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( ´ཫ`)有り難き幸せ(_;´꒳`;):_
きゃぁぁぁぁぁえみすば居った〜大好きなemさんの1人です!! まじありがとうございます
※軍パロ
※本人様達とは一切関係ありません。
ワンクッション
雨の日の匂いは嫌いだ。
特に春の雨は嫌いだ。
湿った空気感も、鼻腔をくすぐるほのかな土埃の匂いも、大嫌いだ。
あの人がいなくなってしまった時に感じたすべての感覚が、何もかも大嫌いだ。
春の雨の日に、エーミールが消えた。
いなくなってから発覚したのは、エーミールが別組織からのスパイだったこと。
だが、ゾムにとって、そんなことはどうでもいいことだった。
エーミールを連れ戻してくる。
それだけを書き残し、ゾムもまた、軍から消えた。
トントンがすぐさまゾムを連れ戻そうとしたが、グルッペンがそれを止めた。
「アイツらの好きにさせぇ」
トントンにはグルッペンの真意がわからなかった。
ただ、どこか寂しそうなのに何故か嬉しそうに微笑むグルッペンの顔を見ると、何故かはわからないまま、
「Ja.meiner Führer」
と、苦笑い浮かべて敬礼した。
エーミールを探すなかで、ゾムが行き着いたのはB国だった。
かつて、首都郊外大学で教鞭を振るっていたというエーミール教授の話を聞きつけ、ゾムは大学に足を運んだ。
当然、現在エーミール教授はいなかった。三年前に軍の上層部に連れられていき、それきり見かけないという。
イヤな予感がゾムの脳裏を駆ける。
三年前と言えば、エーミールがW国来た時期だ。
やはりスパイやったんか。
同時に何かに違和感を覚えたゾムは、もう一度学生達に尋ねる。
「エーミール教授は、確かに大学に戻っとらんのやな?」
学生達は大きく頷いた。
違和感は確証に変わった。
これ以上大学を調べても無駄と悟ったゾムは、どうやって軍施設に忍び込むかの算段を考えながら、大学構内を歩いていた。
その時すれ違った背の高い男性の気配に、ゾムは思わず男の腕を掴み、引き寄せた。
「エーミール!!」
ゾムが掴んだ男は、確かに背丈はエーミールに似ていたが、ライトブラウンの短い髪にライトブラウンの瞳。そして驚きで丸くなった目にかかる丸い眼鏡が、明らかに記憶のエーミールとかけ離れている。
縋り付くゾムに訝しげな顔をし、男はゾムに恐る恐る話しかけた。
「……どこのどなたかは存じませんが、私は客員教授の江見と申します。
恐らくは…人違いかと」
江見教授は突然の珍客をどうしていいのかわからず、困惑顔で周囲を見回したが、辺りには誰もいない。
「エーミールやん…。エミさんやん。エミさんやん……」
「ずっと…ずっと探しとったんやで……?」
江見の腕を離さず、涙声で訴えるゾムの扱いに困り、江見はオロオロするだけだった。
「人違いなんですけど…困りましたね。とりあえず事情伺いますから、向こうのベンチに…。バナナ食べます?」
「食べる」
やっと人の話を聞いてくれた闖入者に、江見は天を仰ぎ深いためいきを吐くと、泣きじゃくるゾムをベンチに連れて行った。
何とかゾムから事情を聞き出した江見は、とっ散らかったゾムの話を頭の中でつなぎ合わせ、曇天を仰いだ。
「……雨が降りそうですね」
「エミさん…、エミさんなんやろ?なぁ…」
「申し訳ありませんが、先程から何度も言っている通り、人違いです。江見…と言うと、その方と音が被りますので、スバルとお呼びください」
「俺がエーミールを間違うはずないやんかッ!W国でいっつも一緒に、任務こなしとったろ?」
「ゾムさん、しーーーーッッ!!」
突然叫び声を上げるゾムを抑え込み、江見は警戒するように周囲を見渡す。
「……誰にも聞かれて…ませんね。勘違いだとしても、大声で言うてええことではないでしょう」
安堵のため息とともに、江見はゾムを嗜めるように小声で諭した。
湿り気が上がり、埃っぽい匂いが充満してきた。顔や手に、小さな雨粒がポツポツと落ちてくる。
「……春の雨は嫌いです」
江見は小さくそう呟くと立ち上がり、ゾムの方へと振り返った。
「ともかく。私の名前は、江見スバルです。残念ですが、貴方の探している人物ではありません」
「……わーった」
ゾムはフードを顔の方まですっぽりと覆うと、ゆっくりと立ち上がった。
「ひとつだけ言わしてくれ、江見教授」
「何でしょう」
「俺は……、自分の名前、名乗ってへんで」
「!!」
江見の顔に憔悴が浮かび上がる。
同時にゾムが腰から、アーミーナイフを抜き放った。
「よっぽど慌てとったんやな。そのせいで、うっかり俺らの言葉も出てもうてた。そういうとこやで、エミさん」
「ゾム…さん…」
見る見る顔色が青くなる江見教授……エーミールに向けて、ゾムの刃が向けられた。
フードの影から、黄緑色の双眸が殺意を帯びてエーミールを睨みつける。
エーミールは覚悟した。
ゾムさんなら……
ゾムさんに殺されるなら……
子供達も……助かる…かも…
エーミールは全ての抵抗を止め、ゆっくりと瞼を閉じた。
ゾムの動く気配がした。
エーミールの喉を掻き切ると思われたナイフは
エーミールのはるか先にある木陰に向かって投げられた。
隠れていた男の胸に、ゾムの持っていたナイフが深々と刺さり、男は斃れた。
「隠れて見張っとったつもりやろけど…、殺気はビンビン感じとったでッ」
ゾムがポケットから手榴弾を取り出しピンを抜くと、エーミールが慌てた様子で手榴弾とピンをゾムからぶん取り、ピンを挿し直した。
「校内で爆弾はアカン、ゾムさんッ! 子供ら…生徒達を巻き込んでまうッ」
「フーン……。そーゆーことか」
全てを察したゾムは口角を上げて笑うと、エーミールにもう一本のアーミーナイフを投げ渡し、自らも投げナイフを手にした。
「ソイツ貸すから、自分の身は自分で守りや」
自分のナイフをエーミールに預け、ゾムは素早く残った見張りを掃討していった。
生温かい雨の中、エーミールはゾムに手を引かれるままに走った。
「グルッペンとオスマンさんには、すでに事情は伝えた。マンさんが、B国上層部に圧力かける言うてたから、学生達はもう大丈夫や」
「大丈夫…なんや。よかっ…」
学生達の無事を保証され、エーミールの緊張の糸が一気に解けた。
泣きそうになるエーミールを、ゾムが両頬を押さえつけて止めに入った。
「泣くのは国に着いてからにしてくれ。まだ国境にも着いとらん」
「しかし…、国境はまだまだ遠いですよ?」
突然、ゾムとエーミールの走る前を、軍用ジープが遮り、停車した。
「! 貴方達は……」
「やぁ、困りましたね、ロウ君。見回り中に、手配犯に銃を突きつけられてしまいました」
「大変なことになりましたねぇ、チュン君。人質のエーミール教授と一緒に、車で国境に連れて行かないと、ボク達も殺されてしまう。コマッタナー」
「ああ、コマッタナー。コマッタナー」
突然現れた若い軍人の三文芝居に、ゾムが訝しげな顔を浮かべてエーミールの顔を見る。
若い軍人が小さく手招きする仕草を見て、エーミールは苦笑を浮かべ、小声でゾムに囁いた。
「大丈夫。彼らは教え子なんです。ゾムさん、テロリストっぽく振る舞って、あの車乗っ取ってあげてください」
「な〜るw おい、オマエラー。国境まで走れやーw 行かんとプスプス刺すでーw」
「あーれー。おたすけーw」
「すぐに車を出しますので、命だけはオタスケヲーw」
「ここで大丈夫や。おおきにな、軍人さんたち」
「ロウ君、チュン君、ありがとうございます。助かりました」
「いいえ。僕らはただ、誘拐犯に脅されていただけなんでw」
「教授もテロリストさんも、どうかお元気で」
「ありがとうございます。二人とも気を付けてお戻りください」
「ありがとう、教授。貴方の教えてくれたこと、生涯忘れません!!」
「無事な帰国を祈ります。さようなら!!」
そう言うと若い軍人達は、エーミールとゾムに手を振り、茂みの向こうへと消えていった。
霧のような小粒の雨が、エーミールとゾムの頬を濡らす。
「ええ子らやったな。エミさんが大切に思ってたんも…わかるわ」
「……春の雨は……嫌いなんです」
エーミールの頬が濡れているのは、春の雨のせいだけではないと、ゾムは思った。
「温かい雨は…いつも別れを告げに来る…。せやから、春の雨は…嫌いなんです」
「せやなぁ。俺も…キライやった」
エーミールの独り言に、ゾムも同調した。
「エーミールを連れ去った、春の雨の日がキライやった」
「……ごめんなさい、ゾムさん……」
別れの言葉すらなく消えたこと、きっとゾムは怒っているだろう。
事情があったとはいえ、裏切ってしまった事を、グルッペンを始め他の幹部達はどう思っているのか。
本当にゾムと『帰って』もいいものなのか。
「今は俺、春の雨、好きや。エーミールを戻してくれた、恵みの雨や」
ゾムが笑う。
顔いっぱいに、満面の笑みを浮かべて。
「私は……やはり嫌いです」
エーミールは笑顔を浮かべながらも、俯いて答える。
「そっか …。今日は、四月一日…。エイプリルフールの日やったな」
「へ?」
ゾムの言っている意味がわからず、エーミールの口から変な疑問符が出る。
「『春の雨がキライ』言うエーミールの言葉、これウソやろ?」
「は、はぁッ?!」
「俺らの国に戻れる日が、キライなワケないやん!だからそれ、エミさんのエイプリルフール発言に決定!」
「勝手に決めんといてください!」
「エミさんばっか、エイプリルフールしとってズル〜い。俺も何か言おうっと」
「ウソって、宣言してから言うもんやっけ?」
エーミールがゾムに聞こえるか聞こえないかの小声で、ツッコミを入れる。
「俺、エーミールのことキライやからな。一緒に国に帰ってやらん!」
「は? え?」
春の雨を吹き飛ばしてしまうかのような、満面の笑顔を見せるゾム。
眩しすぎるゾムの笑顔と言葉に、エーミールは戸惑いを覚えた。
「え…と、ウソ言うて言った後で、私のことキライで…国に帰ってやらん……って。ええッ?!」
エーミールは瞬時に顔を真っ赤にし、慌てふためく。
そんなエーミールの様子を満足気に見つめ、ゾムは愉快そうにエーミールに手を伸ばす。
「行くで、エミさん。国境越えたら、仲間が待っとるって、グルッペンが言うてた」
「……はい!」
エーミールはゾムの手を取り、共に茂みの中を走っていった。
雨の日の匂いは好きだ。
特に春の雨は好きだ。
湿った空気感も、鼻腔をくすぐるほのかな土埃の匂いも、……大好きだ。
【終】
書いとる合間に寝落ちて、四月一日とっくに過ぎてました。サーセン。