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《東京・民放テレビ局/情報番組スタジオ》
「さあ続いては、
世界が注目する<アストレアA計画>についてです。」
カラフルなセットの前で、司会者がカメラを見つめる。
テロップには<人類の拳か、神への反逆か>の文字。
大型モニターには、昨日のルース演説と、
ケープカナベラルのロケット組立棟の映像、
そして反対デモの様子が、早回しのように流れていく。
コメンテーターの一人、宗教社会学者が口を開く。
「世論調査を見るとですね、
<アストレアA賛成>がだいたい五割前後、<反対>が三割弱。
ただ、注目すべきは<分からない>がまだ二割以上いることなんです。」
画面下にグラフが表示される。
司会者が続ける。
「つまり、“宇宙の拳”に期待しつつも、
本当にやっていいのかどうか、
まだ決めかねている人が多い、と。」
「そうですね。
そこに入り込んできているのが、
<黎明教団>のような新宗教です。
<オメガは神の光><宇宙を殴るな>というメッセージは、
恐怖と疲れ切った人の心には、非常に分かりやすく響いてしまう。」
別のコメンテーターが言葉を継ぐ。
「一方で、JAXAやNASAの科学者たちは、
“これはプラネタリーディフェンス、
つまり地球防衛のための現実的な手段だ”と説明している。
でも、その説明がどこまで届くのか。」
画面が切り替わり、
スタジオの壁一面にCGが映る。
<直径220mのオメガと、
小さな箱型のアストレアAがぶつかるシミュレーション映像>
司会者がまとめる。
「人類の未来をかけた“宇宙の一撃”に、
祈りと科学、二つの物語が重なり始めています。」
その“物語”は、
テレビの外の街にも、静かににじみ出ていた。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/正門前》
雨上がりのアスファルトが、薄く光っている。
正門の向こう側に、
白いローブをまとった十数人の集団が列を作っていた。
胸には、赤い円と白い点のシンボル。
<オメガは神の光>
<宇宙を殴るな>
<NO PLANETARY STRIKE>
静かな声で、
同じフレーズが繰り返される。
「祈りましょう……
宇宙に向けた暴力ではなく、
魂の選択を。」
ビラを配る若い女性が、
すれ違う職員に声をかける。
「あなたたちの計算は、
本当に“神の意志”より正しいと言えますか?」
職員は、目を合わせずに足を速めた。
守衛室の中で、 若いエンジニアの男が、窓の外をちらりと見やる。
「……増えてきましたね。」
先輩職員が肩をすくめる。
「昨日までは五人くらいだったのにな。
今日は十人、明日は二十人かもしれない。」
若いエンジニアは、
自分の胸ポケットの社員証をぎゅっと握りしめた。
(“宇宙を殴る”なんてつもり、ないんだけどな。
ただ、計算してるだけなのに。)
その“ただ”が、
誰かには“許せない行為”に見えている。
門の前に警察官が二人立ち、
穏やかな声で呼びかける。
「通行の妨げにならないよう、ご協力お願いします。
道路側にはみ出さないでくださいね。」
まだ、この日は“平和的な祈り”の範囲に収まっていた。
ただ、それがどこまでで済むのか——
誰も、はっきりとは分かっていなかった。
《アメリカ・カリフォルニア州/大学ホール・公開講演会》
満席のホール。
壇上には、スライドを映したスクリーン。
タイトルは<PLANTARY DEFENSE 101:オメガとアストレアA>。
アンナ・ロウエルはマイクを握り、
淡々と説明を続けていた。
「……というわけで、
DARTミッションで得られたデータをもとに、
今回はより大きなターゲットに対して、
“速度をほんの少し変える”ことを試みます。」
スライドには、Δvの数値と軌道の変化グラフ。
客席の一部には、熱心にメモを取る学生たち。
一方で、腕を組んで表情を硬くしている人たちもいる。
質疑応答の時間。
一人の男が勢いよく手を挙げた。
「あなたは、
“神の仕事”を奪おうとしているとは思わないのか。」
ホールの空気がわずかにざわつく。
アンナは表情を変えずに、男を見た。
「私は、科学者です。
私たちの仕事は、
地球に住む人間と、
その未来を守るための“選択肢”を提示することです。」
「選択するのは、
政治家であり、市民であり、
つまり私たち全員です。」
男は続ける。
「隕石が落ちるのは“選別”だ。
弱い文明は滅び、
強い文明だけが残る。
自然の摂理に逆らってまで、
生き延びる価値が人類にあるのか?」
誰かが
「やめろよ」と小声で言う。
別の誰かはスマホを構え、撮影を続ける。
アンナは一呼吸おいてから答えた。
「“価値があるかどうか”は、
隕石が決めることじゃない。
生きている私たち一人ひとりが、
毎日の選択で決めていくことです。」
「私は、
“生き延びるために全力を尽くす”人類であってほしいと思っている。
だから、この仕事をしています。」
男は舌打ちし、
紙コップを床に投げ捨てた。
中のドリンクが飛び散り、 前列の学生が驚いて身を引く。
警備員がすぐに駆け寄り、
男の肩を押さえながら出口へと誘導する。
「落ち着いてください。 こちらへ。」
男はなおも叫ぶ。
「お前らは、地球をもっとひどい目に遭わせる!
覚悟しておけ!」
扉が閉まると、
場内に重い沈黙が落ちた。
アンナは、
散ったドリンクの跡を一瞬見つめ、
ゆっくりと口を開いた。
「……他に質問はありますか?」
その声は少しだけ低く、
しかし揺れてはいなかった。
《黎明教団・東京本部 集会室》
薄暗い部屋に、
蝋燭の火とモニターの光だけが揺れている。
天城セラが、
信者たちをゆっくり見渡した。
「アストレアA。
人類の拳。
プラネタリーディフェンス。」
彼女は一つひとつの言葉を、
噛みしめるように口にする。
「彼らは、“守るためだ”と言うでしょう。
家族を守るため、
国を守るため、
未来を守るために、
宇宙に向かって拳を振り上げると。」
聴衆は黙って聞いている。
若い男性、主婦、スーツ姿の会社員。
顔つきは様々だが、 目だけが同じようにじっとしていた。
セラは、静かに続けた。
「でも、思い出してください。
私たちの歴史の中で、
“守るためだ”という言葉が、
どれほど多くの暴力を正当化してきたかを。」
「オメガは、
私たちに<変わりなさい>と告げる光です。
古い価値をリセットし、
選ばれし魂が目覚めるための機会です。」
彼女は、ほんの少しだけ声を強めた。
「その光に、
爆弾や金属の塊を投げつけようとする者たちがいる。」
「黎明教団は、
それに<ノー>と言います。」
後列の若い信者が、不安そうに手を上げる。
「でも……
もしアストレアAが成功したら、
“科学が正しかった”ってことになるんじゃ……?」
セラは微笑んだ。
「<正しい>とは、
“今、生き残ったほう”の物語が後からつけるラベルです。」
「大事なのは、
私たちが<どんな魂で決断したか>。」
「あなたが“オメガに手を出してほしくない”と願うなら、
それは尊い祈りです。」
彼女は、
そっと両手を広げた。
「祈りは、
ただ座っていることだけを意味しません。
立ち上がり、
声を上げ、
時に、
“光に向かって走るロケットの前に立つ勇気”もまた、
祈りの一つの形です。」
信者たちの目の色が、
わずかに変わっていく。
(その一言が、
後にどんな行動を生むことになるのか——
この時点で、
セラ自身も正確には予想していなかったのかもしれない。)
《総理官邸・執務室》
サクラのデスクには、
国内外の治安状況レポートが積まれていた。
藤原危機管理監が報告する。
「黎明教団をはじめとした宗教系団体による、
宇宙ミッション反対の動きが、
各国で目立ち始めています。」
「日本国内では、
JAXA施設前での静かなデモ、
SNS上での“発射阻止”を呼びかける投稿。
現段階では、
直接的な暴力行為は確認されていませんが——」
サクラは、眉間を押さえた。
「“今のところは”、ね。」
中園広報官が口を挟む。
「アストレアAが“希望の象徴”として持ち上げられるほど、
“それに反対すること”は
“救世主的なポジション”だと勘違いする人も増えます。」
「“科学者を守る”というメッセージも、
どこかで出した方がいいかもしれません。」
サクラは、
机の上のペンを転がしながら考える。
「祈る自由も、反対する自由も、
この国では守られるべき権利よ。」
「でも——
誰かを傷つける“自由”だけは、
絶対に認めない。」
「JAXA、大学、
アストレアAに関わる研究者とその家族の安全確保。
警察庁と連携して、
もう一段階上の警戒レベルに。」
藤原が頷く。
「了解しました。」
サクラは窓の外を見た。
夜の東京タワーが、 いつもどおりの光を放っている。
(この光が、
いつまで“いつもどおり”でいられるのか。)
(宇宙に向けて上げた拳の影が、
地上の誰かを殴り返すことにならないように——
私たちはどこまで、
踏ん張れるだろう。)
その日、
アストレアAは静かに準備を進め、
黎明教団の祈りの声は静かに増えていた。
まだ、
科学者が実際に襲われる事件は起きていない。
だが、
「言葉」と「祈り」と「怒り」の境界線は、
少しずつ、 誰にも分からない場所へとにじんでいった。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.