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慣れた足取りで慣れた街を歩く。彼がここに引っ越したのは半年くらい前だからこの合鍵とも半年の付き合いだ。もっとも半年間で何度も使ったこの合鍵が仕舞われている本革のキーケースは付き合って一年記念で貰ったものだから5年以上の付き合いになる。そんなキーケースから鍵を取り出して差し込む。ドアを開けば慣れ親しんだ景色と匂い。
「やっほ〜。」
「おや、奏斗、いらっしゃい。早かったですね。」
「アキラに早く会いたかったからね。」
「な//馬鹿なこと言ってないで早く入ってください。」
「ごめんごめん。いや〜、それにしてもアキラの家に来るの結構久しぶりだね〜。」
「まぁ、なんだかんだ忙しかったですからね。」
「それもこれもライブのためだったし、これからはもう少しゆっくりできるね。」
「えぇ。ところで、その紙袋は?冷蔵しなくていいのか?」
かって知ったる我が家とばかりに自由に動いて麦茶を注ぐ。それを持ってソファに座れば隣に腰を降ろしたアキラが鞄と一緒に置いた紙袋を示す。
「あ!忘れてた!これお土産のケーキ。時間も丁度3時だし一緒に食べない?」
街を歩いててたまたま見つけたケーキ屋さんのショーケースにあった薔薇のムースケーキ。一目惚れして買ってきたもの。
「良いですね。紅茶にします?コーヒーにします?」
「コーヒーかな。」
「分かりました。奏斗は皿とフォークの用意頼みます。」
「オケ〜。」
コーヒーを淹れるために立ち上がったアキラに違和感がともる。重心がぶれているような、何かを庇っているかのような……。
「アキラ。」
「え、わ!っ、」
咄嗟にアキラの腕を引いてソファへ引き戻せば、僅かに顰められた顔と右半身を庇うように取られた受け身に疑惑が確信に変わる。
「お前、いきなりなん、っ、やめ!」
アキラの声を無視して服を捲る。右脇腹に大きな見慣れないガーゼが貼ってある。その他にも真新しい小さな打撲痕や擦過傷に眉間に皺がよるのがはっきりと分かる。
「アキラ、何これ。」
「……。」
「アキラ?」
「……見ての通りですよ。わ」
「はぁ。分かってるでしょ?これ、いつ?」
「…………先週の水曜です。」
「ライブの3日後ね。足も?」
「あ、しは、昨日の引っ越しの手伝いの依頼で捻っただけですね。」
「ほんと?」
「この状況で嘘をつく馬鹿はいないだろ。」
「そう。他は?俺にもセラにも言ってない危険な依頼は何個受けたの?」
「…………2つ。」
「…………。」
「3つです。先週の水曜とその2週前の金曜、今週の月曜。でも、先週の以外は撃たれてない。」
「アキラ、下手になったね。これは銃創なんだね。それで?他の2回は擦過傷?打ち身?切られては無いよね?」
「っ、はい。その通りです、ね。」
「病院は?ちゃんと行った?」
「行って無い、です。でも、小柳にも手伝ってもらってきっちり手当しましたから。」
「そう。うん、確かに綺麗に処置されてる。でもさ、」
アキラのことだからどんなに危険な依頼でも忙しかった僕らには頼めなかったんだろう。それは良くわかるし、そんな優しいところがアキラの愛しいところの一つだ。でも、それで怪我をして、もし死んでしまったら僕は立ち直れないだろう。そして、アキラにとっても同じことなのは知ってるけど。
ライブがたくさん被った結果体調を崩したヒバとか、今後ライブが控えているセラを頼らなかったのは分かるけど、こやろうを頼るくらいなら僕を頼って欲しい。リーダーとして。恋人として。
「1人でやろうとしないでよ。僕のこと、僕らのこと頼ってよ。」
「でも、迷惑をかけてしまうから、」
「迷惑なんかない!僕はアキラが僕の知らないところで怪我をするのが嫌なの。」
面を食らっているアキラの手を握る。朝焼けを写した瞳を覗き込む。僕の気持ちが伝わるように。“愛してる”が伝わるように。
「アキラがセラとヒバを頼らなかったのは分かる。1人でやるんじゃなくてこやロウを頼ったのは良いよ。でもさ、その前に僕を頼れよ。まず、最初に。アキラの頼みならなんだって聞くからさ。僕はリーダーである前にアキラの恋人なんだから、ね?一緒に無茶やって、一緒に怒られよ。そして、一緒に謝って、無茶したねって一緒に笑おうよ。」
数秒が数分にも数時間にも思える時間の後、アキラはゆっくり静かに頷いた。
「分かりました。確約は難しいかもしれませんけど、もう少し貴方を頼ることにします。」
その笑顔には何一つ嘘偽りはない。
「よし!んじゃケーキ食べよ。見てよこれ、めっちゃオシャレじゃない?」
「え、ほんとだ!薔薇ですか?凄く綺麗〜。」
「ね!僕コーヒー淹れてくるからアキラは待っててね。」
「はい。」
青薔薇の花言葉は奇跡、祝福。黄薔薇の花言葉は平和、献身。たまたまだけど、めっちゃ丁度いい。
恋人としてもリーダーとしても、もっと頼り甲斐のある男になるから、アキラも無理無茶しないでちゃんと頼ってね。