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バサっと、大量の書類が机の上に置かれる。
「君の担当はB型からだ。それぞれの細かい能力と性格などが記載されている。全て頭に入れ、個人の能力を活かせるように指導をしてくれ」
「わ……分かりました……」
最初はこなせる気がしなかった。
だけど私たち姉弟は、ここで育てられた恩がある。
そして、幼かった弟の代わりに稽古をつけられ、UT変異体育成においての任務をこなせるよう、特殊な訓練を受けさせ続けられた責務もある。
「鮪美斗真!! 貴様はもっと強気な構えを取れ! 受け身が身に付いていたら死線は生かせないぞ!!」
「ロドリゲス・フォードマン!! 貴様は1000本射撃を命中させるまで他の物を見向きもするな!!」
「グド!! 貴様は常に視線を周囲に向けろ!!」
しかし、やってみると、この仕事は私に向いていた。
能力を把握し、その者の得意を伸ばすと言うことは、逆説的に、その者の”弱点”と向き合うことと同じ。
それは、私が幼い頃に得意としてきたものだった。
「聞いた? 最近訓練員になった佐藤さん……。すごく偉そうでUT変異体を降りた人もいるみたい……」
「なんか話し掛け辛いって言うか、怖い感じだよね。いつも目付き鋭いし……付き合いも悪そうだよね」
UT技術に携わる人には、老若男女、様々な人が様々な分野で活躍していたが、私のように若い女が訓練士を務めることはなく、常に浮いた存在だった。
しかし、そんなことはどうでもいい。次にどんな訓練に臨ませるか、私の頭はそればかりだった。
そんなある時、書類に目を通しながら食堂でサンドイッチを貪っていると、とある女性に話し掛けられた。
「アンタ、昼はいつもそういうの食べてるわよね」
ふと目を送ると、エプロン姿の老婦の姿が映る。
「お気になさらず。時短になるので」
しかし、老婦は弁当箱をドサっと置いた。
「食べな。アンタの分も作って来たんだ。残したらこの材料たちに悪いと思うだろ?」
私は困惑気味に「はぁ……」と一言、箸をつけた。
その手料理は、美味しかった。
彼女は船橋 緑という女性で、私と同じUT変異体の育成班として働いているらしい。
一つ違う点は、私は訓練担当で、彼女は生活支援が担当だったこと。
つまり、会える機会は昼食時のみだった。
――
「しかし、本当に手に掛けるとは思いませんでしたよ、先生」
私の背後から音も立てずに現れたのは、
「やはり貴様が潜り込んでいたか、UT刑務局 局長……ブライト・D・ローガン……」
「もう、緑さんを抹殺するのはやめませんか? 裏は取れました。暗躍して、情報を回していた人物がいた。俺たち警察は、そっちを捕まえる方が優先でしょう……!」
「じゃあ……結局は本当だったんだな……?」
「は、はい……?」
「緑さんが、異世界の人間たちを庇護していた事実は、お前の潜入を持って、確固たるものになった」
「それは……。その通りでした……。書類を確認しましたが、恐らく奴らは異世界の人間です……。だけど、悪い奴らじゃない……!」
「だから、お前の部下たちは反旗を翻した。やはり、上司が上司なら、部下も部下だな。最初に下された命から背くとは……愚かなことだ」
「先生……!!」
「お前も、部下たち同様、処罰の対象になりたくなければ、まずは部下を止めることだな。去れ」
――
「僕と姉さんは、二人で育ったんです。両親が殺され、引き取ってもらえる場所もなく、山奥でひっそり。姉さんは何か知ってるのかもしれないですが、僕が物心ついた頃には既に、山での生活が当たり前でした」
学の話を聞きながら、鮪美はタバコに火をつけた。
「こんな時代、山なんてどこもかしこも衛星で見張られてる。世界が手を取り合った現代、施設に金が行き届かねえなんてことも有り得ない。お前の姉貴……女騎士の話は、恐らくお前に信じ込ませる嘘だろう。お前たちが二人きりになる前に……何かがあったんだ……」
「まさか、学がサバイバル児だったとはなー。そんで、二人はどうやって生活してたんだ?」
「はは……お恥ずかしい話、やはり僕には戦闘のセンスはなくて……。姉さんがいつも食糧を取って来てくれていたんです。凶暴な獣に、野鳥、ある時は街まで降りて、盗みを働いてまで僕に食べさせてくれていました」
「ガキの盗み……。まあ、先生の腕っぷしからして、あり得ない話じゃないっスけど、それを政府が黙認していたっつーのも引っ掛かりますね。そんな身のしれねぇガキが盗み働いてんなら、警察動かしてでも保護しに行くのが普通だ……」
いつの間にかガムを口に含み、ぷ〜っと風船を膨らませながら、ロスタリアも言及する。
「それが……僕の知る限り、僕たちが引き取られるまで、そんな人たちが現れることはありませんでした……。だから僕は、姉さんの持って来た食材で調理したり、廃村の中で見つけた工具で、姉さんの鎧や武器を作ったりしてました。今の僕が発明家としてあるのも、姉さんのお陰なんです……」
一頻り、学がUT技術班に引き取られるまでの話は聞き終え、俺は身体を伸ばしながら立ち上がる。
「ま、うん十年も前のこと、今は知らねぇや。ただ、今やるべきことだけは分かってるよな、学」
学は真剣な目で、俺の目に無言で答える。
「お前の姉ちゃん、止めに行くぞ」
もう話は、ババア抹殺の阻止だけではない。
ルリを置いていけば、かなりの戦力は落ちるが、バリアを張って守ってくれるし、治癒魔法も使えるから、今の地球人が抹殺できることはまずない。
次にやるべきは、もう見えていた。
俺と学が歩き始めると、ロディと、UT刑務局の二人は、後を追うように歩き始めた。
「いいのか? お前らは今回の件、関係ないだろ」
「友が行くは修羅の道。その横にこの俺がいないでどうする?」
ロディは前を向きながら、格好付けて答えた。
「ふっ、珍しくちゃんと格好いいじゃねぇか。お前の見たことねぇ力も、今回は拝めるかもな」
その少し背後で、鮪美はタバコを消しながら答える。
「俺とこの犯罪者は、少なくとも先生の訓練の下でUT変異体としての能力を強化させた。先生は厳しかったが、常に正しかった。ロクでもなかった俺を最初に向き合ってくれたのは、あの人だった」
「俺はA型ですぐ処分されたんで、別に思い入れとかはないっス。どちらかと言えば、今回はUT特殊部隊との交戦になりそうじゃないっスか。本来、UT特殊部隊とは連携する形を取る俺たち……剣を交える機会なんて他にないんスよ」
「お前はただの戦闘狂じゃねぇか」
「まあまあ、俺より後に生み出されたUT変異体は、なんとなく全員、癪に触るんスよ。ただの私怨っス」
そう言ったロスタリアの目は笑っていなかった。
「ほんじゃまあ、抹殺されちゃう前に乗り込みますかー。赤城門……」
ユニバース・トーキョー、中心に位置する巨大なビル。
宇宙の技術者や、地底人、海底人との交流、全てを行い全てを指揮する日本の中央、赤城門。
俺たち反乱分子は、その目の前にて武器を構える。
「これより先には行かせられませんね……。赤城門で暴れられたら、天界人の精鋭部隊が駆け付けてしまう。そうなってしまえば、恐らく爆心地となるでしょう」
目の前に立ちはだかるは、UT特殊部隊より、総隊長ビアンカと、中隊長アリス。
「お前たちは先に行け」
鮪美の言葉に合わせ、ロスタリアはペロリと舌を出す。
「通れると思っているんですか? ブライト局長殿が不在の中、君たちだけで僕を引き剥がせるとでも……?」
ニヤリとした表情から一変、睨みを効かすビアンカに、鮪美は汗を滴らせる。
「通れるともさ」
そう言い、俺と学の方を掴んだのは、ロディ。
「初めてお目に掛からせてやろう、私の新なる技を!」
ヒュン!!
ロディの掛け声と共に、俺たちは赤城門の街すら超え、中央タワーの屋上に立っていた。
「ロディ……これ、お前……テレポート使えんのか……?」
「ふっ、テレポートではない。これは、周囲の空間と風を操り、瞬間移動したかのように見せる能力……。いや、能力と能力を掛け合わせた、まさに私にしか出来ない技だろう。ビアンカも、これでは抑え切れまい」
しかし、屋上には既に、白銀の女騎士、佐藤歩と、その部下と思える隊士たちが待ち構えていた。
「ロドリゲス、貴様の指導は何年も続けて来た。貴様がどれだけ能力を掛け合わせようと、私には貴様の考えが手に取るように分かるぞ」
「ふっ、流石は先生だ。UT特殊部隊の総隊長と中隊長、戦力の半分を赤城門の門前に配置することで、我々が二手に分かれるように仕向けたか。そして、私にはテレポートが使えず、移動手段として『飛んでくる』ことに賭け、ここまで既に手配していたか」
ニタリと、歩とロドリゲスは笑う。
俺と学は、そのやり取りに汗を滲ませた。