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この作品はsxxnでnmmnです
ご本人様は一切関係ございません。
紫緑♀︎(同棲してます)
すちはいるまがメガネをかける瞬間に弱い。それを自覚したのは、つい最近のことだった。同棲を始めて半年。
一緒に暮らすというのは、特別なイベントが増えるというより、『今まで知らなかった顔が、当たり前みたいに増えていく』ことなのだと、すちは思う。
朝の寝ぼけた顔。部屋着のままキッチンに立つ背中。ソファでうたた寝している横顔。そして――メガネ姿。
「……あ」
その日、すちはキッチンでマグカップを洗いながら思わず声を漏らした。ダイニングテーブルに座るいるまはノートパソコンを開き、珍しくメガネをかけている。黒縁でシンプルで、仕事用らしい無機質なデザイン。
それなのに。
(……なんで、そんなにかっこいいの)
心の中でそう呟きながらすちは動きを止めた。いつものいるまはコンタクト派だ。外出時も家の中でも基本的には裸眼。だからこそ、メガネをかけている姿は少しだけ「知らない人」みたいで胸がきゅっとする。
「……すち?」
視線に気づいたのか、いるまが顔を上げる。
「なに、さっきからこっち見て」
「ううん、なんでもない」
慌てて視線を逸らすけれど心臓の音がうるさい。
(やばい……)
付き合っている。同棲している。毎日顔を合わせて手もつないでその…キスだってしている。
それなのにこんなことで動揺する自分にすちは少しだけ戸惑った。いるまは画面に視線を戻す。
「今日は在宅だから。目、疲れてんだ」
「そ、そっか」
その「仕事モード」な声とメガネ越しの視線がさらに追い打ちをかける。
(仕事できる彼氏感……)
すちは内心で頭を抱えた。しばらくして洗い物を終えたすちは冷蔵庫からお茶を取り出しグラスを二つ用意する。
「はい」
「ありがとう」
いるまは自然な動作で受け取り軽く口をつける。その仕草すら、今日は妙に刺さった。
(落ち着いて……)
すちは深呼吸する。だが、追い打ちは続いた。
「……すち」
「なに?」
「さっきから、落ち着きないけど?」
メガネ越しに向けられる、穏やかな視線。
「……別に」
「本当に?」
からかうような声ではない。ただ、気づいてしまった恋人の声。すちは観念して、ぽつりと呟いた。
「……メガネ」
「ん?」
「メガネ、ずるい」
一瞬の沈黙。それからいるまは理解したように小さく息を吐いた。
「……それか」
「なにその反応」
「いや」
少しだけ口元が緩む。
「可愛いな、と思って」
「もう……」
すちは顔が熱くなるのを感じながらソファに腰を下ろした。付き合う前からいるまはこうだった。感情を大きく表に出すわけじゃないのに、肝心なところでちゃんと見ている。しばらくしているまは仕事を一区切りつけたらしく、パソコンを閉じた。
「……そんなに気になる?」
「……うん」
正直に答えると、いるまは少し考えるように視線を落とす。
「じゃあ」
立ち上がり、すちの前に来て、ゆっくりと屈む。
「近くで見れば、慣れるだろ」
メガネ越しの顔が、近い。
「……近い」
「恋人だろ」
そう言われると、何も言えなくなる。
すちは、そっとメガネに触れた。
「外さないの?」
「今日は、このまま」
その答えが、なぜか嬉しかった。すちはメガネの奥の目を覗き込む。
「……いつもより、真面目そう」
「俺はいつも真面目だ」
「でも、ちょっとだけ大人っぽい」
「それ、褒めてる?」
「うん」
即答すると、いるまは小さく笑った。
「じゃあ、かけててよかったわ」
その言葉に胸がじんわり温かくなる。すちは彼の肩に額を預けた。
「同棲してるとさ」
「うん」
「こういうの、ずるいよね」
「どれ?」
「知らない顔、急に出てくるとこ」
いるまはすちの背中にそっと手を回す。
「……全部見せるつもりはないからな」
「え」
「すちが、そうやってキュンとするなら」
低い声で静かに続ける。
「取っておく」
すちは思わず顔を上げた。
「ずるい……」
「お互い様だろ」
そう言ってメガネ越しに軽くキスを落とす。レンズ越しで少し距離がずれるのもなぜか愛おしい。すちはそのまま彼の胸に顔を埋めた。
(毎日一緒なのに)
(まだ、こんなに好きになるんだ)
同棲は慣れじゃない。きっとこうやって何度も恋を更新していくことなのだ。すちはそう思いながら、そっと呟いた。
「……また、メガネかけてね」
「気が向いたらな」
その曖昧な返事すら、今は甘かった。
コメント
2件
あ、もう好きです好き好き好き…