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街道上を進む慧太らを乗せた馬車――その前に現れた騎馬の男たち。
御者台に乗るユウラは、視線をそれらに向けたまま言った。
「盗賊の類、ですかね?」
「さあな。まだ何とも言えないな」
慧太は武器を仕込みながら言った。ユウラは振り返ることなく頷いた。
「用心はしておくべきですね」
緊張の空気を感じたのか、寝ていたリアナはむっくりと上半身を起こした。その青い瞳は、すぐに警戒色を強める。
セラ、そしてアスモディアも、のそのそと動き出した。
「なに? もう着いたの?」
「お客さん、になるのかな?」
アスモディアに曖昧な返事をする慧太。セラが小さくあくびをするのを見やり、「おはよう」と声をかける。
「おはようございます、ケイタ。……何かありましたか?」
「これから何かあるかもしれないところ」
そうこうしているうちに、現れた騎馬は街道の真ん中に移動し、こちらの針路をふさぎながら片手を挙げた。
「止まれっ!」
「――と言っていますが」
ユウラがちらを振り返る。慧太は皮肉げに返した。
「止まったら、周囲から賊が出てきて、こちらを取り囲むとか」
またそれ――アスモディアが、あからさまなあくびをするのだった。ユウラは前を向く。
「では、轢きますか」
「素性もわからないのに、そんなことできるかよ」
盗賊じゃなかったらどうするんだ――慧太は揺れる馬車で立ち上がった。
ユウラはアルフォンソに呼びかけて、その走行を緩める。
やがて街道をふさぐ騎馬の手前で停止する。
騎乗する男は二十代半ば。外套をまとっているが身体つきは大柄で、腰に剣を下げていた。だがその表情は戦士と呼ぶには、いささか迫力に欠ける。
「止めてしまって申し訳ない。我々は、この近くの村の者なのだが――!?」
その男は、リアナを見て目を見開いた。
「ヴォールかっ!?」
腰の剣に手を伸ばしかけ――
「人の顔みていきなり剣を抜こうとするたぁ、どういう了見だ?」
慧太は短剣を、リアナもまた短刀『闇牙』を抜き放っていた。身のこなしが違う。男は武装こそしているが、熟練の戦士のそれとは所作が程遠い。
後ろに控えているもう一人――頭にバンダナを巻いて、槍を持っている二十代前半くらいの男――も馬上で槍を構えて見せるも、とても援護できる態勢とは言い難かった。
「あんたら、盗賊か?」
「ち、違う!? おれたちはモガデ村の自警団で――」
「自警団?」
「そうだ。最近、街道に出没する狼人の誘拐団を警戒していて……」
「狼……?」
慧太は、傍らでいつでも飛びかかれるように構えていたリアナを見た。彼女は珍しく眉間にしわを寄せて、短刀を腰に戻した。
「わたしは狐人(フェネック)。……狼人(ヴォール)じゃない」
無表情が基本のリアナにしては、不満がにじみ出ていた。それも当然か――慧太も武器をしまった。狐人と狼人は、種族的に仲が大変悪いのだ。
「あんた、運がよかったな。狐人を狼人と間違えるなんて、ぶん殴られて文句を言えないほどの侮辱だぞ」
「あ、ああ……それは済まない。……知らなかったんだ」
だろうな――慧太は、目の前の大間抜けに嘆息した。
そもそも、人間顔の狐人と、狼顔の狼人を間違えるなんて、相当の世間知らずと言っていい。獣人とまったく関わったことがないとしか思えない。……だから、大間抜けなのだ。田舎にこんなド間抜けがいたなんて、ちょっと想像できなかった。
お互い敵ではないとわかったが、やや重苦しい空気。それを察して、ユウラが口を開いた。
「誘拐団というのは?」
「……狼人(ヴォール)の連中が、このゲドゥート街道で悪さを働いていてね。主に略奪や誘拐。小規模の隊商や旅人のグループなどを襲うんだ。特に子供や若い娘を狙ってね」
自警団の男は、セラやアスモディアを見た。その視線に、だいたい彼女らも狙われる標的に入るのだろうと、慧太は察する。
「何故、ヴォールらは誘拐を?」
ユウラが問えば、男は首を横に振った。
「金になるからだろう。噂じゃ、奴隷商に売り飛ばしているとか、邪神を崇拝する連中と取り引きしているとか……まあ、あまりいい話は聞かないな」
「うちの村も――」
バンダナの男が口を開いた。
「何人かやられてる」
「だから自警団が、こうして見回りをしているってわけだ。……まあ抑止力としては心許ないが、やらないよりはマシだからね」
「なるほど」
ユウラは頷いた。
「では我々も気をつけることにします。見回り、ご苦労様です」
「よければ、我々で途中まで護衛を……と思ったが、我々より君たちのほうが腕が立ちそうだな。気をつけて」
「どうも」と、慧太は頷いた。
自警団が道を開け、ユウラはアルフォンソを促し、馬車は再び進みだした。
慧太は腰を下ろした。
「狼人の誘拐団だってさ」
「……ヴォールと間違えられるのは不本意」
ぴくぴくと狐耳を動かしながら、リアナは不満を口にした。ちょっと知ればわかる簡単な識別方法があるのに、間違えられるのは不機嫌になるのも無理はなかった。
そんな少女の金髪をセラが撫でて落ち着かせようとする。
慧太はカバンを漁り、朝飯の堅焼きパンを放った。
「物騒な世の中ですねぇ」
どこか他人事のようにユウラは言った。
「で、慧太くん。ここらで一休みして朝食という話でしたけど」
「このあたりに厄介な連中が出没するんだろう?」
セラ、アスモディアに配り、御者台のユウラのもとへ。
「アルには悪いがもう数時間飛ばして、ここらから距離をとろう。……あいつら狡賢い上にしつこいからな。できれば面倒に巻き込まれたくない」
アルフォンソの馬車は街道を進む。
その後、商人のグループや見回り自警団の別班とすれ違ったが、懸念された狼人誘拐団と出くわすこともなく、昼になった。
南西から雲が流れ、次第に薄暗くなってきた。湿った風が吹き抜けて木々を揺らし、天を仰げば一雨きそうな気配。
「降りそうだな」
「降る」
フェネックの少女は淡々と頷いた。
「結構、強そう」
「……屋根でも用意するか」
シェイプシフターが造る馬車である。その気になればボックス型に可変して、雨風凌げる仕様になれるのだ。
「ん……?」
御者台に座っているのはアスモディアだった。見張りを交代した彼女はピクリと反応した。
「何か……」
その視線を追うように、慧太もセラも馬車の正面を見た。
街道の上に、何かある。木の一部が倒れているように見え、障害物かと思ったそれは――
「人だぞ!」
行き倒れか、あるいは病気が事故か。次第に距離が迫り、慧太はアルフォンソに止まるように指示を出した。
リアナが顔をしかめた。
「血の臭い……」
「くそ」
倒れている人の前で停車する馬車。慧太は素早く飛び降りた。
「セラ、具合を見るぞ。他は全周警戒!」
ヴォールが現れると、きな臭い話を聞いてさほど時間が経っていない。用心に越したことはないのだ。
先頭きって慧太は駆け寄る。治癒魔法の使えるセラが続いた。
うつ伏せで倒れている男。身にまとうマントは血に塗れ、その服も切り傷と出血の跡が見て取れた。刃物とか爪のようなもので傷つけられたようだ。
慧太はその場に膝を付き、男の身体を仰向けに――
「う……!?」
腹に大きな穴が開いていた。セラが傍らにきて治癒を試みようとするが、慧太は首を横に振った。
「無駄だ。もう、死んでる……」
ひっくり返したことで臭気がひどかった。慧太は男の身体をそっと横たえ、ふと自分の手を見た。
血がつかなかった。すでに乾いていたのだ。
同時に、慧太は眉をひそめた。
これだけの傷を負って、出血しているはずなのに、遺体の周囲に血痕がまったく見当たらない。
不自然だ。そんなのありえない。
この遺体はどこか別の場所で殺され、その後に置かれたのだ。
何故、そんなことに?
理由は簡単だ――慧太は冷や水を浴びせられたように背筋が伸びた。
「くそっ!」
右手の森で茂みが揺れた。それと同時に、左の森から吹矢が放たれた。