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──アリエッタ達のいる場所から遠く遠く離れた場所、山に囲まれたとある地方にて。
「どうだ進捗は」
「はっ。ワグナージュの技術を応用し、このボールの中に、5人を収納可能にしました」
「ふむ、使ってみよ」
「はっ」
部下の男の手には、大人が片手で掴める程度の大きさの球が握られている。それは白く機械的で、1カ所だけ黒い宝石のようなものが埋め込まれている。
「ではそこの5人、中へ」
『了解』
命令を出されたシャダルデルク人の5人は、順番に球の黒い部分に触れた。すると、その体は球の中に入っていった。
「中からは外の様子は見えるのか」
「ええ、少し窮屈な居住空間のようになっています。影の上に置けば、中から外の影へ直接移動も可能です」
「……十分だ。これならばどこにでも侵入し、ファナリアの各国を落とす事も容易いな」
シャダルデルク人は影の中を移動可能なので、侵入や暗殺などに向いている場合が多い。もちろんそんな危険思考を持つ者は、どのリージョンからも警戒されて、リージョン間移動はお断りされるようになる。
「ククク…暗殺者を密輸する目処は立った。まずはエインデル城で実験といこうか」
「いよいよですね! 全てのリージョンを征服したら、彼女とか出来ますかねぇ。うひひ」
「ははは。女なぞ、10人でも20人でも作ると良い」
男達は窓の外を見て、不敵な笑みを浮かべた。
その時、遠くの空に何かが見えた。
「ん?」
黒いリング状の何かが、連続して広がっているように見える。
それが急激に大きくなっていく。
「なんだ?」
男は目を凝らした。黒いリング状の何かの中心に、青と黄色の小さな物体が見えた気がした。そして……──
後日シャダルデルクでは、大ニュースが取り上げられた。
『爆発事故か神の裁きか!? リージョン侵略の秘密結社、その技術部らしき研究所、山岳ごと壊滅! 突如出現した巨大な謎のクレーターとは?』
その原因解明は、学者達の永遠の研究テーマとなるのだった。
ミューゼは見た。アリエッタの前にある線を。
パフィは…どうしたら良いのか分からないので、笑顔で拍手した。
そしてエルツァーレマイアは、アリエッタの筆で絵を描きあげた。
(うむ、これで私も立派なアリエッタね!)
パフィを見てニコリと笑う。
「流石アリエッタなのよー。凄いのよー。素晴らしいのよー」
とりあえず褒めちぎってみたようだ。若干棒読みである。
「ね、ねぇ。これってどーゆー事?」
「アリエッタが絵を描いたのよ。凄いのよ?」
「なんかもう色々凄いというか、どれに対して凄いって言えばいいの?」
「……アリエッタ可愛いのよー」
パフィは考えるのを放棄した。
その笑顔を見て、エルツァーレマイアはさらに得意気になる。精神のアリエッタはというと、悲しみから喜びに変わった反動からか、間近に見えるだけのパフィの顔を直視出来ない程、1人で照れていた。
(なんか褒められたみたい。よかったねアリエッタ!)
《すぐ近くにみゅーぜとぱひーがいるぅ~。今出たら恥ずかしくて死んじゃうよぉ~》
まだ1年も経っておらず、前世の記憶はしっかりと残っているというのに、大人らしさと男らしさはマイナスに大きく振り切れてしまったようだ。
今は危険な事態という事は分かっているので、エルツァーレマイアも交代する気は無い。
(それじゃあ、あの男の人にオシオキしなきゃね。アリエッタを泣かした仕返しくらいはしておかないと)
1人で気を取り直し、目の前にある絵に向けて筆をかざした。
「空中に絵を描くなんて、今までやらなかったよね!?」
ようやくミューゼが、その事実を口にする事ができた。
そう、エルツァーレマイアが絵を描いた場所は、地面でも紙でもない。自分の目の高さ、何も無い空中だった。
パフィはその絵を、不思議そうに睨んでいる。
「でもこれ何なのよ? 生き物なのよ?」
「……さぁ。液体…じゃないよね? アリエッタ、これなーに?」
紫色の線によって描かれたモノ。線はフニャフニャで、中心には楕円…らしきものが描いてあり、先端には尖っているものが付いていて、近くに点が1つ。さらに楕円から上下に向かって、ちょっと反り返ってみえる何かが広がっている。そしてその線の内側は、黄色で雑に塗られている。
「むふん!」(さぁいけ鳥ちゃん! あの男の人をツンツンしておいで!)
どうやら鳥だったようだ。続いてもう1回絵を描き始めた。もちろん空中に。
そしてその鳥?が飛んでいった先、魔王はというと……
「なんだこれはああっ!? 消えろ気持ち悪い!」
突然飛んで来たソレに、慌てて応戦し始めていた。驚きのあまり、怒りが吹き飛んでいる。
魔法を放つも、至近距離で簡単に避けられてしまう。黄色を使っているので動きはとにかく速いようだ。
魔王は魔力を手元に収束させ、盾のようにして防ごうとした。
「一体なんだというほぎゃああああああっ!?」
いきなり背後に回り込まれ、とうとう突かれてしまった。よりによってダメージを負ったばかりのお尻を。
慌てて自分を障壁で囲い、空中で四つん這いになる魔王。流石にちょっと涙目である。
割と近くで見ているネフテリアとオスルェンシスが、哀れみを込めた優しい目で見ている。
「くそっ…くそぉっ!!」
魔王の心は折れそうになっていた。
「あのガキか? 滅茶苦茶だ……元の時代に帰りたい……」
ちょっと折れているかもしれない。
戦いの時代に生きた真面目な者にとって、料理や意味不明な物体でいいようにやられているというのは、耐えがたい衝撃なのだろう。しかもやられ方が情けない。
しかも魔王からしてみれば、確実に消した筈の女達が無傷で動き回っているのだ。プライドまでもが限界を迎えそうである。
「ククク…俺はもう駄目なようだな。本当の意味で時代遅れというやつか」
涙を流しながら、ついに悟り始めてしまった。相当お尻が痛いのだろうと思い、ネフテリアが思わず目を逸らしてしまう。
「ふん…せめて最後に少々驚かせてやろう。例え前時代的であろうとも、魔王ギアンとして華々しく散ってやろうではないか」
魔王としてなのか、このまま何も成果を上げずにやられる気は無い様子。その志は立派だが、ずっとお尻を押さえたままだ。
しかもエルツァーレマイアが描いたおかしな物体が、ずっと障壁をツンツンしている。魔王はそっちを見ないようにしている。見た目がグチャグチャなせいか、ちょっと怖いようだ。
「さて、どうするか……ん?」
ここからどう切り抜けようか考え始めた時、前にある黒い壁が地面に消えた。その向こうに姿を現す3人娘……と、またしてもよく分からない何か。
『いけっ! ネコちゃん!』
唖然とするミューゼとパフィの間で、エルツァーレマイアが叫んだ。
その声に応え、目の前の大きな絵が動き出す。
「ひぃっ!?」
「何あれ気持ち悪っ!」
魔王が悲鳴を上げ、ネフテリアが思わず嫌悪感丸出しで叫ぶ。
空中を走り出したそれは、フニャフニャな線で顔?の輪郭が描かれ、妙に尖った三角が上側の端に2つある。その顔らしき両側から飛び出たフニャフニャな線が下に向かって伸び、脚と思われるものが4本、横並びについている。そして細長いモノが上に向かって1本だけ伸びていた。どうやら猫の絵らしい。それも正面からみた図で。
色は先程と同じ紫の線と黄色の塗りだけなので、動きが速い。それが一層不気味さを醸し出している。
(私だってなかなかやるもんでしょ)
残念ながら、ドヤ顔になっているエルツァーレマイア画伯には、絵心が全く無かった。
なんだかよくわからないフニャフニャな輪郭の猫…に見えなくもないかもしれない平面の何かが、足らしき部分をバタつかせながら、高速で魔王に向かっているのだ。しかも「ニョゲ~~~」と声を発している。
「ぅおえああああ~~~!!」
あまりにも気持ち悪いそれに襲いかかられた魔王が、威厳ゼロの悲鳴を発し、腰を抜かしてしまった。
猫?はそのままの勢いで体当たり。なんと魔王の魔力障壁をあっさり砕いてしまった。その無駄な強さがますます恐ろしさを演出する。
そしてそのまま平面の体を曲げて、魔王にくっついた。
「ひいいいいい!?」
「だ、大丈夫かな、魔王……」
ついにネフテリアが魔王を心配しだした。それ程までに可哀想な光景なのだ。
しかも追い打ちで、障壁を突いていた鳥?の絵が、魔王のお尻に再度刺さる。魔王は声にならない悲鳴をあげた。
さらに猫?は尻尾と思われる長い部分を曲げ、それを大きく開いた魔王の口に突っ込んだ。
「ほごほぉっ! からっ…からあああああ!!」
「えっ、辛いの?」
絵の線は、紫色で描かれている。その特性は……
(どうかしら、紫の『痛み』は。これでアリエッタの仕返しもバッチリね!)
紫は痛さを及ぼす攻撃的な色だった。口の中に入れてしまえば、それは辛さとして認識させる事も可能。いきなり味の無い唐辛子などを突っ込まれたようなものである。
気絶や泣かした仕返しにしては、かなり酷い気はするが、離れた場所ではしゃいでいるエルツァーレマイアからは、そんな魔王の状態は見えていない。
「えーっと、そろそろ終わりにしようか?」
「そ、そうなのよ。アリエッタ、めっなのよ。子供って残酷なのよ……」
(ん? 何かダメだったのかしら? うーん、とりあえず下に降ろしてあげたほうがいいかな?)
エルツァーレマイアが猫?を操作して地面に降ろし、全員が魔王の元へと集まった。
絵にホールドされたままの魔王の顔は、涙や涎でグチャグチャになっており、足元からゆっくりと紫色の光になって消えかかっている。
『うわぁ……』
(えっやばっ、ちょっとやり過ぎた?)
大人達の引く声が、エルツァーレマイアにやり過ぎだという事を気付かせた。これではアリエッタが悪い子になってしまうと思い、焦り始めている。
「えっと、うちのアリエッタがごめんなさい」
「……謝るな。余計みじめになる。いっそ殺してくれ」
魔王は早く消えたいと思っている。
徐々に体も消えていき、痛かった下半身の感覚がなくなった事で、少し安らかな顔になった。
「……時の流れというのは怖いな。俺のような魔王が再び生まれていない事を願うぞ」
「安心して。歴史上貴方が唯一の魔王だから」
ミューゼとネフテリアは、今になって魔王ギアンが純粋な悪だとは思えなくなっていた。何か悪として生きなければいけない理由があったのかもしれない。しかし、それを聞き出す時間はもう無いようだ。
魔王の体はもう胸元まで消えている。最期に魔王に声をかけたのは……よりによってエルツァーレマイアだった。
(これ精神体だったのね。流石に悪い事したかも……せめて最後には元気になるよう慰めてあげましょう。たしか……)
エルツァーレマイアは魔王の顔の近くに移動し、しゃがんだ。
「なんっ…!?」
最期に自分を負かした相手を見てやろうと、魔王が首を向けた時、目の前にはアリエッタのスカートの中身があった。先程発覚した通り、そこは生身である
エルツァーレマイアは驚いて停止した魔王の頭にそっと手を置き、オスルェンシスの家にいた時にアリエッタと一緒に覚えていた『相手を元気にする言葉』を、笑顔で優しく言った。
「ざぁこざぁこ」
「ぐむぶほおっ!?」
間近で見えてしまったせいか、とんでもない言葉をかけられたせいか……可哀想な魔王の夢は、鼻から紫の光を勢いよく噴出し、完全に消滅した。
歴史に名を遺した人物のあまりの最期に、ミューゼ達は目が点になっていた。