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午後の講義が終わるころ、大学のキャンパスには冷たい雨が降り始めていた。
学生たちは足早に駅へ向かう。
そんな中、建物の隅でちょこんと立っている姿がひとつ。
「……やっべぇ、まじで傘忘れた……」
こさめだった。
教室を出る直前にスマホの充電も切れ、誰にも連絡が取れず、しばらくその場で立ち尽くしていた。
すると――
「……おい、バカ」
低くてよく通る声が、雨音をかき消すように響いた。
「……らんくんっ!?」
振り向くと、そこには黒い傘を差したらんが、濡れた前髪を手で払いつつ立っていた。
「まじで来てくれたの……?」
「まじで来なきゃどうすんだよ、こんな雨の中、おまえがずぶ濡れで帰るとこ想像したら……俺が風邪ひきそうだったわ」
らんはぶっきらぼうにそう言って、無言で傘を差し出す。
「入れよ」
「あ、う、うん」
肩をすぼめて入るこさめ。
するとすぐに、らんが自分の方に傘をぐいっと傾けた。
「らんくん、濡れるよ……」
「いいから。……風邪引いたらぶっ飛ばすからな」
「へへ、ごめん。でも、なんか……うれしい」
こさめが笑うと、らんの眉が少しだけ下がった。
「おまえ、もっと自分のこと大事にしろよ」
「……だって、らんくんが大事にしてくれるから、いっかって思っちゃって……」
その言葉に、らんの歩みが一瞬だけ止まる。
そして、ふと右手を出して、こさめの頭を撫でた。
「ほんと、どこまでも甘やかされる側だよなおまえは」
「……えへへ、だって俺、らんくんの“こさめ”だもん」
その言葉がくすぐったくて、誇らしくて、
らんは傘の中で、そっとこさめの手を取った。
「じゃあ、責任取ってずっと俺のままでいろよ」
雨の音にかき消されるほどの、小さな声だった。
でもこさめは、それをちゃんと聞いて、照れたように小さく笑った。
「……うん、ずっとね!」
2人の距離は、濡れた地面よりずっとあたたかく、ぴったりと寄り添っていた。