テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第六話「ねえ、嫌いになったの?」
放課後。
教室には、少しずつ人がいなくなっていく。
ざわめきが消えて、静かな空気だけが残った。
帰る準備をしながら、できるだけ早く教室を出ようとする。
顔を合わせたくなかった。
今日も、うまく距離を保てるように。
⸻
「秀一」
⸻
呼ばれて、足が止まる。
聞き慣れた声。
でも、今は一番聞きたくなかった声。
⸻
「ちょっと、いい?」
⸻
振り返る。
みゆきが立っていた。
逃げ場は、もうなかった。
⸻
「…なに」
なるべく普通に、短く返す。
でも、声は少しだけ硬かった。
⸻
みゆきは、少しだけ息を吸ってから言った。
⸻
「最近さ、変だよ」
⸻
真っ直ぐな言葉。
逃げ道を塞ぐみたいに。
⸻
「別に」
「別にじゃない」
すぐに返される。
⸻
「目も合わせないし、話も続かないし…」
言葉が少しずつ強くなる。
⸻
「帰りも断るし、LINEも返さないし」
⸻
一歩、近づいてくる。
⸻
「なんなの?」
⸻
距離が近い。
前なら、何も思わなかった距離。
今は――
少しだけ、苦しい。
⸻
「…用事あるだけ」
「嘘でしょ」
⸻
即答だった。
⸻
「そんなの、絶対嘘」
⸻
声が震えている。
でも、止まらない。
⸻
「私、なんかした?」
⸻
その一言で、胸が詰まる。
⸻
「してない」
「じゃあなんで?」
⸻
言葉が出ない。
出せるはずがない。
⸻
「なんで急にそんなになるの?」
⸻
責めているわけじゃない。
ただ、知りたいだけの声。
⸻
それが一番、きつかった。
⸻
「……別に」
⸻
絞り出したのは、それだけだった。
⸻
沈黙が落ちる。
次の瞬間――
⸻
「ねえ」
⸻
みゆきの声が、少しだけ変わる。
⸻
「私のこと、嫌いになったの?」
⸻
その言葉で、時間が止まった。
⸻
「……違う」
反射的に否定する。
⸻
「じゃあなんでよ!」
⸻
初めて、感情がぶつかってくる。
⸻
「嫌いじゃないなら、なんで避けるの!?」
⸻
その声は、震えていた。
⸻
「前みたいにしてよ…」
⸻
一歩、また近づく。
⸻
「普通に話してよ…」
⸻
目が、潤んでいる。
⸻
「一緒に帰ろうよ…」
⸻
その一言が、胸に突き刺さる。
⸻
(やめろよ…)
⸻
そう思うのに、言葉が出ない。
⸻
「やだよ…」
⸻
ぽつりと、こぼれる。
⸻
「嫌いにならないでよ…」
⸻
違う。
そうじゃない。
⸻
「一緒にいてよ…」
⸻
その言葉で、限界だった。
⸻
(……無理だろ)
⸻
こんなの、耐えられるわけがない。
⸻
本当は、全部言いたい。
好きだって。
離れたくないって。
一緒にいたいって。
⸻
でも――
⸻
「……無理」
⸻
出てしまった。
最悪の言葉が。
⸻
一瞬、空気が止まる。
⸻
「……え?」
⸻
みゆきの目が揺れる。
⸻
(違う)
⸻
違うのに。
そんな意味じゃないのに。
⸻
「もう、前みたいには無理」
⸻
止まらなかった。
自分でも止められなかった。
⸻
傷つけるって分かってるのに。
⸻
「……そっか」
⸻
小さな声。
⸻
みゆきは、笑った。
でもそれは、全然笑ってなかった。
⸻
「じゃあいい」
⸻
それだけ言って、背を向ける。
⸻
「もう、話しかけない」
⸻
その言葉が、やけに重く響いた。
⸻
教室を出ていく背中。
止められなかった。
⸻
いや、止めなかった。
⸻
(これでいい)
⸻
そう思い込む。
⸻
(これで、あいつも――)
⸻
そこまで考えて、止まる。
⸻
(…なにやってんだよ)
⸻
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。
⸻
静かになった教室。
一人、立ち尽くす。
⸻
(好きなんだよ…)
⸻
誰にも届かない言葉。
⸻
(だから、離れたんだろ)
⸻
それなのに。
⸻
どうしようもなく、苦しかった。
⸻
窓の外では、桜が揺れていた。
⸻
まだ、散ってはいない。
でも――
⸻
確実に、終わりに近づいていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!