。
彼の持つ魔術“蜃気楼”によって空間の認識を阻害し、視覚からの情報を大人から子供へと変換させている。
「それは言わない約束でしょ〜?僕だってなりたくて大人になった訳じゃないんだからさ!!………それとも、生きながらかつての願いを叶えた僕に嫉妬しているのかい?」
「…………っ」
願い。
魔術師の願い。
今を生きる魔術師、そして儚くも散っていった魔術師には、それぞれ願いを抱えていた。
強くなりたい者。富を手に入れたい者。支配者になりたい者。弱くなりたい者。この世界から逃げ出したい者。誰かを笑顔にしたい者。好きな子に振り向いて欲しい者。自由が欲しい者。死にたい者。生きたい者。戦争を起こしたい者。妖術師を殺したい者。殺人を犯したい者。正義を貫きたい者。怪我を治したい者。
魔術師とは欲深い生き物だ。その願いが果たされた時、魔術師は魔術師として大きく成長する。
身長が伸びた。などの成長ではなく、扱う魔術師の解釈が膨大に広げられ、魔術としての本当の力を発揮出来るようになるのだ。
そして目の前にいる魔術師こそ、その願いを叶え、魔術師の中でもトップクラスに実力を持つ“焔系統魔術師”。
「あははははは!冗談だよ、“空間支配系統魔術師”さん。でもまぁ、君が死んじゃったのは事実だから僕を睨むのはやめて欲しいなぁ」
死人に口なし。焔系統魔術師はそう言いたいのか、言葉の最後の辺りで表情が強ばる。
圧倒的実力を誇り、魔術師としての格が違う相手に対して、これ以上の刺激は自分の首を絞める行為。
そう理解した空間支配系統魔術師はため息を付き、呆れ顔をしながら右手をブラブラさせ、敵意無しのジェスチャーを取る。
「………計画実行まであと僅か。完璧に遂行する為にも、不安要素は全て取り除きたい。―――京都で交戦中の孤影系統魔術師には、僕と空間支配系統魔術師が手を貸す。焔系統魔術師は先に東京で準備を頼むよ」
「撤退や移動の事を考えれば、その組み合わせが妥当か〜。じゃあ仕方ない、準備の方は手短に済ませとくから」
任せて、と意気込む焔系統魔術師。
その横に居た空間支配系統魔術師は立ち上がり、片手に持っていた扇子を広げて“入口”を開く。
繋がれた“入口”の先、中は真っ暗闇で何も見えはしないが、再現系統魔術師は気にすることなく、“入口”へと足を運ぶ。
空間支配系統魔術師が入ると同時に“入口”が閉まり始めた瞬間、向こう側にいた焔系統魔術師がひとつの駒を投げ込んだ。
その駒の色は黒でも白でも赤でも青でも紫でも無い。灰色に汚く染まった、ナイトの駒。
「これはまた、とてつもなく厄介な人が現れた様だ」
灰色の駒を右手で包み込み、再現系統魔術師は真っ暗闇の中で“入口”から“出口”へと手を伸ばす。
開かれる門、差し込む光。その先にあるのは戦場であり、これから出会うは大罪を背負う者共。
そして、中でも最も重い罪を科されるのは灰色に染まったナイトの駒。断罪を望む者が断罪される側へと回る。
「―――あの時の続きをしよう。無垢の陰陽師」
再現系統魔術師はそう言いながら、空間支配系統魔術師と共に、“出口”へと繋がる眩い光の中へと姿を消した。
コメント
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第二章 33.5読了…!「東京決戦前夜」ってタイトルからして緊張感がすごいね。チェスの駒で家系図や関係性を表現する演出、めっちゃ好きだよ。紫(空木結真)、赤(美里)、青(肇)って色分けもオシャレで、それぞれの立場が伝わってくる。最後の灰色のナイトの駒…「断罪者が断罪される側に回る」って台詞が重くて、ゾクッとした。あの時の続きをしよう、って言葉も気になる。結真の過去とか、八重垣を名乗る人物の正体とか、伏線がどんどん繋がっていく感じがたまらないね。次が待ちきれない🥀