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タルトを食べて夕食もリオンが見守る前でしっかりと食べたウーヴェは、様子伺いの名目で仕事をさぼりに来ているとしか思えないカスパルの来訪を受け、ついさっき二人で決めた結婚式について報告をするが、それを受けたカスパルの顔にはウーヴェが学生時代に毎日見ていたような何かを企んでいるような表情が浮かび、ウーヴェの予想が間違っていないことを教えるように双眸がキラキラと輝いていた。
結婚式を楽しみにしていろと笑う悪友にウーヴェが頭痛をこらえる顔でほどほどにしてくれと溜息を吐きそんな二人の様子にリオンが目を丸くしてしまうが、結婚祝いで欲しいもののリストを作成しろ、老舗デパートにお前たちの結婚祝いのためのボックスを用意してやると親指を突き立てられてウーヴェの苦悩の一端を珍しく感じ取ってしまう。
退院後の楽しみができたこと、お前の様子が落ち着いたようだからあいつらにも面会に来いと伝えておくと残して出ていくカスパルの背中を盛大な溜息で見送ったウーヴェだったが、呆気に取られているリオンに苦笑し気分を切り替えるように咳払いをすると少しだけ緊張した面持ちで今夜は一度家に帰ってゆっくりすればどうだと提案をする。
それは思いもかけないものだったが、心配する気持ちよりも今のウーヴェならば大丈夫、子ども返りのようなことにはならないだろうとの思いからそれを受け入れることにし、出勤する前に顔を出すとウーヴェにキスをしたリオンは、その時にクロスワードと今まで放置していた無精髭を剃るためのシェーバー等を持ってきて欲しいと言われて満面の笑みで頷く。
もう凄惨なあの事件を過去をしまい込んでいる心の中の箱に収めようとしているのだと気付き、前を向いて歩き出したウーヴェの強さが本当に眩しいと思いつつ頷いたリオンは、じゃあ今日は帰ると告げて数えてはいないが結構な日数留守にしていた家に帰ったのだった。
久しぶりに自宅のドアを開けしんと静まり返った廊下の先を見つめつつ苦笑したリオンは、イングリッドがバルツァーの家から人を派遣してくれていたために長期間人が不在の家とは思えない程空気も入れ換えられていることに気付いて苦笑を深めるが、ウーヴェが用意してくれた己の部屋にだけは手を付けないでくれと頼んでいたことを部屋のドアを開けた瞬間の冷えた空気から感じ取って身体を震わせてしまう。
誰もいない部屋は節約のために空調が切られていて外気とさほど変わらない寒さが充満していたが、病院を出る前にウーヴェと交わした約束とキスが身体を温めている為、それほど寒さも感じずにいた。
ブルゾンを脱ぎ捨て服を脱ぎパジャマを探すもののこの部屋にパジャマなどあるはずがないと気付き、二人でいつも使っていたベッドルームのドアを開けると、ベッドの上に丁寧に折りたたまれたウーヴェ愛用のガウンがあり、ソファでは巨大なテディベアが寂しそうに座っていた。
「……お前も寂しいよなぁ」
明日オーヴェの所に連れて行ってやると己の頭髪と似通った体毛を持つテディベアの頭を撫でたリオンは、その手でウーヴェのガウンを取ると裸の上半身を覆うように羽織る。
ふわりと鼻先に漂ってくる残り香を事件の最中にも感じたはずだが、あの時はただ絶望の中でそれを嗅いだ記憶があり、今はそうでは無いと穏やかな顔でガウンに鼻先を近付けるように頭を傾げるともう少し強く匂いを感じられて安心してしまう。
ウーヴェの匂いに上半身を包まれて安堵し己のパジャマをクローゼットから引っ張り出してきたリオンは、鏡張りのクローゼットのドアを何気なく見てある事に気付く。
天国への鍵と称したリオンの前のアパートの鍵と二人の約束を形にしたお揃いのリングが右手薬指から無くなっていたのだ。
監禁されていた家からウーヴェを救出し病院に搬送したときには忌々しい尻のプラグ以外何も身につけていなかった。
「あ……!」
どうして今まで忘れていたと己の失態に舌打ちしたリオンだが、ジルベルトやルクレツィオは左足薬指のトゥリングを外すのではなく足ごと粉砕するぐらいなのだ、目立つ家の鍵や指輪などは既に捨てられてしまっているだろうと気づいて舌打ちをする。
ジルベルトの性格からすれば真っ先に捨てるだろうが、家宅捜索した時に証拠として警察署に持ち帰っていないだろうかと閃き、明日出勤したときに確認しようと溜息を吐く。
左足でずっとウーヴェに力を分け与えていたリザードは壊されてしまったが、指輪と家の鍵はウーヴェの心の平安を得るものであるために取り戻せるのならば取り戻したかった。
そして、事件を思い出すかも知れないそれを見ても穏やかでいられるのならば今までのようにウーヴェの胸と指に居場所を定めれば良かったが、思い出して辛くなるのならば新しい思い出を作る為に買い換えても良かった。
「……リッシーに相談するか」
ウーヴェが想像以上に気に入っていたリザードのリングと婚約指輪だが、それを作ってくれた女性達に相談しようとも決めると小さな欠伸が出てきて、ずっとウーヴェに付きっきりで病室に寝泊まりしていたためにゆっくりと眠っておらず、離れたことでようやく自覚した疲労感が襲ってくる。
実は密かに疲労していた事を今気付いたリオンだったが、目の前にある広いベッドではなく狭い古いパイプベッドで寝ようと自室のドアを開けてベッドに飛び乗ると、大きく伸びをしてコンフォーターをかぶり、その上からウーヴェのガウンを被せる。
「……お休み、オーヴェ」
明日、職場に行ってお前の大切な鍵と指輪を探してくるとも呟くと、あっという間に眠りに落ちるのだった。
消灯された病室でじっと天井を見上げていたウーヴェは、背中の痛みも足の痛みもすでに生まれた頃から感じているもののように思えていて、痛みがあるのが当たり前になっていた。
痛いだの何だのと文句を言ったところで痛みが消えるわけでもないのなら何とか折り合いを付けて付き合っていくだけだった。
それに、その痛みと付き合うのは己一人ではなく、警備員という名の伴侶に後日なることが確定したリオンがいつでも寄り添い付き合ってくれているのだ。
自分一人で耐えられない痛みも、存在が己の中で意識しなければ形が分からないほどの大きさになっているリオンがいれば耐えることが出来るだろう。
今回の事件はウーヴェとリオンのどちらにも深く癒えるのに時間が掛かる傷を作ったが、二人であればそれを癒やすことも出来るだろうし傷の深さを理解し合うことも出来るだろう。
一人では難しい作業も二人ならばこなせるはずだった。
だからもう大丈夫と呟いたとき天井に決して忘れることの出来ない二人の男の顔が浮かぶが、一度きつく目を閉じたウーヴェは左足の痛みから現実を受け止め、壊されたリザードの代わりのものはないがリオンの名を呼ぶことで落ち着きを取り戻そうとする。
名を呼ぶだけで落ち着けるなど本当にあいつは俺の太陽だと呟き目を開けると、あいつを太陽だと思うのはお前だけじゃないとどこかで声が響くが、深呼吸をしたウーヴェがリオンですら見たことがないほどの強い光を目に湛えて空中を睨む。
「……あいつは、俺の太陽だ」
他の誰でもない俺のための太陽だと言葉の内容に比べれば柔らかな口調で呟くと、今度は舌打ちの音が響いた気がしそっと目を閉じる。
閉じた瞼の裏、いつまでも変わらない笑顔でウーヴェを呼びながら大きな手を伸ばすリオンの顔が浮かんでいて、それに応えるように自然と口元に笑みが浮かび上がる。
今夜初めて一人で寝ると伝えたが、自宅でゆっくり寝て休息を取って欲しかった。
だから少し頑張ってそれを伝えたのだが、返ってきたのが信頼されていることを教えてくれるキスだったため、ウーヴェもその信頼に応えようと腹を決めたのだ。
それは間違いではないと改めて気付き、お休みと自宅でベッドに潜り込んでいるであろうリオンに挨拶をすると、自然とそのまま眠りに落ちるのだった。
ウーヴェが誘拐され救出されてから二週間が経過していたが、その夜事件後初めて二人とも穏やかに眠り、翌朝の目覚めを迎える事が出来るのだった。