「みゅーぜ! ぱひー! だいじょうぶ!?」
「おっと、ほらおいで~」
「大丈夫なのよー」
魔王ギアンが消滅し、完全に緊張が解けたところで、エルツァーレマイアからアリエッタへ戻った。
すぐに2人はしゃがんでアリエッタと同じ目線に合わせ、迎え入れる。アリエッタはその2人の手を俯いたまま握って、動かなくなってしまった。
「あらあら、本当は怖かったのよ?」
「無理も無いよ。魔王だもん。気が済むまでくっついててあげよ」
とまぁ、その行動をミューゼ達は可愛い方向へと解釈しているが、
(どうしよう……恥ずかしくて顔見れない……。思いっきり泣いちゃったし、ママにも2人の事大好きねって言われちゃったんだよ! もう分かってるよ好き過ぎて直視出来ないよ手握っちゃってるよぴあーにゃ助けてー!)
その内心は遥かに乙女だった。
「シス、一応周囲をざっと見てきてくれる? 干渉出来ないから何もないと思うけど」
「了解」
調査はここまでと、ネフテリアがまとめ始める。実際に地形などに被害を与えたのは、ほぼミューゼの魔法のみ。魔王の魔法による被害は皆無なのである。
周囲の簡単な調査を終え、一同はオスルェンシスの影に入り、メアの町へと戻っていった。
「いや~戻ってきたら一気に疲れが……」
「ネフテリア様は魔王相手に緊張なさってましたからね」
「流石に伝説の人物相手は緊張するよ。普通だったら絶対に勝てない相手の筈だし」
メアの町に到着し、のんびりとオスルェンシスの実家へと歩いて行く。調査が終わって安心したネフテリアからは、今回の事件への愚痴などが零れていた。
しかし、まだ全てが終わったわけではない。
「まだ大事な事が残っているのよ」
「そうだっけ?」
「アリエッタが履いてないって事よね」
「えっ…まぁそうですけど……」
そんな真剣な顔になるような事かと、オスルェンシスはツッコミたかった。しかし過保護な保護者に対し、それを言う勇気は無いようだ。
「アリエッタは夢と干渉できてしまうから、魔王が盗ったのは間違い無いと思う。見つけることが出来なかったのは残念だったわ」
魔王への濡れ衣は晴れていなかった。アリエッタに関する事だけは、魔王の扱いがあり得ない程酷いままである。
一応ネフテリアは、たぶん違うんじゃないかと意見はしているが、ミューゼとパフィは聞く耳を持たない。
「アリエッタの匂いを嗅ぎ分ける事が出来れば、必ず見つけられたのに」
「たしかにそうなのよ……」
「いや怖いからやめて?」
いきなり変態思考に迷走する程悩んでいる。本人達はいたって真面目だが。
「こっそりトイレに行った時、目を離さなければよかったのよ」
パフィがため息交じりに呟いた時、アリエッタはドキッとした。
(そうだった、パンツ履いてないんだった! どうしよう、部屋に落ちてたらバレる! 先に回収しないと……)
恥ずかしがりながら手を繋いでいて忘れていたが、トイレという単語で思い出した様子。慌ててオスルェンシスの実家の構造を思い出し、回収までの最短ルートを考え始める。
(家に入ったら、ダッシュして部屋に行くぞ。パンツ拾ってそのままトイレいこう。これならバレない)
間違えないようにと、そのまま念密なイメージトレーニングを繰り返した。流石に家に無断で駆け込むような事はしないつもりか、ミューゼ、パフィ、ネフテリア、オスルェンシスの4人のうち、誰が最初に入っても対応できるよう、まず4パターンをシミュレーション。
左右の手で繋いでいるミューゼとパフィの手を離す技術もバッチリ。いきなり手を離して走り出すという力技から、家に着いた瞬間にパフィに上目遣いで「ごはん」アピールして前もって手を離しておくという高等技術まで作戦に組み込み始める。
アリエッタは全身全霊を込めて隠ぺいする気満々だ。『まおう』とか言われていた見かけ倒しの知らないおっさんよりも重要事項なのである。
(見えた! しすの家だ!)
白と黒の町だが、家には他リージョンからの装飾品が飾られている。初めて案内された時に見た家の周囲と外装を見て、決戦の地へとたどり着いた事を理解していた。
(落ち着け、作戦通りだ。最初に入ると怪しまれる。僕が入るのは3番目だ。パンツ履いてない事をバレるわけにはいかないんだ!)
怪しまれないタイミングを計算し、例のブツを入手した後はトイレに行きたい子供を演じるという、どこかの名探偵のような演技力まで考慮。絶対にバレないという自信もあるようだ。
実際には全員知っている事なので、実に無駄な努力である。
そしてついに、家の前までやってきた。
「ただいまー」
(最初に入るのはしすか。家の人だもんね。……よしっ)
アリエッタのパンツ奪還作戦開始。
オスルェンシスが扉の影をくぐった瞬間、アリエッタはパフィの方を困った顔で見上げた。
「アリエッタ!? どどどうしたのよっ!?」
思わず手を離すパフィとミューゼ。アリエッタの困り顔上目遣いが、胸にキュンキュン突き刺さった様子。横ではネフテリアもちょっと顔を赤らめている。
「ぱ、ぱひー……ごはん……」(実際ちょっとお腹空いてるし、噓じゃないけど物欲しそうに……)
「任せるのよっ! おいしい~の作ってあげるのよぉっ! 奥さ~ん! キッチン貸してほしいのよー!」
「ぱひー!」(よし、これでぱひーは部屋に行かない! あとはスピード勝負だ!)
ここまでアリエッタの計算通り。アリエッタにおねだりされたパフィに、拒否権は存在しない。
一緒に家に入り、残ったミューゼとネフテリアよりも先に、寝室へ向かった。後は帰ってきたとばかりに荷物を置いて、その流れのまま朝に放置してしまった物を回収、すぐに慌てた様子でトイレに向かうだけ。
行動順としては怪しい所の全くない、子供らしい動きである。
アリエッタは予定通りに、パフィを追いかけるフリをして、途中で寝室に方向転換をして走っていった。
そして残されたミューゼの元に、オスルェンシスの母が優しい笑顔でやってきた。
「おかえりなさい。はいこれ、あのアリエッタちゃんって子のパンツでしょ? 部屋に落ちてたから洗っておいたわ」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ほら、やっぱり忘れただけじゃないの」
アリエッタが今日履いている筈だったパンツは、無事保護者の元に直接届けられたのだった。
「もぐもぐ……」(どうしよう……恥ずかしくて顔見れない……もうやだぁ……)
「アリエッタがずっと目を合わせてくれないのよ」
「そりゃまぁそうでしょうね。女の子なんだし」
本日2度目、アリエッタは顔を真っ赤にして、ずっと俯いていた。ただし恥ずかしさの理由はまるで違う。
部屋で必死にパンツを探していたアリエッタは、背後から両手でパンツを広げたミューゼに声をかけられた。それで真っ青になって動きを停止してしまい、そのままミューゼにベッドに寝かされ、赤ん坊のように履かされるという恥辱を味わった。
バレてはいけない事がいつの間にか発覚した事も相まって、転生して多感になった精神には相当なダメージとなったようだ。
もちろんその一部始終はパフィにも伝わっている。ご機嫌取りの為に、アリエッタ用の美味しいデザートも用意されたが、本人はそれどころではない様子。
「ふふっ。みんなに恥ずかしい秘密がバレた時の、わたくしみたいな反応してると思わない?」
「それは王女様の体験談として、どうなんですかね?」
今のアリエッタの状況に、何故かネフテリアだけが共感していた。
ミューゼは逃げられてしまうようになった為、しばらくそっとしておこうと考えている。直接現場に居合わせなかったパフィは少し椅子を寄せ、アリエッタの背中をそっと撫でつつ、甘いデザートを乗せたスプーンをアリエッタの口元へと寄せている。
アリエッタもパフィには何もされていないので、ミューゼのように離れようとはしていない。
「……あむ」(あまい…おいしい…)
「……このアリエッタも可愛すぎなのよ。小動物みたいなのよ」
「あはは、わかるー。ミューゼ、あーん」
「いやですー」
アリエッタの心以外は、実にほのぼのとした食事となったのだった。
そして特にやる事も無くなったので、一晩宿泊した後、ファナリアに帰る事にした。
「大丈夫? 忘れ物は無い? 王女様に迷惑かけちゃ駄目よ? お休みの日はちゃんと休むのよ?」
「いやちょっと母さん、大丈夫だから。ちゃんとやってるから」
どこにでもある、出発する子供を心配する親というワンシーン。王族の護衛という立派な肩書を持っていても、やはり親子は永遠に親子である。
「ぷークスクス」
「!! そ、それじゃもう行くから! 元気でね!」
ネフテリアに笑われたのをきっかけにして、オスルェンシスはなんとかその場を離れた。
「それじゃアリエッタ、帰るのよ」
「はいっ」(また『かえる』って言った。これで家に帰ったら、意味は帰るで合ってるね)
甘いデザートと睡眠で、すっかり機嫌を直したアリエッタは、今度こそ言葉を1つ正しく覚えつつ、パフィに手を繋がれて帰っていく。
ただし、ここに何しに来たかは分かっていない。ただ不思議な場所に来たという思い出が残った。
(異世界って凄いなぁ。他にどんな世界があるんだろうなぁ。見た所全部絵にしたいなぁ)
ミューゼの家に、また沢山の絵が増える事が決定したのだった。
(そういえばぴあーにゃ元気かなぁ。また折り紙とかあげようかなー。お菓子とかあげたら喜ぶかな。また一緒にお出かけしてあげなきゃなー)
ついでにピアーニャの過酷な運命が決定していた。
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