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第五話「近くにいたいのに」
夜。
部屋の電気もつけずに、ベッドに寝転がる。
窓の外から、かすかに風の音がする。
スマホの画面だけが、ぼんやりと光っていた。
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『なんかあった?』
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みゆきからのメッセージ。
何時間も前に届いたまま、返していない。
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(…分かってるだろ)
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いや、分かるわけがない。
何も言ってないんだから。
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ため息を吐く。
画面を閉じようとして、また止まる。
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(返せよ)
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頭の中で、もう一人の自分が言う。
いつも通りでいいじゃないかって。
「なんでもない」って返せば、それで終わるって。
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でも、それができなかった。
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(それやったら、終われなくなるだろ)
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また、いつも通りに戻る。
一緒に笑って、帰って、どうでもいい話をして。
そんな時間が、また続いてしまう。
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それは――
あまりにも、優しすぎる。
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(俺は、いなくなるのに)
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その事実が、全部を止める。
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目を閉じる。
頭に浮かぶのは、みゆきの顔だった。
笑ってる顔。
少し怒った顔。
呆れたように笑う顔。
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(…やめろよ)
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思い出せば思い出すほど、離れられなくなる。
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あの日。
診察室で言われた言葉が、何度も蘇る。
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「次の春を迎えるのは、難しいでしょう」
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たったそれだけで、全部終わった。
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(言えるわけねえだろ)
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“もうすぐ死ぬ”なんて。
そんなこと言ったら、あいつは絶対――
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(泣くに決まってる)
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それが嫌だった。
泣かせたくなかった。
自分のせいで、苦しませたくなかった。
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だから――
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(離れるしかねえだろ)
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それが、一番マシな選択だと思った。
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急に消えるより。
何も言わずに終わるより。
少しずつ距離を取って、自然に離れた方がいい。
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(そうすれば…)
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少しは、傷も浅くなるはずだ。
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そう思っていた。
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なのに。
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(なんでこんな苦しいんだよ)
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胸の奥が、ずっと重い。
息をするのも、少しだけしんどい。
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スマホをもう一度開く。
みゆきの名前が、画面に映る。
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(会いてえな…)
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ふと、そんな言葉が浮かぶ。
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今日、目を合わせなかったこと。
帰りを断ったこと。
全部、思い出す。
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(バカかよ)
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本当は、逆だ。
離れたいんじゃない。
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(そばにいたいに決まってるだろ)
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一緒にいたい。
笑っていたい。
どうでもいいことで、また笑いたい。
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でも、それを選んだら――
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(もっと苦しくなるのは、あいつだ)
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自分じゃなくて、みゆきが。
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それだけは、絶対に嫌だった。
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スマホのキーボードを開く。
指が、ゆっくり動く。
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『ごめん、なんでもない』
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そこまで打って、止まる。
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(違うだろ)
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こんなの、本音じゃない。
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全部消す。
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何も送らない。
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それが、一番いいと思ったから。
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それでも――
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(好きなんだよな…)
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ぽつりと、呟く。
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こんな状況になっても、変わらない。
むしろ、前より強くなっている気さえする。
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(だから、離れるんだろ)
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好きだからこそ、離れる。
その矛盾が、胸を締め付ける。
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窓の外で、桜が揺れている。
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(来年は、見れないのか)
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その現実が、また重くのしかかる。
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静かな部屋の中で、一人。
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(…会いてえな)
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その言葉だけが、消えずに残った。
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でも――
それを選ぶことは、できなかった。